それぞれの行方
大きな家は豪邸だった。木製ではあるが、明らかに周囲の家の作りとは違う。おそらく贅沢の限りを尽くしてきたのだろう。
その豪邸の中、魔王軍と名乗り私兵にしていた兵は数えて20程度。
その全てをミリアは峰打ちにし、ヴェルファリアは一人残らず雷の魔術をかけこう命じた。
「起きた時、山の魔物退治に向かえ」
一人、また一人と兵士が起き上がり、ふらふらと山の方に歩いて行く。それを入り口で腕を組み、ヴェルファリアは確認していた。
「さて、これで問題は片付いたわけだが」
最後の一人を見送った後、ミリアに声をかける。
「さて、それはどうでしょうか。周囲の目がどうにも気になります」
「ああ、これはどうしたことか」
見れば大きな家の周囲には人だかりが出来ていた。
そしてヴェルファリアの傍に駆け寄ってくる子供。そしてその両親と思わしき者達だった。見れば人間だった。
「さっきは有難う、助かりました」
「本当に有難うございます、何と言えばいいのかわかりません」
「いや、当たり前の事をしたまでだ。あんなもの、魔王軍の面汚しにしかなるまい」
静かにそう言い放っていた。
そうして人だかりの方を見ると、先程の太った男がはりつけにされ、首が晒されている。そして周囲の人々がそれに向かって石を投げていた。
「それほどに恨みを買っていたか、あの男は」
すると両親の親が事の次第を話しだした。
「あの男は酷かった。急に来るなり全てを奪っていったんだ。魔王軍と名乗り、逆らう者には容赦なく制裁を加えてきた。この村だって、最初からこうではなかったんだ。貧富の差もない、お互いが協力出来る村だった。けれどあいつが来てからは」
「続きを聞こう」
「金のある者を情報を売れば金を分け与え、ない者には先程のような処刑を。そして最後には金のある者からも税を搾り取っていった」
父親はそう言い終えた。
「ふむ、しかしどちらが悪いとはそこで断ずることは出来ないな。結局情報を金で売る人間もいたわけで。それが真に協力し合える関係であったのか疑わしい。この男でなくとも偽りの幸せはいずれ崩れたんじゃないのか」
思わずそう言っていた。
「そうなのかもしれない、だがこの男さえ来なければ」
「まあ、いいだろう。ここにある財貨も全て持って行くといい。俺達には関係のないことだ」
そう言った所で、
「いや、そうはいかない。あんたにも責任を取ってもらう」
親にそう怒鳴りつけられる。
「責任?」
「そうだ、あの男は死んだが魔王軍がまた来るだろう。あんたは魔王軍に大義名分を与えちまったんだ。反乱の気あり、と見られてもおかしくないだろう」
「で、どうしろ、と」
「次に来る魔王軍を追っ払ってもらう」
そう言われヴェルファリアは目を瞑った。ここまでの事、これからの事を少し整理し考えてみることにしたのだ。
確かにこの男を殺したは良かった。だが同時に魔王軍にも反乱の意志を示したのも頷ける。だから誰も手出ししてこなかった、というのもあるだろう。
つまりは責任のなすりつけあい。太った男を殺すことも出来ないが、殺した所で次の魔王軍を誰が相手に出来ようか。
「言いたいことは分かった、次に来る魔王軍をどうにかすればいいんだな」
「そうだ」
「分かった、だがこの村全員の協力が必要となるが、その覚悟があるのか。改めて問うて来い。全員の命運がかかっているぞ」
そう言い残し、屋敷の中に入っていき扉を締める。そして考える。
出来ることは戦うか、降伏か。
ヴェルファリア自身は旅人と名乗っている以上彼らを放置し、本来の目的である玉鋼を取りに行って魔王軍に戻れば何の問題もなかった。
が、残された彼らをどうするのか。そこを考えてしまっていた。
次に来る魔王軍に皆殺しにされるのか、それとも再び重税が課せられるのか。それは分からないが、今以上に酷いことになることは疑いようがない。
そして同時に。一体どれほど今の魔王軍は荒んでいるのか。それを確認せずにはいられなかったのだ。
屋敷の中にミリアと戻り、先程の話をすることにした。
「中にはもう誰もいません。全員山に向かわせた形となります。しかし覚悟があるのか、でございますか」
「ミリア、すまない。話をややこしくして」
するとミリアはくすり、と微笑み、
「いえ、貴方様のやりたいようになさいませ。それに、魔王軍と言えど度が過ぎておりましたし、彼から手出ししてきました。これは正当な防衛と言えるでしょう」
「そうだな。見る限り炸裂の魔術を扱おうとしていたようだったがあの程度なら防ぐことも容易かった。だが、つい手を出してしまった。その事に少し後悔もあり、同時に喜びもあるのだ」
「と、申しますと」
「村人曰く、責任を取れ、と。俺自身は、重税を課しているあの男さえなんとかすれば全ての問題が片付くと思っていた。しかし残された者はどうするのか。そこまでの考えには至ることが出来なかった。安易に手を出してしまったことに後悔をしている。だが、同時に嬉しくもあった。まだ俺に戦えと求めてくる人間もいるのだな、と。そういう意志を持っている人間もいるのだな」
すると、ミリアは苦笑し、
「そこまで考える人間は、まずいないでしょう。世直しの旅、と言うのも一興。ここで一度一旗上げられるのも宜しいのではないでしょうか。それに、誰が相手でも貴方様とならば負ける気がいたしません」
「負ける気がしない、か。頼もしいことを言ってくれる。さて、後は村人達の出方次第だが。命を賭けるのか、それとも降伏し再び重税に喘ぐのか」
そして夜。屋敷の扉が叩かれた。それに応じ出る。
すると村人達が揃ってヴェルファリアの前にいた。
「俺達はあんたに賭ける、どうせなら魔王軍と戦って死ぬことにした。どのみち一度は死んでいたかもしれない命だしな」
「そうだ、どうせならひと暴れしてやろうぜ」
村人たちが、一斉にそうだそうだ、と言い出す。
「本当に、それでいいのか。俺は単なる旅人だぞ。戦の経験もない」
「だが滅法強いだろ。そっちのお嬢ちゃんだって腕っ節に自信ありと見た」
「戦において一騎当千等ありえない。だが、それでもやる気なのか」
「勿論だ、全員が力を合わせればやってやれないこともないはずだ」
村人の一人がそう言う。
「そうか、分かった。戦う意志のある者だけ残り、後は全員避難するんだな。早速戦の支度をすることにしよう。何、勝算のない戦いというわけでもない。一度、一度だけ勝てれば何とかなるだろう。否、なんとかしよう」
「分かった、具体的にどうすればいい?」
「その前に一つ言わねばならないことがある。情報が魔王軍に知られたらその時点で敗北は確定する。その上で話を聞き従うなら話そう。どうする」
「勿論、言うわけがない」
「と言って情報は流れるのが世の常だ。もう知られることを前提に動くこととする。まず準備に取り掛かってもらうが、ここに来るまでに一本崖があったな」
「ある、唯一魔王軍と通じる道がある」
「その崖の上に岩を準備してもらう。出来るか?」
「俺達を誰だと思ってるんだ、製鉄所で働いてる人間だぜ。そんなの楽勝だ。なんだ、そこを封鎖するのか?」
「いや違う。あくまで準備だけしておいてほしい。岩は二つあればいいだろう。そして油をありったけ準備するんだ、崖の上にな。さあ、動け、死にたくなければな」
かくして戦の準備が始まった。
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