第711話 本因坊九策で九尾なのじゃ

 碁会所の存在は知っていた。

 家に居場所のない爺さんたちが、駄弁りがてらに集まる場所だ。


 アウトドア派ならゲートボール、あるいは友達がいない人は園芸なんかに凝ったりするね。


 なんにしたって爺の憩いの場。

 スタバよりも歴史ある、碁盤を前にしてドヤ顔ならぬグギギ顔するのが詫び寂の場所である。


 ほら目の前でも顎の先を尖らせた、勝負師みたいな男が汗を掻いている。


「伊藤くん、どうしたのかね、もう手がないのかね」


「……圧倒的不利!! 絶望的状況!! 脳を回せ!! 考えろ、起死回生の一手!! いや――回す!! そうか!!」


「なにぃっ!! 碁盤を回して逆向きに!! そして、碁石を入れ替える!!」


「これで、逆転だな」


 雑パロだなぁ。(小並み感)


 もうちょっとちゃんとカイ〇読んでからやれというもんだけれど、あの作品長いんだよね。しかも一勝負一勝負が。

 もっとこう、さっくりとやってくれると助かるんだけれど。

 というか、茶をしばきながら仲良さそうに顎尖らせたオッサンたちが昼間から碁なんてやってても黙示録感なんて微塵もねえよ。


 お前ら顔に縦線走らせて実は仲良しか。


 とかまぁ、そんなツッコミはさておき。

 俺がなんで碁会所なんかに居るかと言えば、例によってお付き合いである。


「いやー、悪いね桜の。この近くで強い流しの碁打ちが居ると聞いたんだが、俺はこの辺りの地理はあんまり詳しくなくってよ」


「あぁ、はい、いいっすよ。俺も別に休日暇してたんで」


「なんでえ、嫁と一緒に遊びに行くなり、親孝行するなりいろいろあるだろうが。お前さんはまったく、社会人としての生き方がほんと不器用だな」


 仕事一辺倒の爺さんに説教されたくねえけどなぁ。


 なんて苦虫をかみつぶした顔をしてやると、悪い悪い冗談だよと陸奥さん。

 この爺、分かって言っているから性質が悪い。ほんと、大企業の副社長が長いとこういう時に感が鋭くって怖いわ。


 それを気にする人でもないから別にいいんだけれどさ。


 なんにしても、今日の俺は陸奥さんのお付き合い。


 なんでも俺の家の近くにある碁会所に現れた、化け物みたいな碁打ちと一席打ちたいのだという。

 陸奥さん、これでアマチュアの大会じゃ、準決勝までは残るほどの打ち手。

 仕事がなけりゃプロになってたかもしれないというくらいの手練れらしい。


 なので強い奴が現れたと聞けばその血が騒ぐのも無理もない。

 そんなこんなで、突然かかって来た電話に、昔のよしみで二つ返事で快諾した俺は、こうしてお付き合いしている訳であった。


 ほんと、人の縁ってのは厄介よね。


「悪いな桜の。代わりに今日は阪内で名の通った寿司屋に連れてってやるからな」


「これくらいお安い御用ですよ!!」


 さて、なんでそんな副社長に奢って貰えるラッキーデーだというのに、今日は加代さん一緒でない。

 どうしてかと言われれば、のじゃぁと一言「今日は用事があるのじゃ」と、体よく断られたからである。


 しかし、この断り方がちょっと歯に引っかかった。


 お仕事だったら、今日は何々の仕事なのじゃーと言うだろう。

 なのに彼女は今回微妙に言葉を濁した。

 プライベートな用事にしても、俺たちもそう短い付き合いじゃないんだ、素直に言ってくれてもいいもんだろう。

 なのにあえて濁した。


 これは何かある。


 目の前の男たちの顎の尖りぶりもさるものながら、きっとこの時の俺の頭の尖りぶりもさるものだっただろう。真実はいつも一つ、けれども情報が足りないから分からない、という感じに俺は顔をしかませた。


 うむ、まぁ、考えても仕方ないか。

 今はやっぱりなんといっても、目の前の爺さんの目的の相手。

 謎の流しの碁打ちである。


「しかし、流しの碁打ちとかそんなん本当に居るんですね」


「賭けごとじゃねえけどよ、負かした相手に飯奢ってもらったり、世話してもらったりして全国行脚するような奴は昔からいるぜ。誰だって強い相手と打ちたいもんだからな」


「そんなもんですか」


「ただ今回のは流れて来たっていう感じがどうも薄いんだよな。なんてーか、突然ぽっと湧いて出たというか。強い奴が流れているなら、ネットの掲示板とかで騒がれていてもいいもんなんだが、そういう前情報もなかった」


 ネットの掲示板とかに流れるという単語がこの爺さんの口から出てくるとは思いもしなかった。というか、本当にこの人ガチ勢なんだな。


 なんだろう。

 今回の話の入りから、なんとなくオチは読めているのだけれど。


 俺の心がざわざわしてきた。

 これ、大丈夫なのか。

 安定のオキツネオチでも、許される奴なのか。


 頼むぞ、加代さん――。


 祈る、俺、起死回生、テンプレ外し。

 その時、碁会所の入り口の鐘が鳴る音がする。

 振り返ればそこに一人――見知った顔の少女が佇んでいる。


 衝撃。

 その時、俺に腰をこん棒で撃たれたような衝撃が走る。

 そんなどうして彼女がこんな所にと顔が引きつっていた。そんな俺と、彼女の視線が交差する。生まれるのはそう、驚きの共鳴。


 ではない。


「WHY? ブロッサムさんデース!! どうしたデスAnyWayこんな所に!!」


「出てきたどうしてコヨーテちゃん!!」


「おぉ、今日も来たか、謎の外国人アマチュア碁打ち!!」


「褐色碁打ちのコヨーテちゃん!!」


「エキゾチックな体つきと、そんなダイナマイトな体に見合わない無垢な性格で、わしら碁会所に集まる爺のアイドル、コヨーテちゃん!!」


 なんと。

 謎の流しの碁打ちの正体は、コヨーテちゃんだった。


 テンプレ外しキタコレ。

 いやはやまたしても加代ちゃんネタ、碁会所でお爺ちゃん相手にちやほやされる商売を始めたのじゃーと言い出したら、どうしてくれようかこのオキツネと思ったものだけれど、瀬戸際でそれはなんとか防がれたのだった。

 ふぅ、危ない危ない。


「ほう、お嬢ちゃんが今噂になっている流しの碁打ちかい?」


「はーい!! ここ最近オオサッカでブイブイセイされているコヨーテです!!」


「……ふっ、舐められたもんだな。こんな日本語もまともに喋れない、ルルルールルールーガールが噂の碁打ちとか」


「それはミーのアームを見てから言ってみやがるデース」


 面を合わせるや一触即発。

 もはや陸奥さんとコヨーテちゃん対戦の流れは確定的だ。

 両人とも知り合いの俺としては、できれば仲良くやってもらいたいもんであるが。勝負人が集まってしまったのだからしかたない。


 今日は陸奥さん側の人間として来ている。

 そういう手前もあり、俺は陸奥さんを応援することにした。


 機嫌損ねて、飯の話がなしになったら困るしね!!


 席に着くコヨーテちゃんと陸奥さん。

 先手は譲ってやるよと余裕を見せる爺さん。しかし、逆にその余裕が大人気ない。なんていうか、俺は絶対に負けないぜムーブで大人気ない。

 じゃんけんしとけばいいだろうに。(囲碁のルール知らんけれど)


 そんな俺たちの前でコヨーテちゃんはと言えば――。


「……先手になったデース。どうすればいいですか」


 なにやらぼそぼそと独り言をつぶやき始めた。


 おやと首を傾げる陸奥さん。

 いつものことだよと笑う常連客さん。


 そして――コヨーテちゃんの背後に妙な圧を感じる俺。

 すかさず、俺はスマートフォンを取り出すと、ここにはいないはずの九尾のアカウントをタップするのだった。


『のじゃのじゃー、くびだらけだよー、じんせいはー』


「のじゃぁああっ!! ちょっ、やめるのじゃ桜!! スマホ鳴らすのは止めるのじゃ!! せっかく霊体化しているのに、意味がなくなっちゃうのじゃ!!」


「バイブ設定にしておかないお前が悪いだけだろうがフォックス」


 はい、もうお分かりですね。


 九尾の碁。

 急に現れた若い天才棋士の背後にゃ、なんかいるもんなんですよ。


 そんなこんなで、加代ちゃん看破した俺と陸奥さんは、気持ちいいほど圧勝して、梅田でスーシーを食うことになったのだった。


 あんまりにかわいそうなもんだから、コヨーテちゃんと加代ちゃんも一緒だったのは、まぁ、流石のべらんぼうめ親分肌副社長の陸奥さんと言っておこう。


「スーシー美味しいデース!!」


「のじゃぁあああ!!」


「負けたのに飯奢っていいんですか?」


「だはは、細かいことはいいんだよ、桜の」


 あ、若い子と一緒に食事したいだけだな、この爺さん。

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