三日目――其ノ二
私の思考は停止した。様々な要素が頭のスイッチを押したのだ。状況が全くつかめない。音衣だけではなく静子までもが最初から存在しなかったかのようにいなくなったのだ。
そのときちょうどこの神社の別名を思い出した。「神隠し神社」名前の由来はこの辺りの山道で子供が迷子になることを神隠しと呼んだことに起因すると音衣が話していた。でもそれは本当なのだろうか? 実際は本物の神隠しが由来なのではないか? 少なくとも音衣と静子が一瞬の内に跡形もなく消えたこの状況を理解するには本物の神隠しが起こったと考えるほかないと思った。
ゾッとした。寒気がする。私はとりあえず感情を落ち着けるために本殿の縁に腰を下ろした。腰を下ろすと縁は老朽化のせいか少ししなった。私はそのまま手を後ろについた。すると手は何か固いものに当たった。
「きゃっ」
一瞬驚いてしまったが私はそれを手に取ってみた。この感触はプラスチックだろうか? そしてその周りを布のようなものが覆っている。上部にはさらさらとした糸のようなものがついている。私は目を凝らした。
「きゃっ」
私は再びビックリしてしまった。喉が詰まった。鳥肌が立った。なぜならそれはひどく壊れた少女姿の日本人形だったからだ。至る所が解れ薄汚れた着物を身に纏っている。右目は外れ、左目は睨み付けるようにこちらを見ている。その形相があまりにも恐ろしく感じられたため、すぐに人形から手を放した。
なぜこんな所に人形が置いてあるのだろう? 不気味に思った私は縁をつたい、神社の裏側へと回った。できるだけ人形と距離を置きたかったからだ。
私は二人と連絡をとることにした。少しでも安心できる情報が欲しかった。まずは静子に電話をかけた。
「プ、プルルルル……、プルルルル……、……、ただいま電話に出ることが出来ませ」
出ない。どうして物事は動いてほしくない方へと転がるのだろうか? 私は自分に「静子はたまたま出なかっただけ。」と言い聞かせ、音衣に電話をかけようとした。そのとき、
「がさ・がさ」
その音は裏手から伸びる山道から聞こえてきた。全てを呑み込むかの如く開かれたその山道の入り口は、何かを待ちわびているかのようだった。するとそこから人影が現れた。その姿は闇に紛れて曖昧にしかとらえられないが、その風貌は、髪が異様なまでに長くそれによって顔が隠されていることと、細身だが多分男だろうと思えるような体つきをしていること。この二つの特徴だけが何とか読み取れた。「謎の男」だ。消される。そう直感した私は慌てて建物の正面へと回り込み、その陰から後ろを覗き込んだ。まだ、やつの姿は見えない。
「ざっ……ざっ……ざっ……ざっ」
雨音に紛れて濡れた土を踏む音がする。緊張感が走る。湿った木が放つ独特の臭いがする。私はやつが視界に現れるだろうという危険回避目的の期待をしながら先を見つめた。
「ざっ……ざっ……ざっ……ざっ」
現れた。そいつはゆらゆらと歩きながらこちらへ近づいて来ている。私はすぐに社の中へと入り、その扉を閉め、鍵をかけた。
社内はとても狭く、祭られている神様に体が触れるくらいの広さだ。扉には所々穴が開いていて外と繋がっている。
「ざっ……ざっ……ざっ……ざっ……ざざっ」
足音はゆっくりと近づいて来て、ちょうど扉の向こうで止まった。空気が無くなったかのようにその場が静まり返る。私は息を殺した。しかし心臓は狂ったようにのたうち回る。お願い、私の鼓動。大きな音を立てないでください。そうでないとやつに見つかってしまう。
静寂との葛藤は三十分ほど続いた。いや、実際はこの時間よりかなり短かったと思う。しかし私にはそれが、そのくらい長い時間に感じられた。
「ズドォーン」
雷が近くに落ちたようだった。その音につられて重低音で太い声が聞こえ始めた。
「掛かけまくも畏かしこき……」
それは私が想像していたよりもずっと近くから聞こえたため激しく動揺した。音は社内の空間を震わせ、重なり合い、より大きな音となって襲ってくる。お経だろうか。でも昨日のものとは少し違うようにも感じる。私は呑みこまれるような錯覚に陥った。気持ち悪い。聞きたくない。それでもやつは声を上げ続ける。「カサカサ」紙の擦れる音がする。「ギコギコ」床の軋む音がする。耳をふさぐ。目を閉じる。そして小さく縮こまる。早く終わってほしい。恐怖からか冷えからか、体は小刻みに震えている。私はその間ひたすら耐えた。耐えることしか出来なかった。
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