第667話 主人公なのにで九尾なのじゃ
「……え? このダメージはいくら何でも致命的なのでは?」
とある漫画を読んでいた。
バトル漫画。
少年から青年をターゲットにした週刊漫画雑誌で連載されているそれは、ハードで先の読めない展開と濃厚なバトル表現、そして絶妙にデフォルメの効いた絵柄で幅広いファンを獲得しているものだった。
特に主人公がよいのだ。
健気でひたむきで裏表がなく、かといって等身大の少年で、そして強い。
まさしく少年漫画の主人公の必要条件を綺麗に満たしている。
そんな彼が、今週の最新話で――。
「か、加代さん。ちょっと、これ、見て欲しいのじゃぁ」
「……ふぁあぁ。こんな夜中になんなのじゃぁ。スマホなんか見おってからに。のじゃ、桜が追ってる漫画なのじゃ。まったく、いい歳して漫画にお熱とか、いったいどう」
のじゃぁあああと加代さんが夜明け前にも関わらず叫ぶ。
なんだなんだ何事だと、俺たちが寝ている部屋に押しかける親父とお袋。そんな二人に、大丈夫なんでもないんだと誤魔化して、俺と加代は膝を衝き合わせた。
時は朝の四時を過ぎた頃。
スマホゲームのログインボーナスとデイリークエストをこなした直後。
そして、少年漫画誌の電子版が配信される時間帯。
先週、いい感じの所まで話が進んだなと思って、布団の中でそれを見た俺は絶句した。あまりの展開に絶句した。
そう。
「長男!!
「落ち着け加代さん!! 俺も同じ気持ちだ!! そして、お前だけの長男じゃない!! みんなの長男だ!!」
「こんなにかわいいのに!! 長男なのにめちゃくちゃ弟属性もあるのに!! 絶対に幸せにしてあげたい感のあるよいこちゃんなのに!! なんでこんなひどいことするのじゃ!! のじゃぁあああああ!!」
「加代さん!! 割とひどいことされるのはこの漫画の持ち味!! 先週も、人気キャラクターが容赦なくぶっ殺されたじゃないか!!」
「けど、けど……長男は主人公なのじゃぁ!! 主人公に大怪我させちゃだめなのじゃぁああ!! のじゃぁああああん!!」
加代さん大号泣。
部屋を出ていったお袋たちだったが、扉の向こうで明らかにこちらを心配しているのが分かった。そんな狼狽えるなんて、いったい何があったんだいと、きっと気が気でないのだろうが。
心配しないでくれ、漫画の話なんだ。
別に何か現実にダメージがある訳じゃないんだ。
ただ、メンタル的なダメージは大きいんだ。
お年頃の青年、そして、少年漫画を嗜む女子には。
そう。
素知らぬ顔をして、興味ないですみたいな態度をとっていた加代さんだが。
彼女はこの漫画の大ファンだった。
分かるさ、ちょいちょいコラボ商品とか買ってるから。
なんか電子書籍リーダーで、ちょいちょい最近読んだ本として、一番最初に表示されているから。
しかもかなりの頻度で。
ずびずるりと鼻水を垂らす泣き九尾。
そんな彼女の背中をさすって、俺は慰めた。
うむ、主人公が負傷するなんて、普通あり得ない展開である。
そりゃそんな衝撃、耐えられるはずもないだろう。加えて、魅力的かつそのキャラクター性で、多くのお姉さま方を魅了してきた彼である。
そら取り乱しますわ。
幸せ者だな長男とか思いながら、やはり主人公はこれくらいの魅力がなければいけないんだろうなと、そんなことをしみじみ思った。
俺もたいがい狼狽えたけれど、加代さんの狼狽えぶりをみて、逆に落ち着いた。
うん――。
「何してるんだ加代さん、そんな自分の目に手を添えて」
「のじゃぁああああ!!
「取り乱し過ぎだよ!! 魑魅魍魎跋扈する妖怪ファンタジーかよ!!」
ここは現代おまぬけあやかしファンタジー。
そんなことで奇跡は起こらないフォックス。
けれども気持ちは分からないでもないフォックス。
取り乱しに取り乱す加代さんを俺はなんとか抑えて止めた。
ほんと、主人公が怪我しちゃいかんよ。マジデ。
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