第179話 特命係長で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
潮干狩りのアルバイトをしていた桜と加代ちゃん、そして磯野鰤男の三人は、岩場でシャコガイに手を挟まれて意識を失っていた男を助けた。
殺されるかもしれないと、不穏なことを言うその男に請われて、桜は相談にのることになったのだが――。
◇ ◇ ◇ ◇
久しぶりに袖を通すスーツは、ここ数か月の放蕩生活によりすっかりと体型が変わった俺に合わせて新調したものだった。
今回、再就職するにあたって加代の奴がプレゼントしてくれたものだ。
少ないアルバイト代から出してくれたのは実にありがたい。
「のじゃ、何事も始めが肝心なのじゃ!! ビシッと決めてくるのじゃ!!」
まるでヤンキー漫画の第一話に出てくるおかんあるいは姉とのやりとりである。
実際には母子どころか神と人ほどの年齢差がある俺と加代のそんなやり取りが、はたしてどれほどの需要があるのかは分からない。
だが、今回の就職に関しては、なみなみならぬ気合を入れなければいけないのは間違いのないことだった。
「えぇ、本日より、ここ営業二課で働いてもらうことになった、桜くんだ」
「桜です。よろしくお願いします」
ナガト建設、第二営業部。
そこが俺が今日から働くことになった、新しい職場であった。
いや――特命を受けてその内情をさぐることになった場所というのが正しいかもしれない。
二十階以上ある高層ビル、しかも地方都市の駅前からすぐの一等地にあるここ本社の第二営業部には、五十人を超すサラリーマンたちがひしめいている。
島は全部で六つ。俺の隣に立っている男、部長の席を壁際に、ずらりと六つの島がならんでいる。どうやら、部長席に近い島ほど花形らしく、顔つきにぴりぴりとしたちょっとした癖が感じられた。
島の中でも、部長側に近い席に座っているのは管理職なのだろう、こちらを見てはいるが、はやく仕事に戻りたそうに明らかに嫌な顔をしている。平社員たちはといえば、新しい仲間――というよりパシリが増えることを喜んでいるようだ。
一言でいえば最悪の職場である。
かれこれ、派遣業でいろんな職場を巡らされてきた俺の勘が告げている。ここは、一刻も早く仕事を終わらせてバイバイしないと、徹底的に食い物にされるケダモノたちの巣だと。
どうしてそうなったのか。また、そうされてしまったのか。
やれやれ厄介な仕事を引き受けてしまったものである。
「彼――あぁ、桜くんには、第二営業部の特別係長として活動してもらう」
部長の歯切れの悪い言葉に、ざわりと室内がざわめいた。
それまで、なんの関心も抱いていなかった管理職どもの眼の色も変わる。
平社員たちもだ。たぶん一番驚いていたのは、俺と同じ肩書――係長を務めている三十ちょっとのおっさんどもたちだろうが。
随分若い係長の登場に驚いている、というよりも、役職の前についた特別の言葉にひっかかっているという感じだ。
だろうね、俺もこの役職名はどうかと思ったよ。
「宮野部長、特別係長とはいったいどういう役職なのでしょうか?」
一番前の島に座っている、銀縁メガネの男がそう言った。
今時珍しくポマードを塗りたくって髪を後ろに流しているような奴だ。少し白髪が混じっているその姿が、彼がそれなりのやり手であることをうかがわせる。
名札を見れば、白戸課長兼次長補佐の文字。
その前に座って、あわあわと、なんだか彼の発言を危なっかし気に見ている、バーコードヘアーが実に似合ったおじさんの名札はここからは見れなかったが、おそらく彼がこの部の次長なのだろう。
そして、彼らの居る島が、この部内で一番発言力を持っている島、花形の課であるのは間違いなかった。
むぅ、と、難しい顔をする部長。
どうにもこうにも、部長も次長も揃ってだらしのない奴らばかりである。やれやれ、一日目からしゃかりきやるのは主義じゃないが、加代に言われてきた手前もある。
「言葉の通りさ。特別な仕事をするから、特別係長ってことだよ、白戸」
「――なんだ、お前、その口の利き方は?」
「おあいにく様。俺はアンタらとは違って、組織に長年尽くすっていうのをしてこなかった人間でね。人間関係なんてもんが仕事をする上で役に立つと、これっぽっちも信じちゃいない」
「ほう、実力主義者ということか」
「アンタができる上司ってんなら、こっちからさんでもさまでもつけてやるよ。それと、このやり取りで分かっただろう、特別係長はあんたら次長・課長なんかとも対等に話のできる立場だ――そういう権限を貰っている」
なぁ、と、俺はこの部内で唯一、自分に対して意見を言える立場の部長にそれを確認した。
う、うむ、と、額の汗をスーツの袖口で拭いながら言う部長。
また、ざわり、と、室内が騒然とした。
やれやれ、営業部ってのはべしゃりで食ってるだけあって、騒がしいもんだな。
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