第13話 夏・鬼ごっこ・観覧車
早生の意見が了承されて大手門跡から黒門口登城道を下りる事になった。
この道は森の中をクネクネした階段が続いている。
「清見、もう一勝負だ」
「負けないもんね」
登りと同じように早生と清見が駆け下りていく。
相変わらず元気いっぱいと言うかまるで子どもだった。
「あの2人は本当に体育系ね」
「まぁ、俺もそっち系ですけどね」
ゆっくりと木々の中にある階段を下りていく。
日が遮られて風が気持ちいい。
二の丸史跡公園に入ると二の丸亭の間取りが再現されて水が流されている所で追いかけっこをしていた。
「はい、タッチ。遥が鬼だからね」
「はぁ?」
カウントダウンで10数えて走り出し香苗にタッチする。
「ええ、はる君。ずるいよ」
「俺に言うな」
香苗が数を数えて走り出し皆が逃げ始めた。
早生も清見も全力なんて出さずに手加減しながら逃げている。
柚子先輩は呆れて見ている。
「ノア先輩、覚悟!」
「香苗ちゃん。もう来ないでよ」
「先輩、こっち」
「ああ、はる君のバカ!」
追い詰められたノア先輩の手を引いて間取りの御影石の上を歩いて逃げると香苗が必死に手で水を掛けようとしている。
「あっかんべー」
「覚えてろ」
一頻り走り回っていると柚子先輩が手を叩いた。
「そろそろ行くわよ。いい加減にしなさい」
「「はーい」」
香苗とノア先輩が手を上げて返事をしている。
空を見上げて大分日が傾いてきている事に気づいた。
「まだ、遊び足りないな」
「そうだろう、早生はほとんど写真を撮ってないしな」
「それじゃこうしましょう。夏休み後にある文化祭でコンテストを開催してワーストワンの方には罰ゲームを差し上げる事にしましょう」
「あはは……」
発起人の早生の顔が引きつっている。
これも自業自得だろう写真同好会なんて言い出した張本人なのだから。
「はる君、あれは何なの」
「ん、あれは観覧車だよ。ゴンドラに乗って上から景色を見るんだ。乗ってみたいのかな」
「うん、でも帰る時間なんでしょ」
確かに俺たちの住んでいる町に行くバスは本数が少なく乗り遅れると帰るのが大変になる。
「ノア先輩、観覧車に乗りたいのか?」
「えっ、でも」
「大丈夫だよ。遥、行こうぜ。後の事は俺に任せろ」
早生が大丈夫だと言って駄目だった事は今まで一度も無い。
俺が拳を突きだすと早生が拳を突き合わせた。
「決まりだな」
「行こう!」
一旦市駅まで路面電車で戻りデパートの9階まで上がる。
ゴンドラは4人乗りでゴンドラ券を2枚買った。
「どう別れるんだ? 遥」
「早ちゃん、3・3が良いんじゃない」
「2・4という手もあるよな」
「誰がペアになるの? 早生と遥とか?」
清見があまり頂けない事を言っている。
観覧車に男同士で乗ることほど空しい物は無い。
結局、柚子先輩が作ったくじ引きで俺と2人・早生と2人と別れる事になった。
「遥と香苗と柚子先輩か」
「清見は何か不服なのか?」
「本当に遥は鈍いんだから、バカじゃないの。ほら、早生行くよ。ノア先輩も」
急に機嫌が悪くなった清見が早生とノア先輩の手を引いてゴンドラに乗り込んだ。
「それじゃ行きますか」
「そうね」
ゆっくり動いているゴンドラに乗り込むと係員がドアを閉めて外からカギを掛けると静かにゴンドラが上昇していく。
「何だか新鮮な組み合わせね」
「そうですか?」
「でも、先輩の言うとおりかも。はる君はいつもノア先輩と一緒だし」
「香苗だって早生といつも一緒だろ。ノア先輩の下宿先が俺の家だからそう見えるだけだよ」
香苗が何だか寂しそうな目をしていた。
「早生と何かあったのか?」
「何もある訳ないよ、幼馴染だもん。はる君はノア先輩の事をどう思っているの?」
「香苗も柚子先輩と同じ事を聞くんだな。可愛いと思うし好きだよ、でもそれが恋愛とかじゃない気がするんだ。たぶん清見や香苗の事を好きだと言うのと同じだと思う。香苗はどうなんだよ」
「私は早ちゃんの事が大好きだよ。でも好きだって言ったら今の関係が壊れてしまいそうで怖いの。だから今はこのままで良いかなって」
早生はどう思っているのだろう。
付き合いが古い俺から見て早生に好きな子がいるような感じは全くしない。
遠距離恋愛でもしていれば別かもしれないけれどそれなら香苗が知っているはずだ。
もしかしたら幼馴染組の中に好きな子がいて早生も今の関係を壊すのが嫌なのかもしれない。
「あと一歩踏み込む勇気があれば世界が変わるかもしれないのに、その一歩が凄く難しいのよね」
「柚子先輩、それって実体験ですか?」
「もちろんよ。でも香苗ちゃんみたいな恋愛だけとは限らないけどね」
本当に柚子先輩は掴み所がないと言うかかわすのが上手い。
柚子先輩の言葉で俺はどうなんだろうと考えてしまう。
あの時のまま止まっているんじゃないか?
「うわ、綺麗な夕焼け」
「本当ね。前のゴンドラではどんなお喋りをしているのかしら」
「俺達と変わらないか。早生と清見がノア先輩を笑わせているか。どちらかですよ、たぶん」
「そうだね、笑わせている方に一票かな」
これからの事なんて判るはずが無い。
確かな事は俺には仲間がいてくれるという事。
観覧車を下りるとすっかり日が暮れていた。
市駅の前で早生が携帯で何処かに電話している。
「今、市駅に居るんだけど家まで送ってくれよ。可愛い子を紹介するからさ。頼むよ」
携帯を切って早生が親指を立てた。
「すぐ来るって」
「迷惑じゃないのか?」
「言ってねえけど母ちゃんが連れて帰って来いって」
「報われねぇな」
少しすると黒いワンボックスが止まり、クラクションが鳴って体格のいい男が下りてきた。
「兄貴、悪いな」
「まぁ、早生の頼みだしな。お、遥。久しぶりだな」
「夏海さん、ご無沙汰してます」
早生の兄である夏海さんは俺と早生にとって憧れだった。
もの凄くやんちゃで松山の学校まで名を轟かせ恐れられていたけど早生と俺にはとても優しかった。
世間から見たら悪い事だろうけど、バイクの乗り方を教えてくれたり喧嘩の仕方も夏海さんから教わった。
それでも夏海さんはタバコや飲酒には関して、そんな事は大人になってからすればいい事で今しか出来ない事をしろとメチャ厳しく教えられた。
「お、見慣れない顔がいるな」
「柚子先輩と留学生のノア先輩です」
「早生と遥が世話を掛けると思うけど宜しくね」
「それじゃ私はここで。迎えが来てますので。またね」
俺が2人を紹介すると柚子先輩が深く頭を下げて俺達に手を振って歩いて行く。
その先には白い高級外車が止まっていた。
「へぇ、凄いお譲さんだな」
「そうなんだ。でも柚子先輩はめちゃくちゃ気さくな人だぞ」
「で、このお譲さんも先輩なのか?」
「遥の家に下宿している留学生だよ」
夏海さんは少し驚いたような顔をしてノア先輩を見て頷いている。
「何ですか夏海さん」
「いや、遥ってロリコンだったのか?」
「夏海さん、今度ロリコンなんて言ったらマジで怒りますよ」
「それは勘弁願いたいな。お前も怖いけどお前の姉ちゃんはマジ怖いからな」
夏海さんが恐れる姉ちゃんが最強だと知った瞬間だった。
遅くなると心配すると思い夏海さんのワンボックスで送ってもらう。
一時間ほどで帰れるだろう。
「はる君、顔が怖いよ」
「香苗にはそう見えるだけだろ、ちょっと疲れてるだけだよ」
「なんだ、早く寝るんだよ」
香苗にはそう答えたけど夏海さんに冗談でロリコンと言われノア先輩がそう言う対象として見られている気がして無性に腹が立った。
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