口づけの意味

突然のことで何が起きたのか分からなかった。


気づけば唇を奪われていた。


「───んっ」


柔らかかった。女の唇はこんなにも暖かく柔らかいものだったのかと思う。


そして全身から力が抜ける。


そうしてしばらくして唇が離れ、


「高まった想いを伝えるには、こうするしかないと思いまして」


リリスがそんなことを言ってきた。


「あ、あの。口づけと言うのは愛する者同士がするもので、気軽にする物ではないと思うのだが」


珍しく気が動転していた。


「はい、愛しています、ヴェル様」


「ええ!?」


驚くしかなかった。


子供の頃一回会っただけで、しかも一方的にぼこぼこにしただけの人間。


「いや待て、信じられない。子供の頃確かに一度会った。闇の魔術も教わった。だが、何故それが愛することに繋がるのか」


「あの時の敗北が、私の生き方を変えたからです。女としての嗜みも勉強致しました。料理も裁縫も、全て出来ます。どうか、ヴェル様の傍にいさせてください」


そう言われ、どうしようか、と考える。


リリスは、おそらく美人だ。美しい。これ以上の女はいまい。


だが、俺はどうだ?


そこら辺にいる人間と変わらないぞ。これは、釣り合わないだろう。


「リリス、俺と貴方とでは釣り合わない。貴方は美しいが、俺は普通の人間だ。貴方ならもっと別の人と結ばれた方がいいのでは」


と言った所で睨まれた。


「ヴェル様、釣り合いが取れないとお考えなのですか?私に何か不足があるとでも」


「いや違う。だから俺が君の力量に追いつかないというか。なんと説明すればいいんだ」


「分かりました、私を幸せにする自信がない、と」


そうだ、それだ!


「そう、それ。力量が足りない!」


と、言った所で槍がぴたりと喉元に突きつけられる。


「冗談でも言っていいことと悪いことがあります。いいですか、私の幸せは貴方の傍にいることなんです。そんなこともわからないの、ヴェル」


怒らせてしまっていた。そして様付ではないあたり、本気で怒っているらしかった。


「は、はい」


手を上げて答えるしかなかった。どうにも女には勝てない気がする。母にも勝ったためしがないし、父も母には一度として勝っていない。


「で、俺についてきてリリス、君はどうするんだ?」


そう尋ねざるを得なかった。


リリスはしばし無言になる。


「君に何か得なことはあるのか?ないだろう、人間と馴れ合うよりもやることがあるんじゃないのか。君は魔王軍に入りたいのだろう、自分は、父に言われ魔族との共存の道を探しに来ただけだ」


「共存の道、いいではありませんか。手始めに私との共存をしましょう」


そう言われ、しまった、と思った時には遅かった。


「私は、別に魔王軍に入りたいわけではありません。ただヴェル様、貴方ともう一度お会い出来ればそれでよかったのです。けれど今は違う、共に魔王軍で戦いたいと思っている。そして貴方は共存の道を探している。利害が一致したではありませんか」


「うむむ・・・」


言われて黙るしかなかった。


「決まりですね。後は貴方の口から私に愛していると言えば共存の道は始まります。さあ!」


そう言って手を広げてくるリリス。しかしその手には乗らない。


「悪いが、その手には乗らない。愛、とかよくわからないしな」


「では、どうすれば納得していただけますか?」


考えたことがなかった。


「少し考えてみる」


そう言って考える。


あ、そうだ。これならどうだ。


「そうだな、自己研鑽出来て、魔術の鍛錬に武術の鍛錬に付き合ってくれるような女性、こういう女性を愛することにした。いないだろうけどな!」


「なんだ、なら目の前にいるではありませんか?」


そうにこにことリリスが告げてくる。


「ぐぬぬ」


確かに、条件に見合っている。魔力はほぼ拮抗しているし、武術においても彼女の方が上だろう。魔術の鍛錬にもなりそうだ。何の問題もないではないか。


「気持ちの整理をさせてください」


「嫌です、今決めて下さい。決断力のない男は嫌われますよ」


決断力のない男、と言われ唸る。


決断力がないのは嫌だな。


「分かった、負けだ。君を愛そう。だから俺についてきてくれ」


「かしこまりました、このリリス一生貴方についていきます」


この日より魔族とのどこか不思議な共存生活が始まった。

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