第662話 お茶屋さんで九尾なのじゃ

 阪内は意外と交通網が発達している。


 それこそ、主要な都市間はだいたい一時間もあれば行き来できるような距離だ。

 大阪を中心に、京都、神戸、奈良、和歌山、滋賀とそこそこの時間で行き来できる。これはやはり、大阪が国内でも有数の商業都市であり、その取り巻きの都市がベッドタウン――もちろん大阪内にも腐るほどあるが――という証拠だろう。


 という訳で。


 在阪の俺たちにとって京都は割と身近な場所。

 そんな場所に職場を求めるのは、別に間違った選択でもなんでもなかった。


「のじゃー、おいでやすー、ぶぶ漬け食べてきなはれーなのじゃー」


「京都成分ぶち壊しだなおい」


 突然の女中服加代さん。

 馬車〇みたいな格好なのに、まったくこれと言って情欲がそそられないのはどうしてか。無理もない、その絶壁のお胸ではお茶屋の娘は務まらない。


 そのツルペタスッテンドンでは、マニアックな需要しかない。

 おまけに三千歳。


 などと考えていると、こういうお話に付きものな、お盆アタックが頭に飛ぶ。

 いてて。


「のじゃ!! そんなじろじろ見ることはなかろう!! わらわとて、望んでこのような格好をしている訳じゃないのじゃ!!」


「えー。いつもお仕事ないのじゃー、世の中世知辛いのじゃー、つらいのじゃーって言っている加代さんが、好んで仕事をしていないっていうんですかー。そんな慢心許されるんですかー。お仕事を選ぶ権利なんて、すぐ九尾になっちゃう加代ちゃんにあるんですかー」


「あるのじゃ!! というか、今日ここに来た経緯はお主もしっておろう!! たわけ!!」


 なんか久しぶりにたわけとか言われた気がするなぁ。

 まぁ、ちょっと煽りすぎたな。


 いくらポンコツお九尾さまと言っても、お仕事を選ぶ権利くらいはあらぁな。


 さて、そんな彼女がどうしてまた今回、仕事も選ばずこんな大学生が持て余す若さと暇を消費するような仕事をしているかと言えば他でもない。


「おぉ!!」


「……言ってる傍から」


「……のじゃぁ、アイドルでもないのにすごい人気なのじゃ」


 えらいべっぴんな黒肌美人が、和服コスチュームに身を包んで接客してくれるお茶屋さんが京都にある。

 そんなトレンドがツイッターを席巻したからに他ならない。


 もちろん、その正体は言うまでもないだろう。


「お待たせしました、あんみつシロップマシマシみかん大盛味濃いめになります」


「お姉さん!! 視線!! 視線こっちくださーい!!」


「ずるいぞ!! そこは俺が場所取りしてただろう!! 割り込むな!!」


「ふっ、無粋な奴らよ。彼女の姿は古都京都の情景と共に撮影してこそ絵になるというもの。つまり――少し離れたこの位置から撮影するのがベストと見た!!」


「……あの、うちは連絡なしでの取材や撮影はお断りしておりますので。それと、他のお客様の迷惑にもなりますから、おかえり願いませんでしょうか」


「「「まぁまぁそう言わずに」」」


「……はぁ」


 アリエスちゃんである。

 シュラトと違って、こちらの世界にやって来て秒で世界になじんだ感のあるエルフ。アリエスちゃんである。


 彼女は今、コンビニエンスストアのバイトと掛け持ちして、ここ京都のお茶屋さん――というか老舗の飲食店で、着物を着てバイトをしていたのだ。


 加代と違ってボンキュッボン。

 エベレストもヒマラヤも備えた、見るとこ尽くしのアリエスちゃん。

 ダイナマイトボディに加えて、そのエキゾチックな肌の色と、それに反して流暢な言葉遣い――おそらく異世界転移の特典――の彼女は、瞬く間に話題になった。


 ツイッター、インスタ、ローカルニュース。

 いろんな所に取り上げられて、今やちょっとしたアイドル状態。


 どうしてこうなった、いや、もとからそういう素養はあったという感じで、彼女は茶屋娘に精を出していたのだった。


 もっとも――。


「客商売、苦手なんですけれど。なんでこう、私に人は寄って来るのでしょう」


 本人は別にありがたくもなんとも思っていなかったが。


 日増し疲れて帰ってくるアリエスちゃん。

 ちょっとこれはまずいんじゃないのかいという事になり、加代のいつもの転職スキルでスキーニング。

 異世界での保護者である俺と二人で、その様子を見に来たという訳である。


 うぅむ。

 まぁ、なんだ。


「のじゃぁ、これだけ毎日いろんな人の好奇の目にさらされれば、それは疲れるであろうなぁ」


「なぁ。俺もちょっと、これはどうかと思ってしまったよ」


「マスコミも大衆も、もうちょっと、話題の人が普通の人間であるということを考えて欲しいのじゃ」


「ましてアリエスちゃん、あんなふうに人に注目される感じの娘じゃないもんな」


 どちらかというと裏方タイプの女の子。

 非モテではないけれど、なんていうかこう、マニアックな――彼女のよさが分かっているのは俺だけなんだよね的な、そういう需要にマッチした女の子である。


 そんな彼女に、このクローズアップは、正直に言って酷だろう。


 大丈夫かなと心配して見に来て正解だった。

 たじろぐアリエスちゃんの姿に、俺と加代はこりゃなんとか俺たちがしてやらなくちゃいけないという、妙な義務感を感じたのだった。


「よし、カヨチャンチュウ、キュウビボルトでちょっとカメコを散らして来い」


「なんなのじゃキュウビボルトって。けどまぁ、ちょっと助け舟を出してきてやるのじゃ」


 おーい、アリエスちゃんと声をかける加代。

 同僚に呼ばれたなら動かない訳にはいかない。

 カメコたちを置いてきぼりに移動するアリエスちゃん。


 まぁ、今日はこんな感じで、彼女をサポートしてやらなくてはならないだろう。

 こればっかりはまぁ、仕方がないよね。


「おい!! 邪魔だよ!! 和服ダークエルフさんが見えないだろ!! この貧乳絶壁万里の長城女!!」


「えぐれおっぱい台盆女!! 撮影の邪魔だ!! 消えろ!!」


「のじゃのじゃ言ってるくせにロリジャナイとかどういう神経しているの!! お前それ、本当にライトノベルの主人公としてどうなの!! このラノベヒロインクビ九尾!!」


 あ、それ以上、言わないであげてください。

 本当の事でも言わないでください。

 傷つきます。


 のじゃぁと涙目でこちらを振り返る加代さん。


 うぅん――。

 今の俺はただの客、彼女になんの励ましの言葉も送ってやることはできない。

 すまない、本当にすまない、加代さん。


 帰ったら、いっぱい慰めてやるから(意味深)、今は耐えてくれ加代さん。

 その和服姿も、まぁ、世間的にはなしでも、俺的にはナシよりアリだよ。


 だから、頑張れ加代さん。

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