第675話 スパイ映画のようで九尾なのじゃ

 俺の名は桜くん。

 苗字はまだない。(作者が決めていない)


 こう見えて、まぁ、そこそこにプログラマー・システムエンジニアとしての経験と腕がある俺は、ビジネス転職サイトでそこそこ需要のある人材。

 これまでに、転職すること都合四度。

 その度に、自分の価値を高めて来た。


 そう、どこぞのオキツネとは違う感じで。

 やれやれまったく、世の中ってのは釣り合いがとれるようにできている。

 あんな狐と俺というスーパービジネスシステムエンジニアがくっつくのだから。


 それはそれとして。


「うぼぁーっ!! 全然仕事が終わらん!! ダイコン!! お前の会社、いくら何でも実働できる社員がいなさすぎる!! ちっとは自前の駒を用意しろ!!」


「せやかて桜やん!! うちは別に自前でなんやシステムを作ってるわけやないし!! いろんな会社を吸収合併して大きくなったから、子会社の社内システムは使い慣れたのを使い続けさせる感じやし!!」


「ホワイトナイトさまかよ!! お前、本当にロリ以外はいい奴だな!! けど、これは悪手!! 社内インフラのエンジニアは用意してフォックス!!」


 いくら個人で優秀だからってどんな仕事も瞬で片付くわけでもなし。

 やっている仕事の難易度が会社によって大きく変わる訳でもなし。


 今日も絶賛修羅場中。仕事はできるが、仕事自体ができるレベルとは限らない。そんな過酷な戦いに身を置く俺なのであった。


 はぁ……。


「とりあえず、今日中には終わる目途がついた」


「今日中って、もう定時前やで桜やん」


「……どこのアホ社長が、アホ案件もってきて、アホほど残業しなくちゃならないと思っているんだ、えぇ、このアホ」


「深夜残業申請ワイから出しとくで。おもいっきりやってんか、桜やん」


 こら久しぶりにタクシーコースだな。

 そう思いながら俺はデスクを立った。


 僅かに居る社員プログラマーとシステムエンジニア――名ばかりで下請けにまるっきり仕事の内容を投げ出す奴ら――が、すまなさそうにこちらを見るのをガン無視して、俺はトイレへと向かう。


 はー、これなまだ前野の方が百倍使えるわ。

 あいつ、仕事のスキルは糞だけれど、ガッツとスケジュール調整能力だけは神がかっていたからな。なんにしても、積極性ってのは大事だよ。


 もうすぐ定時。

 トイレから帰ったら彼らは綺麗さっぱりいなくなっているんだろうな。

 まぁ、それはそれでよし。大企業の特権だ。などと思いながらトイレの前に立つと、黄色い看板が立っていた。


「掃除中か」


 定時前なのでその日の汚れを落としに来たのだろう。

 看板を前に俺はため息を落とす。


 まぁ、おばちゃんに見られたってかまやしないし、そもそも大だからなと思ったその時。あぁあぁ、すみませんという感じで、青い服を着た女が中から出てきた。


 どことなく、見覚えのあるそいつは――。


「……今夜は、カレーなのじゃ」


 すれ違いざま、ぼそりと俺の耳元でささやいていったのだった。


 まさか、さっきのは加代さん。


 どうして彼女がこんな場所に。

 そして、こんな所に。


 疑念を頭に抱えながら、腹に抱えていたものを出してすっきりする。

 トイレの入り口に戻ると看板は綺麗さっぱりなくなっていた。


 うぅん。

 俺の気のせいだろうか。こういう時は、ニコチンを摂取するに限る。

 俺はトイレから喫煙所という、仕事クズコンボをキメることにした。


 ジャケットの中から、最近買った電子タバコを取り出す。

 加代やなのちゃん、そしてお袋(嫌煙家)の手前、スモーキングを禁じられしモノである俺は、もっぱら吸った気のVAPE派である。

 今日もシトラスの香りがするそれを咥えて喫煙所に入ると――。


「おや、先客?」


 ワインレッドのスーツを着た、ミニスカートの女がそこには立っていた。


 まるで、バブル期ドラマのヒロインみたいだ。

 まるで、バブル期ドラマのヒロインみたいだ。(ショックだったので二回言う)


 とにかくワインレッドの彼女は、なぜか手にしていたココアシガーをもしゃもしゃしつつ俺に近づくと、すれ違いざまに囁いてきた。


 小麦色の髪が揺れる。

 それと共に、ココアシガーのなんとも言えない甘い匂いがする。


「……のじゃ、しかもメンチカツ付きなのじゃ。だいふんぱつなのじゃ」


 やはり、加代さん。


 なぜ、加代さん。

 そんな女スパイのように変装してダイコンホールディングスに。

 いったい彼女に何があったというのか。


 定時のチャイムの鐘が鳴る。

 なんだすっかりと肝を冷やした俺は、VAPEを軽く吸って気合を充てんすると、デスクへと戻った。途中、何人もの帰宅の途につく社員たちとすれ違う。


「……シュラトが三時間煮込んで作ったのじゃ」


「……お野菜はなのちゃんの手作りなのじゃ」


「……メンチカツは父上どのが、スーパーで並んで買って来た特売品なのじゃ」


 すれ違いざま、そんな情報を植え付けられる。


 いる。

 加代さん、まぎれもなくこの会社の中に居る。

 まぎれもなくまぎれている。

 まるで女スパイのように。


 流石は加代さん。

 仕事を辞めたと思ったら、すぐにありつくお仕事剛の者。


 侮っていたか――。


 自分が作業している部署の部屋の扉を開ける。

 誰もいないはずの部屋。俺のパソコンのディスプレイ以外に光を発するモノのないそこを見渡せば、二つの影がそこに揺らめいている。


 あれは、まさか――!!


 加代さん!!


「桜!! カレーの日は早くお家に帰ってくるのじゃ!!」


「うぅん!! 帰る!! カレーがお家で待ってるの!!」


「いや、帰るやあらへんで桜やん!! ちゃんと仕事してや!!」


 うっせえ、俺はそんな残業してまで仕事してえタイプの人間じゃないんじゃい。

 仕事よりカレーの方が大切な人間なんじゃい。


 というか、加代さん、カレーの情報伝えるために、会社に侵入するとかなに考えているんだフォックス。しかし、ナイスプレーだフォックス。


 まぁ、カレーだからね。

 仕事を明日に伸ばして帰るのも仕方ないよね。

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