●2日目 01 朝『目指す場所』

 翌日快晴の空に朝日が昇りはじめる。


「お、終わった……」

「おつかれちゃーん」


 生徒会メンバー二人は精根尽き果てて机に突っ伏してしまった。脳を回転させすぎて知恵熱でも出ているのか頭が妙に熱い。


 沙希はこの作り上げた方針にかなりの手応えを感じていた。ラジオで更新されていく情報をまとめると他に手段はない。そして、その手段を実行するための最適な方策も用意してある。ある種の達成感を感じていた。


 静まりかえった生徒会室にカチカチカチと壁に掛けられている時計の音が響く。時刻は午前六時過ぎ。生徒の前で発表するまで残り一時間。今はゆっくりしてそのときに備えておきたかった。

 しばらく静寂が続いていたが、余計なことを考える余裕ができたせいか沙希の頭の中にいろいろ考えが浮かんでくる。


「ねえ、八幡たちはどうしてあんなに冷静なんだろ。普通なら家族が心配とか絶望しておかしくなるとか、まともじゃいられなくなると思うんだけど。あたしは、その、家族はいないと思っているし、どのみち県外にいるはずだから死んだりしていないってわかっているし」

「んー?」


 それを聞いた理瀬は机に突っ伏し目をつむってグダーとした状態で、


「簡単だよ。生き残りたいって思っているのさ。これだけの生徒たちがいるんだもん。騒ぎ立てるより生きるために何かしようと思う人が一人や二人いるのはむしろ自然なんじゃないかな。沙希だってそうだったでしょ?」

「まあ……確かに……」


 最初は責任を押しつけられた形だった沙希だったが、元副会長たちの駄々をこねる姿を見ていて腹が立ち、なんとかしなくてはならないという気持ちになったのは事実だった。八幡たちも同じ。パニックになる中、自分がやるしかないと思い立った。そういうことなのだろう。


 ふと沙希は思いつく。


「りせっちも同じなの? ずっとあたしを助けてくれる。その――家族とか心配じゃないの?」

「私は――」


 沙希の言葉に理瀬はすっと目を開ける。沙希にはその表情がどこか憂鬱に見えた。

 しばらく理瀬は口を止めていたが、また目を閉じてぐったりとすると、


「同じだよ、きっと――うん同じ。生き延びたいと思うから沙希と一緒にがんばっている――それだけさ」



「救助が来るまでこの学校に立てこもります」


 異常事態に陥ってから一日目の朝七時。沙希は第一校舎と第二校舎を結ぶ三階の渡り廊下に生徒たちを集めて沙希は宣言する。


 立てこもり――この学校に秩序を打ち立てて助けが来るまで耐える。これが沙希が最良と考えた方針だった。この判断が予想外だったのか一部の生徒たちがざわめき始める。その中の一人の男子生徒が手を挙げて、


「あの、いつあの化物たちが乗り込んでくるかわからないのに、ここに残るなんて無理じゃないんですか?」


 予想していた反論に、沙希は冷静に説明を始める。


「まず状況を説明します。まずあたしたちを襲ってきた人食い変質者たちはこの町にだけ現れたわけじゃありません。この町を含めたT県全域で発生しています。そして、政府が救助要請のあった複数の地点を元に被害状況を確認したところ、この学校周囲約半径30kmは救助を求める連絡が全くない最高レベルの危険地域として認定されていました」


「救助を求める連絡がなかったって事は他の地域よりも安全ってことじゃないわけ?」


 今度は別の床に座っていた女子生徒が手を挙げる。沙希は少し間をおいて整理してから、


「連絡が取れるということは正常な人がいるということです。逆に言えば、誰一人連絡すら取れない状況、極端に言えばここから30kmはどこを探しても変質者だらけということになります。最悪あたしたちをのぞく全ての人間がおかしくなっている恐れも」


 自分たちは迅速な救助が期待できない完全な孤立状態であるという状況がかなり衝撃的だったのか、生徒たちに動揺が広がった。ざわざわとあちこちから悲観的な会話が耳に届く。

 ここで理瀬は手を叩いて、


「はいはいー、説明が続くから静かするっ」


 沙希は徐々にざわめきが収まっていくのを確認した後、説明を続ける。


「学校内には二百人以上の生徒がいます。その人たちを引き連れて最低でも30km移動できるのか?と問われれば絶対に不可能であるという答えしかありません。例え強行突破で移動しても生き残れる人はごくわずかでしょう。それならばこの学校の二階以上は安全であることも考えれば、ここに立てこもり助けを待つのが最善策――いえ、他に手段がないと言えます。政府は現在打つ手なしの状態みたいですが、放置するとは思えないのでしばらくすれば救助の手を差し伸べてくると思います」

「――食べるものもないし、ここにいても数日しか保たないよ」


 どこからともなく聞こえてきた文句に、


「確かに学校内には食料はありません。しかし、町内には大型のスーパーマーケットもあり、ここからさほど遠くありません。ここにいる全員で協力し合えばすぐに食料など必要な物資を入手することが出来るはずです」

「……勝手に取りにいけってか?」


 ここで低く籠もった言葉が沙希の耳に入ってきた。声のした方を振り向くと、そこには廊下の壁に寄りかかった梶原がいた。

 沙希は予想外の人物からの指摘に少しとまどってしまった――がすぐに説明を再開する。自分のプランが有効だと示すためには隙を見せてはならないのだ。


「一人一人には任せません。生徒会で専用のチームを募集・編成してその人たちが数日に一回ずつ取りに行くようにします。同時に校内の清掃や炊事などの行うチームも作ります。つまり――」


 ここで集まった生徒たちをぐるっと見回し、


「助けが来るまでここに秩序を打ち立てます。この校舎内なら安心して生きていける、そしてみんながみんなを助け合える環境にします」


 そう宣言した。

 これに生徒たちはざわざわと周りと話し始めた。賛同・反対・不満・指摘など様々な言葉が混じり合う。

 

 理瀬と話し合いに話し合って決めたことの結論はこれだ。助けが来るまで生徒会を中心とした秩序を作り、学校に立てこもる。正直あれだけ話し合った考えで反論のスキもないはずだ。ここにいる生徒たち全てが賛同するだろうと確信していた。

 しかし。


「なにバカなこと言っているんだよ」


 はっきりと異を唱える声が上がった。ざわめいていた生徒たちが一斉に静まり、その声の主に向かって視線が集まる。

 見ればそこには沙希がクビにした元生徒会副会長の姿があった。そしてその周りには数十人の男女生徒が付き添い、副会長と一緒になって沙希を睨んでいる。


 沙希はあっさりと自分のプランが否定され一瞬唖然としてしまったが、すぐさま反論のために頭を働かせる。すぐに答えて打ち消さないと不和が広がってしまう。


「問題点があるなら言ってください。半日しか考える時間がなかったので、穴があればすぐに修正を――」

「穴だって? なら言ってやるよ、ここに残るっていう選択自体が間違いだ!」


 元副会長の一喝に周りの生徒たちがさらにざわめく。ここで沙希のすぐ近くに座っていた男子生徒が立ち上がり、


「待てよ、会長の言っていることは正しいだろ。外はあんな怪物だらけで近くに安全な場所があるかどうかもわからないじゃないか。だったら安全なここにいた方がいいだろ」

「ここが安全だって? 笑わせるなよ、食べるものもないし、水だって今は飲めるけどその内止まるかもわからない。俺たちを守っているのはあの薄っぺらいシャッター一枚だけで、変質者どもがそれを突破してきたら逃げ場もなくなって全員皆殺しだ! それにあいつらがどうして現れたのかわからない以上、ここにいる全員がいつあいつらの仲間になるかもしれないからな」

「食料はさっきも言ったとおり――」


 沙希がすかさず反論しようとするが、


「自分や友達以外のために、わざわざ命をかけて近くのスーパーマーケットに取りに行くバカがいると思ってんのかよ。俺は嫌だし、ここにいる連中も嫌だと言っているぞ。やりたいと思う奴がいるなら手を挙げてみろよ」


 元副会長の言葉に生徒たちはお互いを見合うだけで手を挙げる者は一人もいなかった。それを見た彼は自信に満ちた表情で、


「ほらみろ。どいつもこいつも自分勝手なんだよ。だから俺だって勝手にやりたいね。命がかかっているのに見ず知らずの奴のために何かをやる余裕なんてねぇし」

「そんなの身勝手じゃない! どこにも行く当てがないんだから、助けが来るまでみんなで助け合うしかないでしょ!」


 元副会長のあまりの傍若無人ぶりに一人の女子生徒が立ち上がり抗議の声を上げる。これに対して元副会長はポケットから黒い物体を取り出した。沙希からは最初はっきり見えなかったが、それは小型のラジオだと気が付く。


「行く当てがない? ここにいればいつか助けが来る? それは間違いだな。これを聞いてみろ」


『――先ほど行われた緊急会見の情報です。政府は今回の暴動を一種の災害として認定しました』


『また暴動の原因はわかっていませんが、対策本部に協力している複数の識者との協議を続けた結果、何らかの伝染病がT県内で蔓延している可能性が強いと判断。これ以上の暴動の拡散の可能性を防ぐという理由で陸上自衛隊に災害派遣の名目でT県全域を封鎖するように指示を出しました。さらにT県上空を飛行禁止区域とし、救助を含めた全ての航空機の飛行を停止しています』


『T県内にいる国民には県外への移動を試みようとせず、政府が指定した避難所へ移動するように呼びかけました。繰り返します――T県内にいる人は県外へ出ることができません。避難所へ移動してください。ただいまより政府指定の避難所の場所を伝えます。まず――』


 このラジオニュースを聞いて沙希は全身から血の気が一斉に引いていくのがわかった。二時間前にラジオを聞いたときは緊急会見の予定なんて全く触れられていなかった。そのためもうしばらくは政府の動きがないだろうと踏んでいたが、現実はその正反対に突っ走ってしまった。


 じきに助けが来る――政府は暴動拡大を防ぐために自衛隊を使ってT県を完全封鎖、でそれは一気に説得力を失い、行く当てがないという理由――これも政府指定の避難所設置で完全に崩壊した。


 が、最寄りの避難所の名前を聞いたとたんに我に返り、


「一番近い避難所の位置は知っていますが、ここから50km以上離れています。政府が認定している最重要危険地帯の外側であり、全ての生徒をそこまで移動させるなんて不可能すぎる!」


 思わず感情的に返してしまい、しまったと心の中で舌打ちした。案の定、生徒たちの数人に失望じみた表情が生まれるのが目に入る。


 元副会長はやれやれと首を振って、


「外を見る限りあいつらの動きは遅いんだ。大勢じゃなくて少人数でバラバラに動けば避けて避難所までたどり着くのはそんなに難しい話じゃない。変に統率するから悪いんだよ。行きたい奴が自分の命をかけて移動すれば良いんだ」

「……あたしあんな連中のいるところに行きたくないよぉ……」


 気弱そうな女子生徒の人が泣きじゃくり始め、近くにいた別の女子がそれを支える。

 そして、それを皮切りに同時に一斉に生徒間での言い争いが始まった。


 団結すべき――

 勝手にしろ――

 自分だけが――

 助け合うべき――

 戦うしかない――

 勝手なことを――

 お父さんやお母さんを捜しに――

 妹が小学校にいるんだ――

 外に出ても殺されるだけ――

 言い争ったって――


 それぞれが勝手な言い分で罵り合うだけの状況になってしまった。沙希は鎮めようと思うが、どうすればいいのかわからなく口からなにも言葉が出てこない。彼女の根拠はさっきのラジオ放送で完全に崩壊してしまったのだから。


 ここで副会長が大声で叫ぶ。


「ここでがんばるっていったけどよ、万一病人やけが人が出たらどうするんだ!? 食料を取って来れたとしてもちゃんと管理できるのか!? 生徒会長だからいい気になっているのかも知れねえけど、俺たちまだ中学生だぞ! 先生や大人がいなくて何が出来るんだよ! やれることなんて避難所に向かって走ることだけじゃねえか!」


 沙希は何も反論できなかった。

 ただその場でうなだれるだけしかできなかった。

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