小町音衣
追憶――其ノ一
私は多分、謎の男の正体を知っています。それは誰もが羨ましがる甘酸っぱい記憶でもあり、誰もが同情するほろ苦い記憶でもあるのです。
私には彼を止める義務がありますす。なぜなら、それをできるのは私だけだからです。私なら彼をきっと良い方向に導けるでしょう。
今、この時代を生きている人たちの中で彼を最もよく知っているのは私だと言う自負があります。
長い間、彼とは会話もしてませんし、そもそも会ってもいません。一緒に過ごしたのも数年という短い間だけです。それでも、私は確かに彼を知り尽くしているのです。それはしっかりとした経験に裏打ちされた紛れもない事実です。
ここで、誤解されてはいけないので一つだけ釈明しておきます。彼は全く悪い人ではありません。少なくとも私が見る限りではそうなのです。
でも、皆さんには彼がものすごく危険な存在に映ったかもしれません。それは仕方のない事です。だから、私が何とかしなくてはいけません。彼も、皆さんも、そして幼馴染三人も、私が必ず救って見せます。
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私が彼に出会ったのは小学校一年生の頃でした。
新宮村は人口数百人ほどの小さな村です。年々、過疎化が進み人口は減る一方でした。子供の数は特に減少傾向にあり、私が小学生の頃には十五歳以下の子供の数が三十人ほどしかいませんでした。
小学校一年生の春、私は夢膨らませながら村唯一の学校の門を叩きました。そこは村の子供たちみんなが通う全校生徒二十人ほどの小さな学校でした。クラスは小学生クラスと中学生クラスの二つに分かれていて、それぞれ一人の先生が学年を跨いで学問を教えられていました。
私はその学校で三年間の月日を過ごしました。先生は優しく、先輩方は個性あふれる面白い方々だったので、それはとても楽しい日々でした。
そんな充実した記憶の中でも、特に鮮明に染みついている思い出は、入学して最初の点呼の時間です。先生は生徒の名前を一人ずつ呼んでいきました。学年が上の先輩方から順に返事をしていき、遂に私の番まで回ってきたのです。
「小町音衣さん」
「はいっ」
私は上級生に負けてはいけないと思い、清々しく、そして可憐に返事をしました。そうしたつもりでした。しかし、少し力が入り過ぎていたのでしょう。声は盛大に裏返り、その場を大きくどよめかせてしまいました。好奇心旺盛な悪ガキたちは私の真似をして茶化しました。子供は目の前の出来事に従順な生き物です。そうなるのも無理はありません。だから私が大人になって、何も気にせず見守ってあげればよかったのです。しかし、当時の私にはそんな余裕など一切無く、とても恥ずかしくなって顔を赤らめ、それを見られたくないあまりに、机に伏せて必死にそれを隠しました。子供の私に大人の対応などできるはずもなかったのです。
「
先生がある男の子の名前を呼びました。それは私と同学年であるただ一人の生徒でした。村の中に私と同じ歳の子供が一人だけいることは噂に聞いていました。でも実際に会うのはその時が初めてでした。
「はい」
その時、私は泣きました。なぜなら、彼もまた私の真似をしてわざと裏返った声を出したのです。自分の中ではそこまで悲しくなったつもりは無かったのですが、自然と涙がこぼれていました。
それが彼と私の最初の出会いでした。ファーストコンタクトで泣かされたのですからそれは最悪な出会いに他なりません。
彼は私を泣かせてしまったせいでクラスに馴染めずにいました。その学校は女の子の勢力が強かったので、私の味方に付いた女の子たち、つまり学校中の女の子たち全員に嫌われてしまったのが運の尽きだったのでしょう。「いじめの権化」「クズの塊」「女子の敵」とその言われようはひどいものでした。
なので私は少し罪悪感を覚えました。私が泣いてしまったばっかりに彼はそれからの長い学生生活を棒に振ってしまったのです。しかし、どんな極悪人でも仲良く楽しくできるのが一番いいはずなのです。
だから、私は勇気を振り絞って彼に話しかけてみました。しかし、彼は何も返してくれませんでした。きっと、気まずく思っているのでしょう。そう考えた私は何度もコミュニケーションを試みました。そして何度も無視されました。
いくら話しかけても応じてくれない事にくじけそうになっていたある日の帰り道の事です。
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