第111話 ニート島奇譚で九尾なのじゃ

「マーシャル諸島に行くんじゃなかったのかよ」


 飛行機に乗って飛ぶこと数時間。

 俺たちは東南アジアを外れて、オセアニアの島国へと降り立っていた。てっきりとマーシャル諸島に行くのだと思っていたのだが、降りた空港に書いてあった英字を見て驚いた。


 どう呼んでもマーシャルとは読めない。

 NとMでは残念ながら棒が一本足りない。そんなことは小学生でも分かる。


「な、な、なむ、ナムル?」

「韓国料理になっとるがな」

「ナウルですね。どうしてもディレクターさんがここに寄りたいというので、急遽きゅうきょよることになりました」


 またいらんことを言うたのかライオンディレクター。

 後ろを振り返れば、カメラマンの横に並んでがっはっはと彼が嬉しそうに笑っていた。こりゃまたろくでもないことになるぞ。


「いやいや、なんだい桜くんその顔は」

「今度は何だ、何を仕込んでるんだ。お前、流石に俺の親とか連れてきたら、ぶっ飛ばすからな」

「んな訳ないだろう。俺は今日はね、真面目まじめな映像を撮りたくてここによったのよ。バラエティ作品ばっかり撮ってる訳じゃないんだから、俺も」

「いや、本当にディレクターさんはこれで結構有名なドキュメンタリー監督なんですよ。国内でいろいろと賞も頂いてますし」

「今回ここでった映像でね、エミー賞のドキュメンタリー部門狙ってるのよ」


 そうなのか。

 いや、それならそれで、このロケの途中でよらずに、じっくり撮ればいいじゃないのよ。というか、俺が鉱山こうざんで働いてるときに、いくらでも時間あっただろう。


 そもそも、この国――ナウルだっけに、そんな撮るようなものがあるのだろうか。

 見渡した周りの風景は、どこにでもありそうな南国のそれだ。


 違うところといえば、海岸線が妙にごつごつとした岩で埋まっているくらいだろう。あれではちょっと景色も台無しだなぁ――。


「まぁ、観光地じゃないんだよね、ここ。なんていうんだろう、ホント真面目な話になっちゃうんだけど、いいかね?」

「いいよ別に。アンタの話なんて最初からこっち真面目に聞いてないんだし」

「厳しいなぁおい」


 ライオンディレクターは、そのふっさふっさのたてがみみたいな頭をいて苦笑いをしてみせた。

 仕方ないだろ、普段の行いが、行いなんだから。


「まぁあれだね、ここナウルは今流行のベーシックインカムの走りみたいな国でね。リンの輸出によって莫大ばくだい国家予算こっかよさんを持つ国が、全国民に年齢制限なく年金を給付していた――という、歴史を持っている国なんだ」


 年齢制限なく年金を。

 言っている意味がまったく分からない。


 どういうことだ。

 年金と言うのはこつこつと、四十年間払い続けてようやくもらえるようなものじゃないのか。しかも、こっち日本は既に制度が崩壊ほうかいしかけていて、今の若者が老人になった頃にはどうなっているかもわからん、そういうものではないのか。


 加代と顔を見合わせる。

 同じく日本社会で永らく生活してきた彼女も、あっけにとられた顔をしていた。

 そりゃそうだろう。


「のじゃ、なんだか狐につままれた気分なのじゃ」

「お前が狐だろうが、なに言ってんだ。気持ちは分かるけれどもさ」


「まぁそれだけ当時はリンが貴重品きちょうひんだったってことだね。けど、年々その産出量さんしゅつりょうは低下していってね、21世紀を前にして枯渇こかつしたんだ。で、今は他国からの援助でなんとか成り立っているっていう感じさ」

「働かざるものなんとやらって奴だな」

「のじゃ、次を見据みすえて手広くやっておかんから、こういうことになる。いつなんどき、今の仕事で食べられなくなるか分からん時代なのじゃ。労働者も国もリスクヘッジに、色々とチャレンジしておくのは大切なのじゃ」


 お前がいうと妙な説得力のある話だなと、俺はのじゃ子を見る。

 ふふんと鼻を鳴らして尻尾を揺らしたお狐様は、なぜかドヤ顔をしていた。


 まぁ、こいつがクビになるのは、妖怪ゆえの価値観の違いによるところなんだけれども。普通にやってたらそんなポンポンクビにならんてえの。


「とすると、もう、その年金は?」

「とっくの昔に破綻してるよ。けどね、楽園時代が長すぎた。労働という概念を忘れてしまったこの国の人々は、ろくに働きもせず、毎日ぶらぶら――国民の90%がニートという状況なのさ」


 国民の90%がニート。

 なんてパワーのある言葉なのだろう。


 もしそれで国が成り立つのであればまさしくそれはユートピアであろうが、破綻はたんしている状況ではディストピア以外のなにものでもない。

 ――どうしてこうなった。


「という訳でね、そんなベーシックインカムの未来を垣間見かいまみる、この国を撮りたいと、ずっと前から思ってたわけよ」

「ほんとに真面目まじめな理由だったんだな」

「そらそうよ。こういう面白いコメディ番組もいいけどさ、たまには真面目まじめなのやらんと、それはそれで息がつまるじゃない」


 人生ってのは真面目まじめなのとふざけたのと、そういうコントラストがあるから面白いんじゃないか、と、ライオンディレクター。

 奇抜きばつな格好をしている奴は、発想まで奇抜きばつなのだろうかね。


 しかし、ねぇ。


「国民の90%がニートということは、泊まる所とか大丈夫なのかよ」

「レストランとかもなさそうで心配なのじゃ」

「怖い。人が働いていないということが、ここまで怖いことだなんて」

「のじゃぁ。やっぱり労働は大切なのじゃぁ」


 はっ、と、ここで加代が何かをひらめいた顔をする。


「加代さん、もしかしてここに移住すれば、なんでもできるスーパーヒーロー、国家的な英雄になれるかもしれないのじゃ」


 割とマジな顔をして俺にそういったアホ狐。

 仕事をクビになり続け、流れ流れてたどり着いたのが、南国のニート島とはなんとも哀れ。発想が悲しすぎて、ツッコム気にもなれなかった。


 そうね、加代さんでも、この国なら大事に扱ってくれるかもしれんね。


「それだけではないのじゃ。もしかすると、その人気にあやかって議員さん、大統領になれるかもなのじゃ。のじゃ、のじゃふふふ」

「既に傾いているこの国を、いったいどこまで傾けたいんだよお前は」

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