第214話 女学生とサラリーマンなんて――問答無用で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
ひょんなことから、副社長の孫娘とお見合いをすることになった桜。
強面の副社長の遺伝子が入っているとは思えない孫娘――葵ちゃんこと女学生の登場に、思わずはっと息を呑んでしまった桜。
そして、その後ろでは、ハンカチを口に咥え、鬼なのか狐なのか、とにかく恐ろしい形相で彼を睨む、女中に扮する加代の姿があったのだった。
「のじゃぁ、あんなデレデレした顔をして――」
「うわぁ、背中が視線で痛いナリィ」
「許さんのじゃぁ!! あとでお説教なのじゃぁ!!」
「絶対よからぬこと考えてんだろうな、あのオキツネ」
かくして、襖一つ隔てて、鬼火が飛び交う料亭の中。
桜と副社長の孫娘とのお見合いは始まったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、しかし、本日はお日柄もよく。なかなかの見合い日和という奴ですな」
「見合い日和、ですか?」
「ははは、ちょっとした冗談ですよ。雨が降ってても、風が吹いていても、貴方のような可憐なお嬢さんが前に居れば、俺はそう言うでしょうよ」
「――そんな」
ぽう、と、顔を赤らめて俯く葵ちゃん。
なんだろうか。
俺としてはこのお見合い――という名の会食の空気を和ませるつもりで言った冗談だったんだが。そんな字義通りに受け取るだなんて。
さっそく、助けて副社長、と、視線を送る。
しかし、最初に世間知らずだと言っただろうと、言わんばかりに、彼から返って来たのは俺を責めるような視線だった。
やれやれ、どうやらこのお見合い、ちょっと気を抜くとえらいことになるぞ。
もちろん冗談ですよ、なんてことは言えない。
何か話題を逸らせないかな、と、考えていると。
「あのぉ」
と、葵ちゃんの方から声をかけてきた。
「質問、させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん。なんなりと」
予想外である。
彼女の方から俺に質問をしてくるなんて。
まぁ、普通のお見合いならばそれもあるだろう。
だが、なんといっても、これは副社長が無理やりにセッティングした会食である。
本人にその気がなければ、別に終始無言でもそれはそれで構わないのだ。
なんだろう、もしかして。
彼女、俺に気があるのか。
だとしたら悪い気がしないな。
「のじゃぁっ!! 桜ぁっ!! 鼻の下が伸びておるのじゃぁっ!!」
質問より先に、同居人の厳しい浮気チェックの方が飛んできた。
いやはや、加代さんの嫉妬深さについては本当に、妖怪としてまごうことなき凄みがあるよね。いつぞや、外国のパブでとっちめられた時のことを思い出すよ。
そう、あの時は本当にひどい目にあった。
思い返しただけで胸やけがしてくるよ。
「あの、桜さん?」
「えぇ、あぁ、はい?」
「質問、聞いてらっしゃいましたか?」
いけない。
どうやらいろいろ考え事をしているうちに、彼女の言葉を右耳から左耳に流してしまっていたらしい。
これは失敬。
すみません、と、素直に謝りもう一度彼女に質問を問う。
印象が悪くなっただろうか。
少なくとも、副社長が、険しい顔をしてお茶を飲むのを前に、もう一度、葵さんは俺に質問を投げかけてくてた。
「ご趣味はなんでしょうか」
うむ。
直球なお見合いの質問内容である。
ここで出来る男ならば、博物館めぐり、城址めぐり、読書、写真、油絵、座禅、筋力トレーニングと、なんともそれらしい趣味が出てくるものだ。
しかし、あえて言おう。
俺はできない男であると。
さらにあえて言うなら、週三回のパチンコとスロットが趣味だ。
あと土日の競艇・競馬も。
うぅん、参った。
目の前の女学生に告げるにはヘビーすぎる真実だ。
絶対ドン引きされるぞこれ。
何か、他に何かいい趣味はないだろうか――と考えて、はたと俺は閃いた。
「ペットの世話ですかね」
「ペットですか?」
「えぇ。うちはアパートなんですけど、内緒で飼っているんですよ、一匹」
化け狐を。
そこは濁した、が、事実は事実だ。
ボクは嘘は言っていない。
「のじゃ!! お主に世話をされた覚えなど一度もないのじゃ!!」
「だから黙ってろというておろうに」
「だいたいペット扱いとはどういうことなのじゃ!!
「方便だよ方便。いちいち心の中に突っ込んでくるな」
流石は九尾の加代さん。
神通力なぞ持ち合わせているのだろう。
心の中で、そんな会話を繰り広げる。
そりゃお前、俺だって本気でそんなこと思ってねえよ。
そんなだったら、ベランダの外に出して寝させてるだろ。
てへへ。
と、まるでどこぞのピンクベストが似合う漫才師たちのようなやり取りをする。
この間、約五秒。
またしても気が散ってしまった。
さて、葵ちゃんの反応はどうだろうか、と、改めて視線を向ける。
すると、どうだろう。
ぱぁ、と、明るい顔をして、彼女は俺に眩いばかりの羨望の視線を向けていた。
どうやらこの選択肢は正解だったみたいだぞ。
「ペット!! いいですね!! 私も動物は大好きなんです!!」
「そ、そうなんですか」
「寮生活なんですが、寮母さんに許可をいただいて、みんなでプレーリードッグを飼っているんです!!」
「おぉ、そう言えばそうだったのう。前に写真を送って来た奴か」
もはや完全に好々爺と化した副社長。
いつぞやの会議の席のように、でかしたという感じの笑顔を見せると、俺にウィンクをかましてきた。
やめい。
五十を過ぎたおっさんのウィンクなんぞ見たくはないわ。
というか、そんな受けるとは思ってなかったぞ、この話題。思わぬ誤算だ。
「桜さんは何を飼われているんですか? 猫ですか? 犬ですか?」
「えっ、あぁ、どうなんだろう。猫なのかな、犬なのかな」
狐って、分類上はどっちに当たるんだろう。
ちょっと待って調べますから。
そう言って、スマートフォンでウィキペディアを調べる訳にもいかない。
悩んだ末、まぁ、犬ですかね、と、俺は適当に答えた。
犬じゃないのじゃ、と、また、頭の中に直接、加代の訴える声が響く。
知るか。
だから、こっちも適当に話をしてるだけなんだっての。
いちいちツッコんでくるな。
「まぁ、じゃぁ、一緒の趣味なんですね」
「えぇ? あぁ、そうなりますかね?」
「犬種はなんなんですか?」
「――そうですねぇ。あえて言うなら、雑種?」
誰が雑種なのじゃ。
と、また、加代が直接頭に語り掛けてくる。
だから、いちいちやめろと、振り返って睨んでやろうかとしたその時、ふっ、と、驚いた感じに葵ちゃんが口に手を当てているのに気がついた。
どうしてただろう、その顔には驚きが潜んでいるように見える。
驚くようなこと、俺、何か言っただろうか。
「雑種、ということは、もしかして、拾われたんですか?」
「――え? あぁ、まぁ、そうなりますかねぇ?」
拾ったといえば、拾ったことになるのかな。
確かに、そこかしこでクビになって、使い物にならないあいつを、拾ってやったという認識は間違いではないように思う。
ぎゃーすかと、相変わらず加代の奴はうるさく抗議してくるが。
さて、それがどうしたというのか。
「もしかしなくても、捨て犬なんですよね?」
「あぁ、社会的に捨てられてはいましたね」
「そんな犬をわざわざ拾うなんて――お優しいんですね」
「まぁ、見てて哀れだったというか、一方的に懐かれてしまって、どうしようもなくなってしまったというか」
なんなのじゃその言いぐさは。
まるで
と、もはや地の文レベルで俺の思考回路に直接訴えてくる加代。
実際、頼んでもないのに付きまとってるのは事実だろう。
そんな女二人のやり取りに辟易としていた所に――ふっと、目の前の葵ちゃんが、眼尻から透明の涙を流した。
え、なに。今のやり取りの中に、そんな泣き所なんてあったっけ?
全然思い当たる節がないんだけれど。
「優しいんですね、桜さん」
「えぇ、いや、それほどでもぉ」
「流石はお爺さまが、是非会わせたいとおっしゃるだけのことはあります」
どうしよう。
これ。
もしかして俺、彼女に気に入られてしまったのか。
疑問符が脳みその中を埋め尽くしそうになる中。
濡れた眼尻をハンカチで丁寧に拭いた葵ちゃん。
その頬には先ほどよりも落ち着いた色あいの、朱色がさしていた。
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