第三十八頁 ミッドナイト・クラクション・ベイビー
「らいふちゃん!らいふちゃーん!どこなんだい!らいふちゃーーーん!」
都心の一角にあるテレビ局の廊下を、一人の青年が駆けずりまわっていた。名は嘉門レイという。スタイリッシュな髪型にオシャレな赤縁の眼鏡、ピシッとした細身のスーツとよく見ればバナナ柄の派手なネクタイに身を包みいかにも"出来る社会人"といういでたちだが、その表情はまるで上司から詰められもう後がないダメ社員のように切羽詰まっていた。
「らいふちゃーん!もう本番なんだけどー!?生放送だよ!?」
汗だくになり、仕事場ではあるがもう知るかそんな事、といった感じでネクタイをグッと下に下げて風通しをよくした。もう建物中探した。汗だくで気持ち悪い。
(あと見てない所は…女子トイレ、女子更衣室、あとは…屋上か。前ふたつは物理的、いや社会的に無理だから最終手段として…屋上に賭けるか…)
嘉門はエレベーターで最上階まで昇り、その隣の"立入禁止"と書かれたロープを潜って階段を必死に駆け上がって屋上へ出た。漫画などでは屋上なんて立入自由みたいになっているが普通はそうではなく鍵がかかっているものだが、開いていた。彼女がここにいる線が濃くなった。
屋上は肌寒く、夜に足を踏み入れて間もない都心の街が見下ろせた。まだ夜の8時過ぎ、大半のサラリーマンはまだまだ残業している時間だし、ビルの明かりはまだまだ明々と輝いていた。テレビ局のすぐそばは広場になっていて、見下ろせばまだ人がちらほらいる。
空は雲ひとつなく、明かりの多い都心からでもそこそこの星を見る事ができた。星々が屋上にそびえるアンテナの入り組んだ形状の隙間から顔を出し、綺麗だった。更に嘉門が首を上の方にあげると、彼女はそこにいた。
「らいふちゃん!?」
彼女はあろうことかアンテナを支える鉄骨上、どこから調達したのか竹馬に両足を乗せバランスをとりながら星を見つめていた。この世のものとは思えないくらいに美しく長い銀髪と、何故か上から羽織った白衣がバタバタと風になびいていた。白衣の下からはスクール水着のようなレオタードが露出し、細く白い生足が竹馬の上に乗っかって彼女を支えていた。
「…レイ」
「らいふちゃん何やってんの!?危ないだろ!もう本番なんだけど!今歌ってる人の次だから!早く降りてきて!」
「練習をしてた」
「何の」
「ステージ」
アンテナの鉄骨に竹馬で立って上空を仰ぐパフォーマンスなんて台本にもどこにもない。
「そのステージが今から始まんの!わかってる!?降りてきてって言ってるでしょ!」
嘉門の必死の呼びかけに、らいふはボソリと返事らしきものを呟きそこからダイブした。アンテナの、らいふが立つ場所から嘉門の立つ屋上の床まではおよそ4メートル。竹馬なのに全く何の音もなく彼女はそっと着地した。
「さあ、次は亀ノ内・シャングリ・らいふさんです。どこに行ってたんですか?」
「おトイレ」
(嘘つけ!もうちょっとで穴空く所だったぞ!すぐ後ろの黒いジャケットの四人組バンド、"俺達が代打で演奏してやるぜ"感バリバリだったよ?勘弁してよ!)
らいふと、サングラスにスーツ姿の司会の男とのやりとりが始まった。袖で見ている嘉門は滑り込みセーフの安堵感もままならぬまま、これからの不安でいてもたってもいられない。
嘉門はらいふの事を嫌いだと思う事は絶対にないが、何とかならないかな、と思う事が多々あった。
宇宙人系アイドル、亀ノ内・シャングリ・らいふ。
それが彼女の肩書きだ。嘉門レイは彼女のマネージャーという仕事をメジャーデビューと同時に務めて1年になるが、彼女の摑みどころのない言動には度々悩まされていた。自称宇宙人のアイドルなんて、舞台から降りたらごく普通のその辺の女の子ってのがお決まりじゃないのか。
まずあの銀髪…は地毛らしいので仕方ないとして、スクール水着…いや、レオタードか?…に白衣という服装、あれはステージ衣装などではなくれっきとした普段着だ。楽屋でも打ち合わせでも、夏でも冬でもずっとあれを着ているし、聞けばオフもあの服装だそうだ。露出が多いし目立って仕方ない。
言葉も極端に少なく、基本的に単語しか喋らないので何を考えているのかよく分からない。ちょっと目を離すと先程のように素っ頓狂な行動を取っている事もある。この前なんてMV(ミュージックビデオ)の撮影でハワイに行った際に、店頭でビキニの水着を欲しそうに眺めているので経費で買ってやったら、いきなり砂浜に埋め、そのあと掘り返して口の中に頬張った。そのビキニが着られる事は結局無かったし、全く意味が分からなかった。
良い所もある。
まずファンサービスが半端なく良い。デビューと同時に爆発的な人気が出たので、ライブや街中でもファンがすぐに寄ってくる。変装もしないからバレバレですぐ分かるのだ。こんな系統のアイドルのファンは大体ソレって感じのオタク男が多いと思っていたが意外に若い、まともそうな女性も多くて驚く。らいふは寄ってくるファンには必ず対応する。握手もするし、ぐちゃぐちゃと何を書いてるのか全然分からないがサインもする。その場で歌ってとか踊ってとかいう連中もいるので嘉門から断った事もあるが、それを制してらいふはちゃんと歌ったり踊ったりしてやっている。ファンの相手を次々としているので時間に遅れそうになった事も少なくはない。一切笑いもせず終始ポーカーフェイスで愛想のかけらもないが、それがかえってミステリアスな魅力があるらしい。
アイドルというものは華やかなイメージがあるが実際は過酷な職業だ。ステージで歌ったり踊ったり、楽曲をレコーディングする為に体力を付けたりレッスンを受けたりで日々の鍛錬が必要不可欠になる。これに着いていけないアイドルから脱落していくし、もし着いていけたとしても人気が出なければ元も子もない。そこから先は個性の勝負になる。生き残る為には、俗に言う枕営業だったり、他のアイドルを蹴落とす為に陥れたりなどドロドロした一面もある事は否めない。
そんな中、らいふはレッスンといった類のものを一切受けない。事務所の他のアイドルが汗水流してレッスンに励んでいる間、あろう事か彼女は自室に籠ってパソコンと睨めっこをしている。作曲をしているのだ。彼女は中々に稀な、自分で楽曲を作成するアイドルだった。作詞だけ本人がやるというパターンはよくあるが(あれだって100%本人がやっているというわけではない)、作曲、編曲、ミュージックビデオに至るまでを全て自分で手掛けるので、アイドルというよりはもうミュージシャンと言った方が正しい。なぜこのアイドル・プロダクションに所属しているのかという疑問もあるが、彼女はアイドルとして活動している。
レッスンやトレーニングは受けないくせに、先程の竹馬のような人並外れた身体能力もあってダンスはそこそこ出来る。ただ、彼女の作る曲は脱力感溢れる奇妙なテクノポップなのでそこまで激しいダンスを必要としなかった。
このような特異なポジション、まさに努力を必要としない天才気質だったので他のアイドルからは煙たがられていた。本人も率先して他人とコミュニケーションを取る事はまず無いので、周りからどう見られているかなど意にも介していないのだが。
女の世界とは怖いもので、以前にらいふを妬むアイドルが3人ほど集まって彼女を陥れようとした事があった。私物を隠すなどのメンタル的な嫌がらせは全く効かないので、本格的に仕事に影響する方法を取ってきた。レコーディング当日の朝、らいふのコンピュータから楽曲のトラック・データが完全に消されてしまった。もちろん犯人は他のアイドル達で、隙を見て事務所に忍び込みコンピュータのデータを消したのだ。バックアップも無く、これによって作品の発売も延期せざるを得ないかと思われた。
しかし驚くべき事に、らいふはその場で自身が作曲したデータをもう一度、細部まで打ち直し再現した。全て頭に入っているのだろうか、おそらく消去される前と寸分の違いもない。誰かが嫌がらせでそれをやった事、更に誰がやったのかまでが状況からして明確になっていたが、らいふ自身は「私が消した。うっかり」の一言で片付けた。かくして犯人のアイドル達は処分を免れたのだが、らいふとしては庇ったのではなく、データも作り直して解決したから別にどうでもいいという雰囲気しか感じられなかった。
今日は3rdシングル「エヌそしてオー」の歌番組初披露だった。相変わらず意味のよくわからない歌詞だが、今までの電波っぽい路線から一新、ノリのよいトラックとメロディを大切にしたポップナンバーでまた新たなヒットの予感はしていた。
出演が終わり、ひととおりスタッフと出演者に(嘉門が)挨拶をして嘉門とらいふは地下の駐車場へ降りた。らいふは仕切りに片腕をシュッシュッと頭の上に上げる動作をしている。
「…だめだった」
「そんな事なかったと思うけどね」
「これ。だめだった」
どうやら唄の振付の手の角度に納得がいかなかったらしい。そんな事見てる側は誰一人気にしてないし、どちらかというと本番直前の勝手な行動とかそっちを何とかして欲しかった。
「いいから、事務所に戻ろう…ん?」
途端、2人の目の前に大きな車が停まった。
「亀ノ内さん、ちょっといいですか」
運転席の大柄な男が声をかけた。身体も顔もでかい。知らない男だ。車は嘉門が運転するし、迎えなど呼んだ覚えはない。
「なんですか、あなたは」
嘉門が対応すると、突然身体に電流が走り、一瞬で気を失ってしまった。いつの間にかもう1人の男が嘉門の後ろに忍び寄り、嘉門の脇腹にスタンガンを押し付けていた。
同じ男にドスッとらいふはみぞおちを殴られ、動けなくなった。
「おい、丁重に扱えよ」
「悪い悪い」
大きな車の後ろにらいふが載せられ、やがて走り出した。嘉門が目を覚ましたのは10分程経っての事である。
とある日の「ミュージック・ストリート」放送直後、アイドル"亀ノ内・シャングリ・らいふ"が誘拐された。
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