第192話 二階級特進!?で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
テレビ局の新スタジオ建設の仕事のコンペを任された桜。
旧知の仲であるライオンディレクターにスタジオ建設の全権が委任されている関係により、彼の手引きでとある企画番組の土木作業を手伝うのであった。
「どうしよう、八甲田くんは、海の近くは磯臭くってちょっとと、メールで言っているんだが」
「だからここに本気で住むつもりなのじゃ!?」
「ダメだ加代。こいつからはお前と同じ匂いを感じる――ボケの臭いを」
「のじゃぁっ!?」
◇ ◇ ◇ ◇
若手アイドルグループの番組は順調な滑り出しを見せた。
また、ナガト建設の協力により、建築物は滞りなく、そして絵面的にも申し分なく出来上がった。
いざ、完成という回には大きな反響がテレビ局の方へと入ったらしい。
加えて建築に携わったナガト建設にも、番組を見たという方々から称賛や新規案件の問い合わせの電話が殺到した。
思わぬ利益を生んだこの番組への協力だったが、問題はスタジオ建設のコンペである。今回の一件により、確実にナガト建設に対してのテレビ局の評価は上がっている。
この流れを利用して、受注まで至れるかどうか――。
「のじゃのじゃ。見積書、もう一回出すことになったのじゃ、桜よ?」
「ライオンディレクターからな、価格ちょい高め、あと設備マシマシでもう一回出して来いとさ。うまいこと、上層部を悩ませてくれてたみたいだよ」
「のじゃ、さすがディレクターさんなのじゃ」
「いいように使われた気がしてならないが。まぁ、これで決まりだろう」
かくして、例により竹下に手伝ってもらい、見積もり書を提出してから数日後。
ライオンディレクターから俺の携帯電話に連絡が入った。
「君の所で、と、上は納得したみたいだ。すぐに正式な話がそっちに回ると思う」
「あんた、ほんとたいしたもんだよ。政治家にでもなった方がいいんじゃないの?」
「何を言っとるのかね、桜くんよ。俺はね、いい映像といい番組、いい仕事をするのが好きなだけの、ただの道楽男さ」
「夜遊びは?」
「――アシスタントディレクターちゃんいるから、そろそろ切るね。んじゃ、頑張ってくれたまえよ、桜係長!!」
◇ ◇ ◇ ◇
テレビ局の新スタジオ建設についての受注が確定したその週、俺は役員会議に呼び出された。
まるでなんたら直樹のように、ずらりと並んだ役員たち。
正面に座っているのが社長、その隣を固めているのが副社長と専務取締役だ。
そこから、序列なぞ一切関係なく、左側に副社長派(主に設計・建築・土木部)に属する役員たち、右側に社長派(営業・会計・広報・人事部)の役員たちが並んでいた。
驚いたことに、宮野部長は副社長派の方に座っている。その一方、俺に一番近い末席に座っている白戸は、ちゃっかりと社長派の側だ。
彼は俺を見るなり、にやりと意味ありげに笑ってみせた。
まるで、よくやったと、俺がこの場にいることを喜んでいるように。
どういう反応をすればいいのか困る。俺はもしかして、この男に気に入られているのだろうか。それはまぁ、それで、狙ったことではあるのだが。
「桜特別係長。会長からの推薦で途中入社したそうだね」
まず声を上げたのは、社長ではなくその隣に座っている副社長だった。
いかにも現場から叩き上げで上り詰めてきたという感じの彼は、ほかの役員にはまずない鋭い眼光といかつい顔つきで、威圧するように俺を見てきた。
いろんなクライアントと仕事をしてきたこともあってか、この手の高圧的な人物を相手にしたことは何度か経験はある。だが、ちょっとこれは度を越えて、気難しそうな相手だぞ。
「はい」
俺はそれだけ言うと、恐縮するように肩を上げて立ち上がった。
ふむ、と、副社長が座ったまま視線を机へとむける。どうやら、俺の履歴書でも見ているらしい。
「前職は中小企業の派遣プログラマー。その交渉能力と類まれなる機知は、様々な現場を渡り歩いて得たものかね」
「まぁねぇ、仕事を選べるような技術者でもなかったんで」
「よい。職人に必要なのは、仕事を選ぶ能力ではなく、遂行する能力だ。不運にも君の会社は倒産してしまったようだけれども、君は職人として大切なものを、確かに学んで来たようだ」
ざわり、と、場が動揺した。
なにがそんなに不思議なのだろうか。新参者の俺にはさっぱりとわからん話だ。
一人社長だけがじっとこちらを見つめているのが印象的だった。
会長と同じで、どこか柔和な感じのある男だ。そして、建築業という泥臭さをその顔からは感じさせない。一方で、経営者としての器をしっかりと感じさせる面構えだ。
そこいらのIT企業の社長なんぞより、よっぽど信頼できる若手社長という感じか。
おそらくだが、この会社は、副社長の職人としての技量と、会長の人間的な魅力で興隆したのだろう。二人の顔を並べてみていると、そんな予想が頭をよぎった。
ふと、副社長の言葉を引き継ぐように、抑揚の聞いた通る声があたりに響く。
若社長であった。
「今回のテレビ局のスタジオ受注の件については見事だった。大型の案件であることもさることながら、その前準備として協力した番組で、ナガト建設の名前はよく売れた。今、営業部は第一・第二とも、ひっきりなしに電話対応に追われている」
「それはまた、ただの係長ごときがえらそうなことをしてしまいましたね」
「謙遜することはない。ふむ、白戸君もそうだが、才能というのは年齢に関係なく発揮されるもののようだ」
うむ、と、隣で社長と敵対しているはずの副社長がうなずく。
またしても場に妙なざわめきが流れる。
白戸さえも、そのざわめきに動揺し顔をしかめていた。
そんな社長の盟友に、そっと社長が視線を向ける。
「白戸くん。君は彼の役員への登用を申し出ていたね」
「――はい。近々、人事刷新で宮野第二営業部部長が、第一営業部へと戻られます」
「その後釜として、第二営業部を君に任せようと私は考えていた。そして、次長の席はそのままにするつもりだったのだが」
どきり、と、顔をこわばらせたのは、白戸の斜め前、少しばかり上座に座っている第二営業部次長だ。バーコードヘアーが、エアコンの風と震えによってそよいでいる。
そらまぁ、そういう反応になるだろう。お気の毒さまとしか言いようがない。
「私は彼を次長に推薦したいと考えています。彼には第二営業部の部長となった私の右腕として、存分に力をふるっていただきたい」
白戸は社長の揺るぎない視線に対して、同じく、真っ直ぐな視線で応えて、そう言い切ってみせた。
実に容赦がない。いくら実力と実績が本物だからって、一応の直属の上司に向かって、こうもあっさり謀叛を仕掛けるのだから。この男、きっと漫画やドラマなんかにされたら、きっつい顔になるんだろうなという感じである。
事実、いかにも切れ者エリート社員という顔には違いないが。
案外この男が、事件の鍵を握っているのではないだろうか。
そんな俺の思惑をよそに、いつの間にか社長と副社長の視線は俺の方へと向いていた。
「ということだが、どうだね桜くん」
どうだね、も、こうだね、も、ないだろう。そのために、俺は頑張ったのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃのじゃ。第二営業部次長内定おめでとうなのじゃ。大出世なのじゃ」
「んだよ加代、盗み聞きしてたのか」
「狐の耳は大きいのじゃ。そして、ダブルであるからその聴力は――二倍!!」
自信満々にそう言って、どうして加代はダークスーツに赤い眼鏡をかけて俺の前に立っていた。
今度はなんだろう。掃除のおばちゃんの様子ではないな。
庶務課も結局きつくてやめたと聞くし――というか、壊滅的にスーツが似合ってないな、この絶壁貧乳九尾さまは。
「のじゃ。今、
「いや全然そんなまったく」
事実をありのままに思っただけだ。
それが罪に問われるというのなら、この世はなんて生きづらいのだろう。まぁ、それはいい。
「どうしたんだよその格好は」
とりも隠さず、俺は、彼女にそのスーツ姿の意味を問うた。
脳みその造りが人間と違う狐娘に遠回しな質問などしても無用というもの。
すると嬉しそうにくふふと加代は口元を隠して笑った。
「次長さんともなれば、お給金もよく出るようになるのじゃろう」
「そらなぁ」
「だったら、
「誰がお前のような無能オキツネを秘書にするか。寝言は寝て言え」
「のじゃぁっ!!」
そんな冷たいこと言わないで欲しいのじゃぁ、と、追いすがる加代。
アホかお前。そんな家でも職場でも四六時中一緒だなんてお前、こっちの神経が擦り切れるっての。ただでさえ、頼んでもいないのに、俺の仕事場にやってくるくせに。
というか、次長レベルで秘書なぞ雇っていたら、周りからやっかみを言われるっての。
「のじゃぁっ、テレビドラマみたいに、オフィスラブし放題なのじゃぁ。次長駄目です、いいじゃないか加代くん、誰も見ていないよ――って、やりたくないのじゃ!?」
「やりたくないのじゃぁ」
「のじゃぁっ!!」
いや、まぁ、一回くらいなら、そういうのもありかもしれんが。
いやいや、落ち着け桜よ。お前、今はそういうことしている場合じゃないだろう。
せっかくいい感じに社長派に取り入ったんだ、浮かれる前にやるべきことがある。
「とにかく。秘書の件は無しだ。俺がもうちょっと出世したら考えてやるよ」
「のじゃぁ、残念なのじゃぁ。これで四六時中、一緒にいられると思ったのに」
「――おほん。というか、四六時中まとわりつかれると、こっちとしても迷惑なんだよ、今後のことを考えるとな」
「のじゃぁっ!? 桜よ、もしかして、
んなことは言っていないだろうが。
ただまぁ、できるビジネスマンには、できるビジネスマンの、お付き合い、という奴がある。
恋人や妻ってのは、そういうとき、どうしても邪魔になるものだからな。
潤んだ視線をこちらに向けて、物言わずに訴えかける加代を、はいはい、そういうんじゃないから、と、抱きしめながらあやす。さて、俺の感が確かであれば、そう遠くないうちに、そのお誘いは来ることになるだろう――。
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