第664話 書道家で九尾なのじゃ

 今年の一文字がどうとかこうとかの季節がやってきたり過ぎてしまったり。

 ぶっちゃけ、これが公開されている頃には、新年あけましておめでとうございますとか言っているんじゃないだろうかと、そういうことを心配していたり。


 いやはや、作中時間が書き溜めによりものっそいズレていると、こんなにも時事ネタに剥離が出てしまうのは考えものである。


 まぁ、そりゃともかく。


 今日は加代さんの付き合いでなんか寺にやって来ていた。

 この九尾。妖狐なんていう仏敵も仏敵、罰当たりな存在だというのに、平然と境内の中に入って行く。いやさ、キツネは神の使いだから、あながち仏敵とかそういうのにカテゴライズするのはどうかとかそういうのもあるのだけれど。


 それにしたって、なんでまたお寺。


「のじゃのじゃ。ここのお寺は毎年、今年の漢字を書いておってのう」


「えっ、うそ。まさか、あのタイムリーな?」


「瀬戸内寂〇が毎年書いてる奴とは違うのじゃ。あくまでこの街、この寺の檀家衆間で流行ったことを一文字にして表現しているだけなのじゃ」


 なるほど、ローカル今年の一文字ね。

 なんだいなんだい。ちんけな寂れた街かと思ったら、面白ことやってるじゃないのさ。流石は阪内。大阪人だね。面白いことについては日本一だ。


 しかし、なんでそこに加代がわざわざ来なくてはいけないのか。

 そこんところがかっちりとかみ合わない。


 だから、なんでと、ポプ〇みたいな顔をしていると――前の方から坊主がやってきた。いやはやなんとも徳はなさそうだけれども、金はありそうな顔をした坊主だこと。


 差別的と言われようとなんと言われようと、俺は少しその坊主の態度が鼻について、面白くなさそうに顔を歪めた。


 まぁ、このご時世だ。

 寺は寺で大変そうだろう。

 俺はとりあえず、この寺の代表だろうその老僧に頭を下げた。


 じゃらりと音がする。

 数珠の音ではない。見ると手首に巻かれていましたよ。最新式のなんとかウォッチが。おまけに、ひとつウン十万円するようないいかんじのウォッチも。


 どう見ても、金持ッチですよ、この坊主。

 畜生、少しでもなんか憐れんじまった俺がバカみたいだ。俺の心の仏を返せフォックス。そんな感じで、俺はちょっとばかり渋い顔になった。


 そんな俺の顔のことなど露知らず。

 加代のことしか目に入っていないのだろう。

 これはこれはと爺さんが頭を下げる。


「今年もよくおこしになってくれました先生」


「のじゃのじゃ。まぁ、なんだかんだで、冬の大切なアルバイトなのじゃ。助かってるのじゃ」


「いえいえ、助かっているのはこちらですよ。先生が引き受けてくれなかったらと思うと、こちらも気が気でないといいますか」


 ほう。

 なにやらWIN-WIN。

 上手く行っている商売の匂いがするではないか。


 なんだ加代さん、いつもはなんだかんだでお手上げフォックス九回転。仕事を投げ出すこと矢の如しのくせして、この仕事は上手く行っているのか。


 はたして彼女の仕事が長続きする秘訣とは――。


 なんて思わず迫りたくなってしまう。


「のじゃ、それよりはよう支度をせんといかんのう。どれ、着替えてくるのじゃ」


「それまでに、私たちも舞台のセッティングをしておきます。今年もどうか、どうか穏便に事をお済ませください」


「のじゃのじゃ、分かっておるのじゃ」


 そして、途端に不穏になる会話。


 上手く行っているの、行っていないの。

 これはいったいどっちの方なの。

 どっちともとれるというか、どっちつかずというか、なんともちぐはぐな会話に心までも置いてきぼりにされる。


 はて、はたしてローカル今年の一文字と言ったが、これは本当にそんな微笑ましい地域交流イベントなのだろうか。実はそれにかこつけた、何か壮大な陰謀が渦巻く催しなのではないのだろうか。


 宗教法人にかかる税金はない。


 よもや、このイベントは宗教法人を通して行われる黒い金――ダークマネーを洗浄するマネーロンダリングではないのか。

 だかこそ、穏便にと全ての黒幕である坊主もまた言ったのではないのか。


 匂う、匂うぞ、事件の香りが。

 俺はそんな感じに加代と坊主への疑いの視線を向けながら、少し離れた場所へと移動した。いざとなったら、しれっと身内を警察に売るようなそんな気持ちで。

 犯罪、ダメ、絶対――。


「いや、マスコミの方がいいかな。ギャラくれるだろうし」


◇ ◇ ◇ ◇


「はい、という訳でね、今年のこの地区の漢字は――『老』でした。いやー、おばーちゃん、おじーちゃん、多くなってきたのじゃ」


 違いました。

 おもいっきり不謹慎なことをしているのかと思っていたら、全然違いました。

 くっそくだらない不謹慎なことをしていました。


 老人ばかりの地区。

 進む高齢者社会。

 都会に多くいる独居老人。


 そんな彼らを多く抱えるこの地区の今年の一文字が――明るい訳がない。


「去年は俺、おととしは呆。不穏な感じが続いて、加代ちゃんちょっと心配になったけれど、今年は穏便な感じでちょっとほっとしたのじゃ。のじゃのじゃ、楽しい老後を過ごしましょう。人生はこれからなのじゃ、信長の時代はもう終わったのじゃ。セカンドライフを力いっぱい謳歌してこそ人間なのじゃ」


 九尾が言うと重みが違いますね。

 軽いというか、責任感がないというか。


 うぅん。

 まぁ、けど、実際暗い漢字じゃなくてよかった。

 老後の老なら、まぁ、そう悪い話じゃ――。


「え、違う。老衰の老。今年だけで、市内のご長寿さんが三名おなくな」


 フォックス。

 やめよう、暗くなる話はやめよう。

 とほほ、どうしてこうなるフォックス。


 そらめでたい祭りだというのに、やってくる爺さん婆さんが真顔にもなるってもんだよ。


「儲けさせてもらっている恩返しに、何かひとつ面白いことでもと思って始めたこの企画も、高齢化の波には勝てないということか。加代さんには頑張って貰っていたが……これ以上縁起でもないことになる前にやめようかねぇ」


 高齢化の波とかそういうのじゃないよ。


 もっとこう、あれだ。

 いや――ないか、フォックス。


 ちくしょう、こればっかりはせちがらいのじゃー。

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