四日目――其ノ一
「私、もう一度連絡してみる」
「分かった。じゃあ頼む」
周囲の感情が慌ただしい。時刻は午後十時五十六分。一日もようやく終末へと差し掛かった時間帯だ。私は文字の浮かび上がったガラスを指で押し、彼女に電話をかけた。シンプルな呼び出し音が聞こえてくる。それが数回コールされた後、録音された音声が機械的に流れ出した。
「やっぱり、出ない。どうしたんだろう? 迷子かな?」
「それは無いと思う。ここは彼女にとって仮にも出身地。迷うなんて考えられないわ。」
私は電話を切り、彼女にメッセージを送った。
「この時間まで帰ってこなくて、連絡も無し。やっぱり心配だな」一がそう吐露する。
「私、ちょっと探してくるよ」
「探すって? どこにいるかも分からないのにどうやって探すの?」
「それは……」
「それに華ちゃん、この辺りの地形に詳しくないでしょ。むやみに探すのはかえって危険だよ」
彼の正論に何も返す言葉が無かった。
今、私たちが何を憂慮しているかというと、音衣が出かけたまま帰ってこないことだ。午後一時頃、彼女は村にいる知り合いに顔を見せに行くということでコテージを後にした。夕食までには戻るという事だったのだが、ついにこの時間まで帰すことは無かった。私たちは彼女に何度もメッセージを送った。しかし、返信が来るどころかそれを読んだ形跡すら無かった。
「本当に、どこにいるんだろう?」
「友達の家に泊まってるとか」
「それならいいんだけど。でも返信が無いっていうのが不自然だよね。もしも何かに巻き込まれてたらどうしよう」
「ああ見えて音衣はしっかりしてるから。俺たちにできるのは、あいつを信じて待っていることだけだと思うよ」
「でも、ここにただ座っているだけってのもどうかと思う。待つこと以外に、何か私たちにできること無いかな?」
「何かって言われてもなぁ。誰か頼れる人がいれば別だけど」
一の言う通り、私たちには、何もしてあげることができないのかもしれない。それでも私には、黙って帰りを待つというもどかしい状況に耐えることはできなかった。とにかく何か行動を起こしたかった。
「私、やっぱり近くを探してくる」
そう言って私は立ち上がり、部屋のドアノブに手をかけた。するとすぐさま静子が私の手を掴んだ。
「待って。あの管理人に協力を煽るのはどうかしら。私たちだけで探すよりもそっちの方がはるかに効率的だと思うんだけど」
「管理人?」
「そう。あの人ならこの辺りのことにも詳しいでしょうし、それに私たちが今頼れる人っていえば彼くらいしかいないでしょ」
強く握られていた手は次第に緩んでいく。
「確かにそうなのかもしれないけど。でも管理人さんって普段どこにいるの?」
「大丈夫。私、場所、知ってるから。バーベキューの時、音衣と一緒に管理人室へ道具を借りに行ったの。そのとき彼は『管理人室を行ったり来たりの生活で暇している』と言っていたから、たぶんそのどちらかにはいるはず。管理人室と同じ敷地内に一軒家があったから、おそらくそこが管理人の自宅」
静子は右手で髪を触りながら腰を上げる。
「私が事情を説明してくるわ」
時刻は十一時を回っていた。
「なら俺も行くよ」
一はそう言い手に持っていた電子機器をパンツの後ろポケットにしまった。
「じゃあ私も」
「いや。華ちゃんはここにいて。音衣が帰ってきたときに誰もいなかったら困るから。それに乃愛も二階で寝てるから防犯的にも誰かいた方がいい。俺が残ってもいいんだけど、こんな夜遅くに女の子二人で行かせられないし」
私はじぶじぶ承諾した。
「管理人室ってここからどのくらい?」
「歩いてだいたい十分ってとこ」
静子は薄手で長袖のカーディガンを羽織りながら部屋から出ていった。
「華ちゃん。もし音衣が帰ってきたら連絡頼む」
「うん。分かった。気を付けてね」
一も少し速足で部屋を後にした。
「静ちゃん。道案内よろしく」
「分かったわ」
二人の会話が扉の向こう側から少し違った音質で聞こえてくる。
玄関を二人が通り抜けるのが分かった。屋内は瞬く間に凄然とした。テレビをつける。黒い板の中からは、観客の、魂のない笑い声が流れ出てくる。
昨日音衣は突然姿を消した。私は彼女にそのことについて聞いてみたが、特に何もなく普通に帰ってきたとのことだった。しかし今日も彼女は姿を消した。やはりこれは何もないとは言い切れないと思う。
「神隠し」日本古来から伝わる謎の失踪。それに出会った本人は、私たちとは別の空間に閉じ込められ、こちらからは干渉できなくなる。昨日、彼女が歩いていたのは、こちらの世界ではなくどこか別の世界だったのではないか。彼女自身も気づかぬうちに異空間へと飛ばされていたのではないか。
また「神隠し」は、私が遭遇した「謎の男」とは何か関係があるのだろうか。それとも、それぞれが別々の現象なのだろうか。どちらにしてもこの村に居続けるのはあまりよくないような気がした。
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