第175話 無心でやっても九尾なのじゃ

 無人島生活の伝手はまだ続くらしい。

 ぼやっとしていた俺に、某番組を撮影していた番組を通して仕事のオファーが来た。


 映像の仕事なら持って来いなのだが、どうもそう単純な話ではないらしい。


「実はこの山のどこかに棲むという、現存最後のサバイバル仏師が、たまたま山を下りた時にあの番組を見たんだって」


「へぇ、そりゃまたすごいタイミングで」


「君ほどの業を背負った人間は見たことがないと感心していたよ。それで、もしよかったら弟子入りしてみないかって」


「もしよくないのでなかったことにしますねその話」


 まぁまぁそういうなよ、と、逃げようとした僕の首根っこをひっとらえたのはプロデューサーさん。この人、これで結構、自然の神秘とか、人類の叡智とか、その手の題材に弱いらしい。


「ぶっちゃけ、気になるんだよね、サバイバル仏師。木から斧で切り倒して作るらしいよ。サバイバルっていうか、ワイルドだよねもはや」


「そんな物騒なのと関わり合いになりたくないんですが」


「彼の技を盗めば、君でも仏の心が宿る、諸行無常な木像が彫れるようになれるかもしれないんだぜ」


 そう言われてもなぁ。

 美術の成績が壊滅的にダメだった俺である。

 今更、そんなすごい人の指導を受けたからと言って、いい塩梅に成長するとはとてもじゃないけれど思えない。


 というか、入る訳でしょう、そうなるとこの山の中を。

 ムリムリムリムリ。無茶を言わんでくれ。今、登山靴でもないっていうのに。


 目の前に広がるのは緑深き――ザ・山という感じの斜面である。

 流石に最後のサバイバル仏師というだけあって、人が入ってこなさそうな秘境に身を置いているらしい。だったら、わざわざミーハー心出さないで、俗世に関わらずに生きていればいいのにまったくもう。


「あ、もしかして、あそこに居るのは!!」


「え、まじ!? 出た!? サバイバル仏師!!」


「――残念、冬眠あけの熊でした。いやぁ、まいったね、こりゃ」


「――あっはっは、なにこの山、サバイバル感半端ない」


 逃げた。

 走って逃げた。


 太っているのにディレクターさん早いの。流石はライオン。いや、普通にドキュメンタリー番組で慣れてんのか。

 ちくしょう、絶対におとりにしてやろうと思ってたのに、うわぁ、これ、こっち来るんじゃねえよ。


◇ ◇ ◇ ◇


 そんなこんなで、仙人みたいな仏師を探してはや数時間、俺たちは森の奥深くにある、あばら小屋へと到着した。

 電気水道いっさい通っていない、昔の建物だ。しかし、妙な生活感がある。


「これはもしかすると、当りかもしれないね」


「こんな辺鄙な場所に籠らないと、自分を表現できないなんて、因果な話ですね」


「はい、桜くん、そういうひねたこと言わない。先生が拗ねて帰っちゃったら、どうするのさ」


 むしろそうして帰ってくれたらなぁ、と、思っている自分がいる。

 かび臭い畳の上に座り込み辺りを見渡せば、なるほど、ごろりと転がっている彫りかけの仏さまの姿がちらりほらりと目に入った。


 ここで一生懸命、いや、心を無心にして、彼は仏をこの世に掘り出しているのだろう。


「だがなぁ。うぅん」


「どうした桜くん。何か問題でもあるのかい?」


「いやなんというか、そろそろ、奴が邪魔しに来る頃だと思うんだよなぁ――」


 奴、とは、言うまでもない、加代のことである。

 ことごとく俺の就職活動にしゃしゃり出て来ては、訳の分からん強引な展開で潰して回るかの駄女狐。


 今回ばかりは日程が合わぬということで、仕事を見送った訳だけれども、それでもやって来る、何か仕掛けてくるのが加代さんである。

 実はごろり転がっている、仏像の顔が加代、なんてことも十分ありえる。

 どれ一つ、と、それに手を伸ばしたその時だ。


「おい!! 人の者に何勝手に触ってるんだ!!」


 振り返ると、13日の金曜日よろしく、ホッケーマスクをつけた男が、家の入口に立っていた。こほーこほーと吐き出す白い息が、なんともそれっぽい。

 いま、夏だっていうのに。


「もしかして、貴方が噂の、サバイバル仏師!!」


「うるさい!! お前も仏さまにしてやろうか!!」


 ぐわぁんと唸るチェンソーの音。

 あかん、これは、あかん奴や。そして、仏さまってまた直接的な表現、それでいいのかと頭が痛くなる。


 とにかく逃げよう、俺はまた熊から逃げるように、ディレクターと共に山を駆け下り始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 どうやら、ジェイソンは現代機器の力――主にグー○ルアースとグー○ルマップの――で、うまいこと撒くことができたらしい。

 いやはや、熊にあったり、ジェイソンにあったり、今日はなんとも最悪の日である。

 猟銃免許でも取ろうかしらと本気で考えてしまう。


 と、その時、林の中から、ジェイソンによってずたぼろにされた、ディレクターさんが出てきた。


「ひどいよ、桜くん、僕をおとりに逃げ出すなんて」


「まぁ、曲がりなりにも木の中に仏さまを掘り出そうとしている人が、安易な作り方に走ることはないでしょう。というか、企画を立てたのはあんたな訳だし」


「そうだけどさぁ」


 ぼろぼろの服装を見る感じ、どうやら交渉は決裂したらしい。

 まったく、呼んでおいてあんまりな幕切れである。まぁ、頼まれてもそんな木をちまちまと彫るような仕事なんて、俺はやりたいとは思わないけれど。


 と、思っていると、今度は見知った顔が、山の下の方からバイクに乗ってやってきた。


「のじゃのじゃ。桜、監督さん、元気にやってるのじゃ」


「――なんだよ加代。お前、撮影には間に合わないんじゃなかったのか!?」


「用事が早く済んだので遊びに来たのじゃ、どうかえ、サバイバル仏師には会えたかえ?」


 会うには会えたが、ちょっと期待したような相手ではなかったな、と、つい口をつぐんでしまう男二人。

 素晴らしい作品を作る人間が、素晴らしい人間であるという確証も必要性も、はたしてどこにもないわけだが、この幕切れには少々ショックを覚えてしまった。


 いやはやなんとも業の深い話である――。


「のじゃのじゃ看板も出ておったし、気さくな方かと思ったが、気難しいいところがあったのか。まぁ、それは仕方ないのう。人間だれしも、そういう部分はあるからの」


「――看板?」


「サバイバル仏師教室の看板が、ここに来るまでに立っていたのじゃ。気づかなかったのかえ?」


 覚えに無い。

 というか、こちとらどこに居るのかもわからず、道なき道を歩いてたどりついたのだから仕方ない。そもそもそんな看板が出ているような場所にあるなんて思いもしなかったし、教室なんて開いているとも知らなかったのだ。

 それもこれも、サバイバルなんて物騒な名前がついているからだろう。あぁ、やだやだ、先入観って怖くって。


 待てよ。

 だとして、俺たちがたどり着いたのは、いったいなんだったのか。

 あの、彫られた仏像たちが無造作に置かれ山小屋はいったいどういう場所だったのか――。


 その時、ぞわりと背中に冷たいものが走った。


 顔を見合わせればディレクターも似たような顔をしている。

 いやはや、興味本位で、こういうことはするもんじゃないね。


◇ ◇ ◇ ◇


「そうそう、いい感じ、加代さん、なんだか全然素人って感じがしないね。これなら、プロでも通用しちゃいそうだよ」


「のじゃのじゃ。まぁ、こけし作りもわらわの内職だった時期があったからのう。これくらいのことはほれ、朝飯前という奴なのじゃ」


 実際、看板を頼りにたどり着いた、サバイバル仏師教室は、アットホームでサバイバルさの微塵も感じさせない、親切さにあふれた教室であった。


 いよいよ、頭の中で深まってくる、あの謎の山での謎の人物との遭遇。

 果たして彼はあんな人気のないところで、いったい何をしていたというのだろうか。

 やましいことでなければいいのだが、そんなことを思わずにいられないのは俺だけだろうか。


「プロデューサーさんも、桜さんも、あれですね、なんか、変な業を背負っちゃってる感じですね。仏像に何か良くないものが入り込んでますよ」


「いやもう、ちょっと、今、そういう余裕がないので、勘弁していただけますか」


「同じく」


 まぁ、よくないものであること間違いのない、加代を指していい仕事をしているなどというのだ。あまりあてにはならないだろう。


 ふと、山の方から、変な音――チェーンソーと叫び声が混じったような――が聞こえた気がしたが、俺とプロデューサはあえてそれを無視したのだった。

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