五日目――其ノ三

 俺は村中を走り回った。少しだけ赤くなった稲穂を風が揺らしてた。

 何か今回の不安は普段のとは違う気がする。いつもと同じように取り越し苦労で終わってくれたらいいんだけど、そうもいきそうじゃないざわつきを感じる。妻が亡くなった時みたいな嫌な感じ。

 叫びながら走ってると向かい側から、腰の大きく曲がった老婆が杖に身を任せながら、よろよろと歩いてきた。頭には水玉模様のバンダナを巻いてた。

「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが」

そしたらその人はゆっくりこっちを見上げながら、何も言わず大きく頷いた。

「あの、これくらいの大きさの女の子見かけませんでした? 髪は後ろで縛ってて、ピンクの服を着てます。首には金属のネックレスをつけてるんですけど」

俺は手を腰のあたりで地面と水平に振り、大きさを示した。

「ヴンァ、な~んだって~」

体と声は揺れてた。

「小さい女の子見かけませんでした?」

今度は強くはっきりした物言いでそう告げる。

「ヴンァ、びぃ~てないねぇ~」

老婆のひどくかすれた返答を聞いて少し肩を落とした。

 俺は礼を言いすぐにその場を立ち去った。

 乃愛ならどこに居そうかいろいろ考えた。「隠れるのが好きだから物陰かな」とか「鳥が好きだから木のある場所かな」とか。だから目につくそういう場所は、片っ端から探して回った。でも全然見つからない。

 正直、どうしたらいいか分からなかった。焦りばっかが強くなってくる。そんなマイナス思考に陥ってた時、不意に遠くから幼子の声が聞こえてきた。

「パパ~」

俺は安堵して足を止めた。よかった。嫌な予感が的中しなくて。そう思ってそっちに顔を向けたら失望した。視線の先には仲睦まじい人間の親子がいた。その光景は数時間前の俺たちみたいだったから、それは容易に俺の焦燥感を増長させた。

 数秒間くらい立ち尽くしてた。感情のギャップについてけなかった。でもまたすぐに走り出した。

 俺はコテージに向かった。「もしかしたら乃愛が帰ってるかもしれない」とか言う期待をしてたわけじゃ無くて、みんなに助けを求めたかった。彼女のためにできることは何でもしたかったし、それに自分一人でできることには限界があることも知ってたから、そうする他ないと判断した。

 コテージの年輪が浮き出てる木のドアを荒々しく引っ張った。理性を無くした獣のように慌ただしく靴を脱ぎ中へと駆け込む。太い木目のフローリングに足を滑らせながら廊下を抜けて共同スペースに滑り込んだ。

「びっくりした。一? どうしたの? そんなに慌てて」

華ちゃんが驚いたようにそう言った。

 俺は息もつかずに立ち上がった。そこには華ちゃんの他に静ちゃんもいた。

「二人に……はぁはぁ……協力して欲しいんだけど」

言葉を抑え込もうとする乱れた呼吸をなんとか抑えて切り出した。

「何があったの?」

「はぁはぁ……乃愛が……乃愛」

俺の声は、声というより息だった。

「落ち着いて一。乃愛ちゃんがどうしたの?」

静ちゃんが水を運んできてくれたから、それを一口含んだ。

「それどころじゃないんだ。乃愛が……乃愛が……いなくなったんだ。それでいろいろ探したんだけど見つからなくて。だから一緒に探して欲しい」

不甲斐無い思いを噛みしめながら俺は深々と頭を下げた。

 そしたら彼女たちは

「乃愛ちゃんいなくなったの? どこで?」

「早く探した方がいいわよ。でないと日が暮れてしまうわ」

って、そうすることがさも当たり前みたいに準備しながら言ってくれたから、すごい申し訳ないと言うかありがたいなって思わされた。

「しずちゃん、頭にほこりついてるよ」

「ごめん、はるちゃん。ありがと」

会話を聞いてると二人はいつも以上に仲がいいように見えた。もちろん、普段から仲はいいんだろうけど、ここ最近ではあまり見ない感じというか、あの頃、つまり子供の頃に戻ったみたいな感じがした。だから胸が自然に熱くなったし、「これなら乃愛も見つかる。」って言う根拠のない自信が込み上げてきた。

 三人で村中を探し回った。みんな声を張り上げて乃愛の名前を呼んだ。出会った人には情報提供と捜索の手伝いを申し込んだ。話は村の警察や村長さんにも伝わって、いつの間にか捜索活動は大規模なものになってた。最初は一本だった人という糸がそのうちたくさん集まって、乃愛を捕らえるための大きな網を形成した。だから、落ち着きの無かった俺の心は少しずつ平静に戻って行った。

 俺は再び元いた畑に向かった。

 あぜ道は凄いごつごつしてて足に強い衝撃を与えた。道には車が走ったせいで車輪の後がくっきりとついてた。ざくざくと不揃いな石を蹴り出しながらそこを進んだ。

 前方から月影さんの甥っ子さんが歩いてきた。真っ白な浄衣の裾には畑の泥がついてた。

「すみません。乃愛見ませんでした? さっき一緒にいた、ちっこいやつなんですけど」

彼は一瞬立ち止まってうつむき加減で、長髪の隙間からこっちを一瞥したんだけど、結局何も言わず一礼だけして通り過ぎた。凄い不愛想だなと思ったけど、月影さんが彼は人見知りだって言ってたから仕方ないのかもしれない。

 畑に着くとそこでは火が燃えてた。その火は荒々しさのピークを過ぎて、鎮火へと向かう途中だった。火の量より煙の量の方が目立ってて、鼻を突くような臭いが立ち込めてる。

多分、最後のゴミ山が燃やされたんだろう。俺は煙を手で払いながら畑に入った。濛々と吹き出す煙は空高く昇って行く。

 俺はその中で必死に乃愛を探したけど、結局姿は見当たらなかった。

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