第119話 家族のためにで九尾なのじゃ

「おぉい、スクナにミケやん。沖で活きのいい鯛がつれたぞぉ。今夜は宴会じゃぁ」


 キャバクラがどうとか、竜宮城がどうとか言っている俺たちの背後に、ふと、人影が現れた。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大男。まさしく、海の男という感じのそいつは、半裸でかつひげをもっさりと生やしたおっさんである。ザ・南国、漁師って感じだ。


「スッさん。今、来客中なんだ、後にしてくれる」

「おぉっ!! なんじゃなんじゃ、外から人が来たのか!! 珍しいのう!!」

「しかも日本からだぜ。珍しいこともあったもんだよな」

「ほうほう、日本から。そいつはよく来たな」


 妙になれなれしいというか、親分肌のその男は、後にしてくれなんていう言葉をさらりと無視して、オレたちの横へと座り込んだ。

 強面で、怒らせるといかにも怖そうな彼は、じろり、と、俺と部長を値踏ねぶみするような目で見る。すかさず、美青年が彼の名前を呼んでたしなめた。


 がはは、と、笑ってのけぞる大男。


「いやいやすまんすまん。昔、娘と大事にしていた道具を、来訪者らいほうしゃに持ち逃げされたことがあってな。それ以来、どうしても人を値踏ねぶみしてしまう」

「そうなの? オオクニヌシの奴は、ちゃんともらったって言ってたぜ?」

「そりゃお前、可愛い可愛い娘よ、ちゃんと祝福してやりたいのが親心ってもんでしょうよ。わかんないかな、そこんところ。君ら独身貴族には」

「わかりますわかります。せめて娘の結婚式くらいは、盛大にあげてあげたいですよね」


 話にのっかったのは部長だ。

 この人、流石に部長なんてポストについているだけあって、人懐ひとなつっこいというか、ふところに入り込むのが上手いな。


 わかる、わかっちゃうかね、君、と、スッさんと呼ばれた男が、うれしそうな顔で部長へとすり寄る。


「いやぁ、私もですね、近々娘の結婚式をひかえてましてね。そんな中で、勤めてた会社が潰れちゃった訳なんですよ」

「ほぉう、そりゃおめぇ、たいへんだなぁ」

「退職金もろくにでなくってねぇ。で、どうにかまぐろ漁船に潜り込んで、がっつり稼いで娘の結婚資金にと思ってたんですがねぇ――」


 そういう経緯けいいがあったのか。

 部長も部長で大変なんだなぁ。そんな苦労なぞ、微塵みじんもないような人だと思ってたのにさ。


 むぅ、潰れたと聞いた時にはざまぁと思った俺だが、そういう話をされると、少し複雑な気分になって来る。


「ちなみに、保険金は幾らかけてんだ?」

「三千万ですね」

「そしたらお前よう、ここに残って死んだことにしちまえよ。そうしたら、家族に金は入るし、お前はこっちでバカンスだし、ちょうどいいだろ」


 いや、いやいや。

 待て待てこのおっさん、いきなり何を言い出すんだ。


 何がここに残ってだよ。生きてるんじゃ、死んだことにはならないだろう。

 そう言いかけて、俺はふと、さきほどの言葉を思い出した。


 ここは常世の国。

 俺たちが住まう世界から隔絶された島。

 そんな島にいる人間を、はたして外の人間は見つけることができるだろうか。


「ちょうどうちのキャバのボーイが足りてなかったんだ。ここで暮らしてくのに十分な給料くらいは払うし、よかったらどうよ」

「えっ、えっ、本当ですか? もしかして職権乱用して、客がいないときはキャバの女の子と飲んだりしても?」

「オッケーオッケー。というかワシも飲んでるしね。いやぁ、そこの二人がてんでそういうのダメでさぁ。気の合う相手が欲しかったのよ、ワシも」


 ちなみに酒は行ける口、と、スッさんがたずねる。

 オフコースと、宴会部長のあだ名で知られた彼が返せば、そうこなくっちゃとスッさんは手を叩いた。


 どうやら、部長の再就職先が決まったらしい。

 いや、しかし。それで本当にいいのだろうか。


 ダメだよな。常識的に考えて、こんなの。


「部長。娘さんが結婚されるんでしょう。なのにそんな、死んだことにするだなんて、間違ってますよ。ちゃんと帰りましょうよ、日本に」

「――桜くん、そう言ってくれるのは嬉しいがね。僕はもとより、まぐろ漁船に乗った時から、覚悟はしていたんだよ」

「覚悟って」

「こんななまっちろい腕でさ、網なんて引けると思うかい? ブラック企業に勤めてたって言っても、所詮しょせんはデスクワークさ。せめて綺麗な場所でと思って、君に手を振るふりをして飛び込んだんだけどね――」


 それじゃあ、あんた。

 あの船から落ちたのは、全部、自作自演だったというのか。


 なんだよそれ。

 心配して俺はあんたを追っかけて、こんなところまで来たんだぞ。

 加代の奴を泣かせたんだぞ。


 ふざけんなよ。


 俺はとっさに立ち上がって部長へと距離をめると、彼の襟元えりもとをつかみ上げた。

 どうするか、なんて考えてはいない。

 ただ、こうしないと、気持ちがおさまらなかったのだ。


「――てめぇ、勝手なことばっかり言いやがって」

「すまないね。君にはいつも、迷惑ばかりかける」

「迷惑だって!! そんな言葉で片付くことかよ、これが!!」

「君が僕のことを追って、ここまで来たのは、本当に申し訳ないと思っている。けれども、僕はもうあっちの世界には戻らないと決めた」


 ここに骨を埋めることにするよ。

 そう言って、彼は力なく――俺が失敗したときや、俺が仕事で成果をあげた時に、よく見せてくれた表情をしてみせたのだった。


 殴れない。

 殴れるものか。


 クビになり、見捨てられ、私生活まですべてしぼり取られて。

 それでも俺が会社に尽くしてきたのは、なんのかんのであの会社のことが好きだったからだ。この部長のことも、尊敬していたし、仲間だと思っていた。

 裏切られたからって、会社がなくなったからって、割り切れるものか。


 けど、その決断を、止めることだって、できるものではない。


「――部長。俺は、あんたのことを尊敬してましたよ。多少頼りなくっても、それでも、みんなのことを気遣きづってくれるあんたのことを、自分なりに支えようと思っていました」

「桜くん。それが会社の中で生き残るための処世術しょせいじゅつという奴だよ。本当の僕は、こうして、娘のためならば命だって捨てる、そんな山っ気やまっけかたまりみたいな男なのさ」

「決めたんですね」

「もちろん」


 君は戻るといい、大切な人の待っている場所へ。

 そう言って、彼は僕の肩を二度、軽く叩いた。

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