第5話 追憶

張雲は頭をかきむしりながら記憶を辿る。


(あれは確かに剣だった。でも親父はそれをどうしたんだっけ?)


覚えているのはそれがかなり重そうだったということ。


趙統は少し困った顔で部下を見ながら小さく呟いた。


「張某は父が先帝にお仕えする前からの側近だった。もしかすると剣を持ち帰ったのは彼であった可能性も…」


「親父なら、んなもんさっさと売り払って豪遊します」


「まさか、天下の名刀だぞ?」


「それが張某という男です」


「お前の父は本当に私の知る張某なのか?」


「…それって前に俺が丞相に言った台詞と同じ…」


「ふふっ、お互い苦労するな」


どちらともなくあがった笑い声は周囲に控えていた兵士達の笑いを誘う。


(とりあえず好かれてはいたんだな、親父)


大邑の人々は兵も民も皆、張雲によくしてくれる。それは父の人柄を知る者がそれだけたくさんいるということだ。


「さて、賊も落ち着いてきたし少し休むとするか」


そう言って伸びをする趙統に声を掛けた者がいる。その人物が現れた時、張雲は一瞬戸惑いを隠せなかった。


(なんだ、この人。いつからここにいたんだ?)


色素の薄い髪と透き通るような白い肌は異国の血を感じさせた。


しかもびっくりするくらい美形である。


(誰、何これ。こんな人がなんでこんな田舎にいるの?)


困惑を隠せない張雲に趙統はため息交じりに言った。


「張雲、こちらはな。馬家の長子で馬承殿だ。幼なじみで…うん、人一倍悪目立ちする男だ」


「君に言われたくは無い」


「いいや、お前の方が目立つ」


「そうかな?」


そう言いつつ首を傾げる様も天女でも見ているかのようで誰もが見とれてしまっている。よくよく見ると拝んでいる者までいるではないか。


「神様って不公平だ」


そう張某が漏らすのは少し気になっていた女性が頬を染めていたのを見てしまったからである。馬承は小さく笑いながら幼なじみに問う。


「趙統、今日私がここに来たのは他でもない。都におられる皇后様からの文を届ける為だ。至急返事をしたためて貰いたい」


「小燕姐、いや…皇后様から?」


時の皇后、小燕は燕人と二つ名を持つ猛将、張飛の次女である。年端もいかぬうちに親を亡くした趙統や馬承にとって彼女は姉のようであり、母のような存在であった。 


『たまには顔を出しなさい』

『好き嫌いは治ったかしら?』

『彼女は出来た?だったら紹介してよね』


開いた文の内容はわざわざ書簡にして送って必要のあるものではない。だがその真意は伝わってくる。


『皇后になったからって遠慮はいらない。私はいつまでもあんたたちの姐ちゃんなんだから』


彼女が劉禅に嫁いだのは30才を過ぎた頃という説がある。あまりにも遅い嫁入りは何か特別な理由があったのではないだろうか。


「あいかわらずだなぁ」


と言いながら呟く趙統の表情はうまく表せない。何か言いかけた張某に馬承は目を伏せながら囁いた。


「初恋の相手からの文だからなぁ…かわいそうに、認めた矢先に立后で失恋だ」


「違うって言ってんだろうが!!」


「ムキにならなくてもいいよ。私は君の味方だから」


「だから違うって」


「ふーん、違うんだ。私は小燕姐ちゃんが初恋なのに」


「へっ、マジで?!」


「うん、本当」


目を伏せたまま小さく笑う様は艶やかでありどこからともなくため息も聞こえてくる。だが張某は何かがひっかかっていた。


(おかしいな。俺、この人見たことある気がしてきた)


こんな美形なら忘れるわけがない。記憶を辿るうちに張某は大変な事を思い出した。


あの日、その人は同じような笑みを浮かべながら父にこう言った。


『お前は何をしようとしているのがわかっているのかい?…その刀を奴に渡すなど私に殺されても文句は言えないのだぞ』


その人物は今ここにいる若君に瓜二つであった。その名も馬超孟起。彼の父である。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

順平候の墓守り 豆狸 @kuma0324

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ