第三章 「揺らぐ秩序」

●21日目 01 朝『心の余裕が不満をもたらす』

『先日、発覚した政府による感染者の人体実験の問題により野党の非難攻勢が強まり、またT県暴動事件の対策案策定が再びストップしています。この事件は秘密裏にT県内から暴動に荷担した国民数名を拉致し、検疫施設で薬物投与実験が繰り返されていたという問題で、政府は当初死亡した遺体だけ回収して解剖検査を行っていたとしていましたが、内部告発により生存していた人間まで対象にされていたことが発覚したため混迷を極めています。この件に関して政府は事実確認を急いでいるとのみ発表し具体的な説明は行われていません』


『しかし、ことあるごとに議論が停止し国会が機能麻痺を繰り返していることに対して諸外国では日増しに不満が高まっており、一部の国では日本の同意無く汚染源の排除を実行せよという過激な意見まで飛び出しています。与党は暴動に関わっていない国民の救出を最優先にし、その後の暴動に関わった市民についてなどの諸問題については――』



 沙希は机に寝っ転がりながらテレビを聞いていた。相変わらず遅々として進まない政府や国会の議論に、最近では苛立ちを超えて諦めの気分になってきている。近くでは八幡が本を読みながらうんうんと頷いている。ここ最近治安担当チームの機能性が上がってきたためかやることが減ってきたようで、暇なときは大抵生徒会室でこうやって読書をしていた。


「こんにちは」


 ひょいと美しくも綺麗な顔――副会長の高阪が生徒会室に現れ、山積みの書類を沙希の前に置く。彼女は思ったよりも多い書類に少し嘆息した後、中身を読み始める。最近素行不良の生徒が急増しているので彼女にまとめてもらっていたのだが、


「思った以上に増えているわね。ケンカに口論、嫌がらせと。穴掘りの刑が怖くないっての?」

「あくまでも親告数で調査しているから多分実際にはあまり増えていないんじゃないかな、なんて」

「どういう意味よ?」


 沙希の疑問に高阪は変わらない優しげな笑みのまま、


「今までは他人のこととか細かい事なんて気にする余裕はなかったけど、少し余裕が出てきて些細なことに気がつくようになっちゃったんじゃないかな。不満のある人をランク別に分けるとCランクの人からの報告は変わってないけど、ほらBランクの人の数が急増しているでしょう?」

「あー、確かに」


 手書きとは思えないほど精巧に作られた縦棒グラフを見るとランクBの生徒からの不満が急増している。ランクCはやや微減だった。空腹で不良行為に走る余裕すらないのだろう。


「作業をもっている人たちもそれに慣れてきて、心にゆとりが持てる人が増えたのでしょう。安定と引き替えに避けられない問題だと思いますよ」


 そう補足したのは生徒会室に戻ってきた光沢だった。最近は広報担当として主に女子人気を利用して情報収集を務めるようになっている。今回の調査も高阪と一緒にやってもらっていた。

 一方の梶原は相変わらず無愛想な顔で沙希の後ろにぴたりとついて回っている。


「ゆとり世代なんて言う単語は大嫌いだけど、こんな監獄でゆとりなんて持たれても困るわよ、ホントに。いっそのこと三日間戦略を二日間戦略に変えて気でも引き締めるか」

「それは……さすがにどうかな、なんて」

「冗談よ」


 こんなことを言ってきた高阪を沙希はちらりと視線だけ向ける。今まで二人の間にはほとんど意見の対立も起きていなかったが、唯一三日間戦略に関してだけは反論してくることが多かった。特に数日前に水道が停止して高阪の飲料水備蓄という意見が正しかったことが証明されて以降、ますますそれに対する指摘が増えていた。


「穴掘り刑だけじゃ足りないのなら治安担当と一緒に物資調達ツアーでもやるか。外にいる変質者どもを間近に見れば気持ちも引き締まるでしょ」

「勘弁してよ、ウチは託児所じゃないんだからさ」

「冗談よ」


 八幡が読書を中断して口を尖らせるのでさっさと取り消しておく。


 ふと光沢は思い出したようにポケットから一枚の紙切れを取り戻し、


「余裕が増えているのは事実でしょう。こんなチラシが配られているぐらいですから」


 沙希はそれをまじまじと見て思わず目が点になる。いろいろ長い文章が書かれているが要約すれば『打倒生徒会長! 高阪美咲副会長を頂点にした新体制へ移行すべし!』。一種の政治活動みたいなものだ。


「これは……反応にちょっと困っちゃうかな」


 チラシを見てくすくすと微笑む高阪。本人的には苦笑しているつもりなんだろうが、かわいすぎて本当に笑っているようにしか見えない。

 沙希はそれをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込むと、顎に手をつけてむすっと口を結み、テレビを別のチャンネルに変えた。


 すると妙な情報が目に入ってきた。


『独占情報です。T県内に設置された避難所からは以前として救助を求める声が届いていますが、当番組が独自のルートで避難している方と連絡を取ることに成功しました。しかし、本人が身の安全のために音声などは一切テレビで使用しないでほしいという要望があったため、口頭でまとめます』


 よその避難所の情報。今まではろくな話がなかったので沙希はその情報に集中する。


『外には人を襲う危険な人たちがうろついている。避難所の中にはまともな食料も水もない。定期的に外に出て確保しなければならない。外は危険だが中も危険だ。暴力的なグループが仕切っていて、仲間以外の人をまるで奴隷みたいに使っている。逆らうと殴られて、ひどい場合は外に追放される。早く助けて欲しい』


 どこの避難所の話なのかは明かされなかった。その仕切っているグループもテレビを見ており、告発者が特定されれば最悪殺される恐れすらあると訴えているらしい。


 気がつけば隣に八幡が立ってその情報を真剣に聞いていた。沙希は念のために確認する。


「なにか別の生存者の気配とかはあった?」

「ないね。昨日の物資確保でも屋上の監視チームからもこの街にいるのは変質者だけだって聞いてる」


 光沢も難しい顔をして、


「恐ろしい話ですが少々突飛な気もします。確かに大変な状況ですがたった三週間でそんな事態になるのでしょうか? 早急な救助を求めるために話を盛っている可能性も否定できません」

「三週間もあれば十分じゃないのかな――なんて」


 ここで高阪が口を挟んできた。さらに続けて、


「こんな状況だから。誰も助けに来てくれない、来てくれるめどすら立っていない、外は議論を続けているだけで何もしてくれない……周りに絶望して自分たちで頑張ろうと考え始めるのは十分な時間じゃないかな?」


 高阪の表情はいつものように優しげで美しくも可愛らしい。しかしその言葉に何処かぞっとしたものを感じる。


「なんて」


 高阪はいつもの口癖で話を締めた。

 沙希は気を取り直し、


「光沢、メール出しておいて。学校の周囲に変質者ではない存在を見かけた場合は即座にクラス委員か各担当の責任者に報告するようにって」

「了解しました」

「八幡も今まで以上に注意して。別の生存者を見かけても絶対に近寄ったりしないこと」

「わかった」


 そう指示を出す。最寄りの避難所までは50kmある。そう簡単にこんなところまで来れないはずだ。救助が来るまで出くわさないことを祈るしか無い。


 沙希は秋空の元、うろつく変質者達を見ながらそう思うことにした。

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