第三十五頁 グリーン・カーニバル 1

 私は人間が嫌いだ。許されるのであればこの星凛という町の人間という人間を殺して、私と私達の仲間で溢れる楽園にしてやりたいと思っている。

 ただ、殺しは良くない。それは絶対に避けたい。何故ならばそれをやってしまうと人間と同類だからだ。奴らと同類など死んでも御免被る。

 奴らは猿が進化しただけの他より少し脳味噌が働く生き物の分際で、少し知能を持ったからと言ってくだらない道具を作り、動物を殺し、木を伐採して自分達が住みやすい「だけ」の世界を作った。それだけではなく、そのような中でもやれ宗教だ、政治だとほざいて互いに殺し合いをする。そして一方ではそれに反対し、平和だの団結だの何だのをうるさく謳う連中が存在する。あれに関しては本当に意味が分からない。奴らは1から10まで矛盾に満ちている。怒りというよりは、むしろその滑稽さに対する哀れみの気持ちが強い。

 私の家は人間が作った星凛という町の隅にある。どれくらい隅かというと、星凛の隅にある少し大きめの公園の隅にあるちょっとした森の隅の奥の方に住んでいる。どのくらい隅なのかは伝わったと思う。

 私は自分の家が好きだ。町の喧騒からは離れた場所にあり、静かに木々がざわめき、鳥がさえずる音に囲まれて日々を暮らす事ができる。人間は頭が悪いから、木々のざわめきや鳥のさえずりを五月蝿いと言うだろうが、それは違う。けたたましい自動車の音や、人間の政治の代表になりたいのだとかいう愚鈍な演説こそが憎むべき騒音なのであって、木々や鳥達はむしろ心地よい音楽に等しい。人間は心を落ち着ける為にジャズやクラシック、部類によってはロックという音楽を嗜むようであるがあれもまた滑稽極まりない。心を落ち着ける必要があるという事は落ち着いていないという事に他ならないのであって、その心を落ち着ける為の音楽に金を払うという。汗水を垂らして働いて荒んだ心を、それにより稼いだ金を使って買った音楽に癒してもらう。これほど滑稽な馬鹿のスパイラルは無い。

 理由あって、私の家に人間が来る事はない。例えば子供達が、あの家には変な人が住んでいるから近づいてはいけない、などと親に言われているから近寄らないといったものではなく、物理的に入る事が出来なくなっている。もっと言ってしまえばその目で私の家を確認する事も叶わない。そのお陰で私は毎日を草のように平穏に暮らせるし、こうして巧茶(こうちゃ)を飲みながら今日かぶる帽子を選んでいられる。

 私の帽子は約150種類ある。正確に数えるのは早々にやめてしまったがそのくらいだ。自分で作ったものもあれば買ったものもあり、中にはまあ我ながら趣味が悪かったなというものもあるし、これこそが最高傑作だというものもあり様々である。ただ私は自分が選んだものに偏りが生じる事が嫌いなので、毎日その時の気分で帽子を決めながらも全ての帽子を満遍なくかぶるようにしている。今日は気分が優れないのでとても気に入っているものをかぶろう、今日は気分が良いから少々気に入らないものを被っても支障はないだろうと自らの余裕を自分で確認するという楽しみがある。最高に気分の良い日は最低だと思う帽子をかぶる事にしている。こうして気持ちのバランスを取るような行為が私はパズルのようであり好きだ。別に帽子をかぶって外出するわけでもなければ、もちろん人に見せるわけでもない。私がかぶり、私自身が愉しむ。何か問題があるだろうか。

 今日は妙に気持ちが落ち着かない気がするので、できるだけ地味な帽子を選んだ。その辺の人間の店にでも売っていそうな、無地の茶色い帽子。帽子ばかりを置いている部屋からそれを選んでかぶり、リビングルームに戻った。テーブルの上に同居人が行儀悪く座っていたので、おい、私の巧茶を横取りしてくれるなよ、とたしなめたら彼女はサッと床に降りて、どこかに行ってしまった。

 ふと、私は外が騒がしい事に気が付いた。話し声が聞こえる。まるでお互いを探り合うかのように風で木の葉と葉が触れる心地よい音に紛れて誰かの声が聞こえた。男が1人、女が1人か。男の方は若いが子供ではない。女はまだ若く、おそらく子供の部類に入る。いや、性別や年齢はここでは特に重要でない。私の家は普通の人間に見る事は出来ないし、認識も出来ない。普通の人間であれば、ここは単なる公園の一角にある森としか認識出来ないはずだった。しかし、外の話し声に聞き耳を立てると、こんな所に家があるだとか、うわあ、綺麗な家だなあなどという台詞が聞こえる事から、彼らはこの家を認識しているという事が分かる。今までこの家を認識したものに遭遇した事はないが、彼らは認識している。おそらく彼らは普通の人間ではない。"仲間"であればいいが、ここに来る理由は特に無いはずだ。

 やばいっすよ、帰りましょうよと男が言うのが聞こえる。彼らは庭を抜け階段を昇り、この玄関まで辿り着いたのだ。目的は会話を聞くと単なる好奇心だろう。途端に私はこの突然な来訪者に興味が湧いてきた。この家を認識し、見て、庭に入り、階段を昇る事ができる。それはどのような者達なのかをこの目で確かめたいという気持ちがあった。敵であれば迎え撃つのみだ。

 人が住んでるのかな、といった会話をして玄関の前でウダウダやっている来訪者たちは、いきなりガチャリとドアを開けてやるとさすがに驚いたらしく、慌てた様子でお辞儀をした。やはり男と娘の二人組、二人共全身黒ずくめの妙な身なりをしている。男の方は黒いマントに長い髪を真っ直ぐ上に逆立てており、シルクハットを突き破っていた。これは帽子に対する愚弄ではないかと一瞬思ったが、楽しみ方、"かぶりこなし方"は人それぞれだと思い特に気にはしなかった。女の方は小柄で、頭に猫のような耳が生えている。よく見るとワンピースの裾から尻尾もはみ出しており、私には一瞬で二人が普通の人間とは違うという事を悟った。

 とりあえず二人を歓迎し、中へ入れる事にした。娘の方は妖怪だ。妖怪は私達と同列に語られる事があるが断じて同じではない。彼らと私達には決定的な違いがあり、彼らは人間が幻や疫病、突然の怪我、狂気などを恐れて自ら想像し創り出したもの。人間ありきなのだ。私達はそうではない。人間など居ても居なくてもこの世に存在する。

 男の方は分からない。妖怪と共に居るという事はやはり妖怪なのかと思ったが、娘とは全く雰囲気も空気も違う。直感で危険な存在であるように思えたが、妙に明るく礼儀が正しいので警戒は薄れた。

 聞けば2人は公園をなんとなく探索していたらここに辿り着いたという簡単な理由でここに来たのだった。ここに人が住んでいたという事はもちろん知らなかったし、妙にお洒落で魅力的な家だったので、もっとよく見る為に迷惑にならない程度に近付いてきたのだという。最初は庭の外から覗くだけと思っていたようだが、いつのまにか庭に入り、玄関まで来てしまったらしい。家を褒められて悪い気はしないが、全く、勝手に入って来やがってという面倒くさい気持ちは少しあった。

 私は2人をリビングルームに通した。2人はしばし私のリビングルームにある奇抜なデザインの家具や置物、戸棚の食器に見入っていた。これらは全て私自身がデザインしたものだというと娘の方が目を輝かせて賛辞の言葉を放ってきた。コーヒーカップをひとつあげる事にした。どうせ沢山あるので構わない。

 しかし、そのコーヒーカップを2人分用意して巧茶を注いだら2人共がそれを拒否した。色か、匂いが気に入らなかったのだろうか。2人が同時に拒否するとは心外だが、私に出せる飲み物はこれしかない事を伝えると、おかまいなくと遠慮の表情を見せた。勿体無いので片方を飲み干した。こんなに美味いのに、罰当たりな連中だ。

 私は自分が何者であるのか、ここでどうして暮らしているのかなどを話した。聞けば妖怪の娘は憎き人間と共に住んでいて、その人間も世の中というか人を嫌っているので貴方にちょっと似てますね、などという事を言ってくる。悪気は無さそうだが失礼な事を言う娘だ。

 男の方は悪魔という存在であるとの事だった。道理で妖怪の娘とは全く別物の雰囲気を放っているわけだった。悪魔だって結局は人間が創り出した存在であるから、やはり人間とそこまで変わらないかな、と幻滅の気持ちがあった。しかし、悪魔というのはこうも明るく礼儀正しく、馴れ馴れしいものなのだろうか。もっと陰湿な空気を振りまく根暗な奴らというイメージがあったが。

 ふいに、向こうの部屋から私の同居人が顔を出した。彼女は娘の方に挨拶をしに行ったが、何を思ったか娘は頑なに彼女を拒否した。先ほど私が淹れた巧茶を拒否したときよりももっとあからさまで、何か汚らわしいものを見るような目で彼女を拒否した。

 次の瞬間、私は目を疑った。悪魔の男は床に…丁度、彼女の足下にくる位置に小さな魔方陣のようなものを出現させたと思ったらそこから紫色の炎が柱のように燃え上がった。彼女は悲鳴もあげず一瞬で焼き尽くされ、後には焦げ跡すら残らなかった。娘はすごいすごい、と悪魔に向かって礼を言っている。それだけではない。悪魔はあろうことか笑顔を私に向け、あなたの同居人を殺してやりましたよ、と嬉しそうに報告した。

 確信した。こいつらは敵だ。排除しなければいけない。私の怒りは頂点に達し、他の同居人達に彼らの排除を命じた。

 妖怪の娘と悪魔の男は彼らに襲われ、一丁前に悲鳴を上げている。こいつらは自分達に、悲鳴をあげてやめてくれと懇願する権利があると思っているのが不思議でならない。声を上げる間もなく焼き消された彼女はどうなる?やはり敵の仲間は敵、こいつらも人間と変わりは無かった。後悔させてやるからな。

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