外法7 泡沫の屁
家族連れで賑わう回転寿司屋「美味い鯉」。店の右奥のファミリー席を陣取り、白衣姿の男とスーツ姿の男が向かい合って座っている。はた迷惑追求所、最後の幹部であるミスターワイズマンコォォォゥと首領カエリタインである。
「通行人Aさんでしょ?はい、首領さんにコハダ、ワイズさんは巻物セットですね。」
店の看板娘、千佳は、ナイスツッコミを華麗に決め、二人の注文皿をテーブルに置くと、興味深そうにミスターワイズマンコォォォゥの側に寄ってきた。ノートPCを開き、何やらカタカタとキーボードを弾いて入力している。
「あれ?これ、この前のヒーローショー動画じゃないですか?もしかして舞台ショーを評価するお仕事でもされてるんですか?」
「いや、違うよ。我々の宿敵の弱点を、ね…。」
「?」
言葉の意味を理解できていない千佳に構わず、ミスターワイズマンコォォォゥは、画面を凝視しながら忙しなく指を動かす。画面には、17姫とキャプテンチップの死闘を捉えた動画とメモ帳が表示されていた。動画が終了してはリロードを繰り返し、隅々まで観察しながらキャプテンチップの弱点を探っているのだ。
「よくわからないけど、なんか大変そうですね。あっ、ワイズさんが忙しいとなると、やっぱり任務はお休みですか?」
「…任務?それなら既に手配済みだよ。」
テーブルの脇に置いていた一枚の広告紙を千佳に差し出す。紙には、新装開店の銭湯の紹介が書かれていた。
「お風呂屋さんですか。うちの近所にもあるから縁はなさそうですけど…ここでどんな悪さを?」
「ふふふ、それはね…。」
ミスターワイズマンコォォォゥから語られた恐ろしい計画に千佳は絶句する。彼女の反応に満足して、ミスターワイズマンコォォォゥは弱点探しの続きに戻った。
「帰りたいんで、帰っていいっすか?」
その様子を見ながら、首領はコハダをぺろりと平らげた。
「まだ食ってねえっす。食い終わったら、帰っていいっすか?」
勝手にするといいのだ。
紳士諸君には残念な話だが、今回の舞台は男湯。脱衣所で服を脱ぎ、ロッカーに荷物を詰めて鍵を閉める華奢な体の男。丸坊主で眉毛が異様に濃いその男こそ、ミスターワイズマンコォォォゥが差し向けた刺客、>931だ。>931は、風呂場の入り口を開き、中に入って体を洗うと、大きく息を吸って、周囲を見回した。
「くふふん、僕の超絶ジャグジーで皆を極楽へと誘っちゃうもんね。」
説明しよう。今回、ミスターワイズマンコォォォゥが計画した作戦はこうだ。何の装置もない普通の湯船に浸かった>931が、絶え間なく放屁を発し続けることで激しく気泡が発生し、擬似ジャグジー風呂が出来上がる。普通のジャグジー風呂と勘違いした客がその中に入り、悪臭にやられてダウン。店側に苦情が殺到してものの数日で閉店…という筋書きなのだ。
「僕のガスはメタンオブメタンだからたまらなく臭いもんね。嗅いだら最後、地獄の三丁目で閻魔様と握手会だもんね。」
作戦の成功を想像して溢れる涎を手で拭う>931。早速作戦を開始しようと、普通の風呂に向けて足を伸ばしたその時だった。
「なっ、何だこれは!?」
ここは男湯。男性限定とはいえ、風呂場には結構な人数の客が来ている。檜の湯や電気風呂、日替わり風呂やサウナにジャグジー…人の群れが目で分かるように固まっている。にも関わらず、何の要素もない普通の風呂の湯船には人っ子一人浸かっていなかった。そう、「人っ子一人」は。
「何者だ貴様!?」
>931が指差す風呂の中で、一人あぐらをかく存在。周囲にギザギザの付いた皿を頭に乗せ、緑色の体。黄色く鋭い嘴に亀のような甲羅を背に…いや、頭に帯紐で縛り付けている。河童だ。河童が入浴しているのだ。無表情で何を考えているのか分からないあの小憎らしい顔。そう、以前人助け研究所を襲撃し、その中枢を担う3人と熾烈な激戦を繰り広げた、あの河童が一人湯に浸かっているのだ。だが待って欲しい。ただ河童がお風呂でのんびりしているだけでは、日常的な光景で諸君らも驚きはしないだろう。>931が驚愕の声を発した理由は別にある。河童が浸かる風呂の水面を見て欲しい。彼の周囲に絶え間なく沸き立つ気泡。何度も言うが、ここは何の装置も香りもないごく普通の湯船。ジャグジー風呂は別に存在する。そう、この河童、湯の中で放屁をしているのだ。>931がやろうとしていたことを先立って。その影響もあってか、他の客は誰も寄り付こうとしないのである。
「ぐむむ、このままでは僕の計画が台無しになってしまうもんね。なんとしても計画は遂行するもんね!」
まだ湯に浸かっていないにも関わらず、顔を真っ赤にして>931は浴槽に入り、河童の隣に腰を下ろした。
「グレート、ジェットバス!!」
>931は全身に力を込めると、河童の放屁の勢いに負けないほどに、周囲に無数の気泡を発生させた。河童のものとは異なり、気泡が発生するたびに、鼻をつまみたくなるほどの悪臭が漂う。
「くふふん、どうだ!極楽往生悪霊退散!河童とて耐えられないもんね!」
悶絶して苦しむ河童の姿を浮かべながら、笑みをこぼして河童のほうを覗き見る>931。愉悦はすぐに色を失った。
「なんで…何でなんでだもん!?」
河童は依然として無表情のまま前を見据えていた。悪臭による苦悶も放屁の泡への不快感もまるで感じていないように。
「ぐむむ、魑魅魍魎相手では人間の様にはいかな…」
言い終わる前に>931の後方で、ボコッと大きく気泡が発生した音が聞こえる。言葉途中にそちらを振り向く>931。と、今度は反対側から。振り返る間もなく立て続けに、離れた水面に連続して大きな気泡が発生する。ランダムに生じる気泡に理解が追いつかない様子の>931だったが、自分と同じ戦場に立つのは一人しか居ないと気付き、河童に目を向けた。河童は相変わらず微動だにしていない。表情さえも変えることなく、ただ真っ直ぐ前を向いている。
「水中放屁術の一、遠当て…まさか上級放屁ストが相手とは。僕も負けてられないもんね!!」
押され気味の>931は、戦いの流れを自分のものにすべく、湯の中に潜り、回転しながら大放屁。水面に渦を描きながら、渦の線に沿って気泡が現れる。それはもはや芸術的な光景であった。臭いもまた格別である。
(くふふん、どうだ!水中放屁術上級術、鼠花火の威力は!!さすがの河童でもこの
湯船で奏でる>931のおならシンフォニー。その卓越した技術に誰もが>931の勝利を確信したその時だった。一瞬の轟音と共に、水中に潜っていた>931の体が浮上。勢いよく宙に体を浮かせ、浴槽の外へと飛び出した。床に体を打ち付けて、>931は一瞬途切れた思考を取り戻す。大きな力に押されて、湯船から追い出されたのだと気付いた。しかし、自分とは違い、河童は依然としてあぐらをかいて湯に浸かっている。それが全てを物語っていると感じ、>931は絶望した。
「まっ、まさか…アルマゲドンまで習得していたというのか…?」
説明しよう。アルマゲドンとは、水中放屁術究極奥義の一つで、使用者が浸かる水の表面全てを覆うほどの巨大な放屁を一度だけ発し、その気圧で水中に存在するあらゆるものを水の外へと吹き飛ばす、禁止反則級の奥義なのだ。
「完敗だよ、ジョニー…。」
戦意を喪失し、>931は倒れたまま気を失った。その様子を見て、河童は舌打ちして湯から出て、>931を担いで脱衣所に向かった。
「くせえよバカ。」
他の客の声に混じってこだまする河童の悪態を聴くものはいない。そして、彼らが死闘を繰り広げた無垢なる普通の風呂に足を踏み入れるものも。
毒をもって毒を制した今回の戦い。悪の天敵たる存在は、常に正義だけとは限らないのだ。
「例の銭湯、男湯から異臭が起こる騒ぎがあったみたいですけど、引き続き営業してるみたいですよ。」
嬉しそうに銭湯のその後を語る千佳の言葉に耳を傾けようとせずにPCを見つめるミスターワイズマンコォォォゥ。作戦が失敗したにも関わらず、彼は笑みをこぼしていた。千佳が持ってきた〆サバを口に放り込み、ノートPCを畳むと、勘定をテーブルに置いて席を立つ。
「あれ?今日はお帰りが早いんですね。」
「ああ、これから色々準備があるからね。しばらくは店に来られないと思う。」
「ええ!?突然ですね。ちょっと寂しいかも。」
「心配ないよ。大きな仕事を終えたら、必ず、店に戻るよ。」
ミスターワイズマンコォォォゥは、軽く会釈すると、足早に店を後にした。
研究に研究を重ね、遂に何かを掴んだミスターワイズマンコォォォゥ。いよいよ彼の計画する「キャプテンチップ抹殺計画」が始動しようとしていた。果たして勝つのは光の使者たる正義か、奈落の底より出でし悪の使徒か。今、運命を分かつ大きな戦いの引き金が引かれる。
「銃刀法違反で逮捕されるんで、帰っていいっすか?」
どうぞ御自由に。
「お疲れっした~。」
☆次回予告☆
はた迷惑追求所、実質最後の幹部であるミスターワイズマンコォォォゥ。不気味な出で立ちに変貌した彼が、光の戦士キャプテンチップの前に姿を表し、戦いを挑む。正義の心唸り放たれる聖剣ミガ・コーネェが邪悪の化身に突き刺さる時、キャプテンチップの表情が驚愕へと色を変える。
次回、救え!人助け研究所
外法8 破れたり!クリアリスト・ブラッシュ を待てっ!!
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