リリス
地下につくと、自分の家にある似た訓練所が目に入った。どうやらここも魔術が漏れないよう工夫が凝らしてあるらしい。
───にしても、大きい魔力だな。
そう思わざるを得なかった。父には及ばないが、自分と同等かそれ以上か。
だがそれだけで気圧されるな。要は魔力の使い方だ。そう思い、気持ちを落ち着かせる。
「そこの扉、締めてもらえる?」
そう言われ扉をしっかりと締めた。
「さて、人間。私に歯向かったこと後悔させてあげる。死ぬ気でかかってきなさい」
リリスはそう言うと、壁に立てかけてあった黒い長槍を持つ。どうやらあれが得物らしい。
いや、けど身長の何倍もの長さの槍をそう軽々と振るえるものなのか?
リリスは槍を頭の上で構えている。そこに隙はない。
「ところで、一つ聞くけど貴方、素手でいいの?」
そう言われ、しまったと気づく。何か持っていた方が良かったか。
いや、けどここは小細工なしで行った方がいいだろう。
「構わない、いつでもどうぞ」
「まあいいけど。手加減、しないわよ」
そう言うなりリリスの姿が消える。
───早い
が、母さんほどの早さではない。
風の魔力を足に込めこちらも加速する。
自分が先程立っていた場所に漆黒の風が吹き荒れた。どうやら長槍を振ったらしい。
「軽い素振りだったけれど、これは避けれるのね。ちょっと見直したわ。見直しただけだけど」
そう言うなりまたリリスの姿が消える。
あくまで純粋な勝負を望むか。
左手に氷の魔力を込め、右手に風の魔力を込める。
凍結狙いで動きを止める作戦だ。
そして一気に氷の風を展開する。
「───なっ」
驚いたのはリリスの方だった。
足元が凍結し、動けなくなっているようだった。
あれ、これひょっとして・・・
氷の魔力を更に高め、首から下を氷漬けにしてみることにした。
ぴきぴきと音が鳴り、あっという間に氷像が出来てしまった。
「なんですって、ただの人間にこんな芸当出来るわけが!」
いや、けど出来てるんだなこれが。
あ、そうだ。いいことを思いついた。
「出してほしい?ねえ?」
リリスのほっぺたをぷにぷにと突きながらそう言ってみることにした。
「こんなもの、すぐにも出てやるんだから!」
「あ、そう。じゃあ僕いくね」
そう言って訓練所から出ようとする。
「あ、ちょっと。ちょっと待ちなさい。待てってば!」
どうやら魔術に対する耐性を持ち合わせていないらしい。これは一方的な展開になるかも。
心のどこかで余裕をかましていた。
「待つけど。で、負けを認めるわけ?」
「誰が人間なんかに!」
「あ、そう。じゃあ僕いくけど・・・」
「待って、ここから出して!闇の魔術。そうよ、闇の魔術教わらなくていいの?」
それは魅力的な提案だ。だが、
「いや、君に聞くまでもないな。上でやっぱり君のお父さんに教えてもらうよ。この程度だとは正直がっかりだ」
どうやらその言葉で火がついたらしい。
「人間風情が、調子に乗ってるんじゃないわよ!」
そう言うなり、ぱりんと氷が割れる。
───おかしい
なんだこの違和感は。氷の魔力は一切感じなかった。魔術耐性があるとも思えない。にも関わらず氷を割った?
そんなことが可能なのか?
「どうやら今度は貴方が驚いているようね。貧弱な人間には分からないだろうから教えておくと、高い格の魔族に低級の魔術は効かない」
その割に一瞬効いていた気がするが。
───試してみるか。
もう一度氷の魔術で動きを止めにかかる。
───が
「二度は通用しないわよ」
声は後ろからした。
まずいと思い、光の魔術で盾を背中側に作る。がきん、と跳ね返る音が背中でした。
そのまま盾を光らせ、目を眩ませる。そうして一瞬で距離を詰め、風の魔力を込め思い切り蹴り上げた。
「うぐっ・・・」
顎に直撃し空中に浮くリリス。
さっき低級の魔力は通用しないと言った。この程度の打撃では通用しないかもしれない。
更に追撃が必要だ。風の魔力を込め、更に加速し空中に浮いたリリスを追撃する。更に上に飛び上がり、顔面にかかと落としを決める。
思い切り地面に叩きつけられるリリス。
「がはっ・・・」
血を吐いている。
いや、まだだ。この程度で魔族が倒れるものか!
更に追撃を加える。風の魔力で重さを何倍にも増し、追撃の蹴りを顔面めがけて蹴り落とす。
まだだ、まだ足りない!
組み付き、上にのっかかり、顔面にひたすら無言で乱打する。
どれだけの時間経っただろうか。どれだけ殴ったかは分からないが、気づけばリリスの顔は腫れ上がっていた。そして気絶している。
「ぜいぜい・・・・やった、のか」
魔族を倒した。
───と
外からこんこんと扉を叩く音が聞こえてくる。
「どうぞ」
地面に倒れたリリスを放置して、立ち上がり、扉の方へ行く。
扉ががちゃりと開く。そこには父がいた。
そして頭を軽く抱えている。
「お前なあ、やりすぎだ。しかも女の子の顔ばかり狙うやつがあるか。母さんの真似をするんじゃない」
「えっ・・・」
「その子、完全に気絶してるぞ。魔力探知してみろ」
そう言われ魔力を探ってみる。自分と父とリリスのお父さんの魔力しか感じられなかった。
「いや、まさかと思って来てみたが正解だったな。いいから顔、治してやれ。出来るんだろ、回復魔術」
「あ、はい。わかりました」
慌ててリリスに近寄り回復魔術を急いでかける。
「お前らしくもない、どうした?」
「いえ、氷の魔術を魔術耐性なしに対策されたものですから焦ってしまって。そんなこと出来るんですか」
「そりゃお前、純粋に魔力で叩き割っただけだろ。魔力を爆発させた一時しのぎに過ぎない。その子の魔力量なら一回くらいそんな芸当も出来るだろうな」
「は、はあ」
気のない返事をしていた。
「やっぱり魔術なしで戦わせるべきだったか」
「いえ、それでは僕が負けてました。この子、早かった。父さんや母さんほどではないけれど」
風の魔術なしではまず負けていただろう。
「うーん、まあいいか。その子が気づくまで傍にいてやれ。膝枕でもしておいてやれ」
「わ、分かりました」
言われるまま回復魔術を施しながら膝枕をさせる。
しばらくすると腫れ上がった顔は先程の可愛らしい顔に戻ってきていた。
ふう、何とかなったか。
「お前、初めて魔族に人間呼ばわりされたんだろ」
ぴくりと、反応してしまった。
「人間はひ弱だ、そう刷り込みすぎたな。魔族とはいえ、この子は子供。お前と同じな。だからこそ友達になれると思って紹介したが、俺の考え違いだったか」
「いえ、そんなことは」
ない、とは言えなかった。無我夢中で叩くことで精一杯だった自分には何も言う資格はない。
───と
「う、うーん」
「おっとお姫様が気づきそうだ。俺は出て行くが、ここからは上手くやれよ」
そう言って父は出ていった。
上手くやれ、と言われても。
とりあえず母にいつもやられている通りにしてみるか。
髪をそっと撫でる。漆黒の長い髪は触っているだけで心地良かった。上品な何かを触っているようだった。
そうしているとリリスがぱちり、と目を開けた。
「うわ!」
「きゃあああ!」
ごつん、とでことでこが当たる。
「いてて」
「───っ」
お互いに頭をさすりながら立ち上がる。
「もう大丈夫そうだね、ごめん。手加減出来なかった」
「何があったのかはわからないけど、私気絶してたみたいね」
「ま、まあそうなるね」
腫れ上がるほど顔を殴ったとはとても言えなかった。回復魔術が使えてよかったと、ほっと胸を撫で下ろす。
「まさか人間に負けるなんて思いもよらなかったわ」
「・・・そっか」
そういうしかなかった。
「貴方、もう一度名前、教えなさい」
「ん?ヴェルファリア」
「ヴェルファリア・・・ヴェルか」
「そうだね、そう呼んでくれて構わない」
「約束通り闇の魔術について教えるわ。けれど私も簡単な物しか扱えないの、ごめんなさいね」
「いや、とんでもない。それで十分だよ」
後は自力でなんとかするし。
そっちの方はあまり期待していなかった。氷の魔術を破るために魔力を莫大に消費しているだろうし、一回くらい見れればいいだろう。
「にしても、貴方は本当に人間なの?」
「ああ、人間だよ。ひ弱で、どこにでもいると思うけれど」
どうなんだろう。父と母以外の魔族や人間を見たことがないから何とも言えないが。
「改めて挨拶するわ。私はリリス、この通り魔族よ」
そう言って丁寧に頭を下げるリリス。そうしてばさり、と黒い羽を大きく羽ばたかせた。
素直に美しいと思った。
しばらくそれに見とれていたのだと思う。
「どうしたの、ぼぅっとして」
「あ、いや。綺麗だな、と思って」
「なっ、綺麗とか・・・言われても・・・」
急に顔を赤らめるリリス。
「うん、見とれた。魔族の羽はもっと無骨な物だと思っていたけれど美しい羽だし顔も綺麗だ」
「そ、そう?」
上目遣いでそう聞いてくるリリス。それに無言で頷く。
「ま、まあ人間にも見る目のあるやつがいるということね。貴方のことは覚えておくから。次に会った時は必ず勝つけど」
「そうか、なら負けないよう鍛錬をつんでおかないとね」
その後、闇の魔術を少し見せてもらい、見よう見真似で使った所驚かれた。
「ちょっと、どうなってるの?そんな簡単な魔術ではないと思うけど」
「と、言われてもね。まあ、僕は純粋な魔術師だからだと思うよ」
その言葉に、そう、と一言リリスが言うのみであった。
その後、昼御飯をご一緒し、すぐに別れがやってきた。
「ヴェル、今日は楽しかったわ。また会いましょう」
そう言ってリリスが玄関先で手を出してくる。
なんだろう、この手は。
「何をしている、握手だ、握手」
父に促され、その手を取る。リリスの手は思ったより小さかった。そして豆だらけだった。きっと毎日槍の練習をしているのだろう。
「ヴェル、貴方はきっと私の物にしてみせる」
そんなことを言われ、
「う、うーん」
返答に困るのであった。
「私も鍛錬は怠らない、いずれ貴方と共に戦える日を待っているわ」
「そんな日が来るといいね。僕は戦いにはでないけれど」
今は魔術の鍛錬に勤しむのが一番だ。戦うなんてまだまだ先が遠い話である。
「私が必ず迎えに行くから。貴方は鍛錬してその時を待っていて」
「分かった、ではね」
そう言って別れを告げたのであった。
別れを告げた後、父から
「どうだ、可愛い子だったろう?」
「そうですね、しかも強かった。けれど僕と戦える日を待つ必要はないと思うのだけれど」
「魔族にそう言わせる程の力量を見せただけのことだ。魔族はより強き者に従う。あの子も例外じゃなかったようだな。いずれ、一緒になれるといいな」
そう言われ苦笑する。
「どうでしょうか、一緒になることはもうないと思いますが。もう会うこともないでしょうし」
「それは、どうだろうな。まあ、しばらくはないだろうがな。闇の魔術は教わったようだし」
「そうですね、早く帰って鍛錬に励まねば」
「朝は憂鬱そうだったのに、今はやる気だな。今日は連れてきてよかった」
「はい、良い気分転換になったと思います」
「さて、町の外にでてしばらくしたら走るぞ。魔力は残っているな」
「大丈夫です」
その後、予定通り家につき、晩御飯を食べ今日は寝ることにした。勿論全属性の魔術耐性を張ってからだ。
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