第14話~赤い靴~Ⅲ

「ほっ!ほっ!」

「まだまだ、動きが小さいぜぇ。リーチがただでさえせめえんだから、ここぞというとき大きく来い来い!」

訓練用のレイピアで烈火を相手するフォティアが部屋の片隅で、かぐやとアリスがピアノ連弾をしている。

「今日の夕飯なににしますか~?」

「ラザニアとポテトサラダ!」

即答するアリスにどこ吹く風といった感じでピアノを弾くかぐや。

「え~ママはローストビーフにポテサラがいいなあ~」

「今日はラザニアの気分なのっ!」

一方余裕なく鍵盤に指を走らせるアリス。

「俺はかぐやに一票だなぁ~やっぱ肉だぜ肉っと、今のはいい動きだぜフォティア!」

「はあ・・・はあ・・・私は雪助お兄ちゃんの作ってくれたものならなんでも・・・」

「ラザニア!」

「ローストビーフ!」

「・・・・・フォティアちゃん、すこしは欲出していいんだからね本当に」

そのフォティアの姉と母を見ながら、雪助はほろりと涙を流した。

そんなとき、4課のフロアのベルが鳴る。

「は~い・・・っと時雨ちゃん?」

ドアを開けるとそこにはかんざしが眩しい5課の時雨・・・が手に桶を持って立っていた。

「や、やあ!雪助くん!ご、ごごごご機嫌うるわしゅう!!!」

「ま、まあ落ち着いて・・・って、なんでまた?それにそれって・・・」

チラリと桶の中身を見る雪助。

「あ、あああ!ここれは、いつもうちの5課で買出ししている商店街の人からもらったんだ。いつもたくさん買ってもらうからって・・・まあ、うちの隊は人数多いし大食漢が多いから」

「あ~なんとなくわかったけれど・・・なんでウナギ?」

そう時雨の持つ桶の中ではにゅるにゅると数匹のウナギがいた。

「ああ、なんでも江戸前の天然ものらしくてね、これだけしか数が揃わなかったんだって」

「うえ!?東京湾産のなの!?」

雪助が驚くのも無理はない。現代の東京湾では最近になってようやく世界大戦時に急増された首都防衛仮設基地の解体がされ、自然へと戻していっているのである。この影響で、東京湾の魚たちは大打撃を受けたのである。雪助といえど、江戸前と言われる東京湾産ははじめて見た。

「そ、それでこの前のお礼に持ってきたんだ。それにボク、ウナギは捌けないし雪助くんならって・・・」

そう時雨が言う中で雪助の後ろからアリスとかぐやの言い争いがヒートアップしていた。

「ねえ時雨ちゃん、よかったら一緒に食べない?」

「ええ!?」

そう言って招き入れた雪助がリビングの全員に、声をかける。

「今日の夕飯はウナギです!!!」

そう大きな声で宣言した雪助をジト目で見る親子と不思議顔のフォティア、時雨に手で挨拶する烈火。

「ウナギ~?パッサパサのやつなんていやよぉ~。それに今日はお肉の気分なの雪助君」

「ラザニアっつてんでしょ馬鹿助!」

「ウナギってなんですか?」

「フォティアはしらねえのか?にょろにょろしたやつで意外にうめえんだ」

おのおのの反応をする4課メンバーの間にツカツカと桶を雪助に渡し、引きつった表情の時雨がアリスに詰め寄る。

「アリス、君に女性らしい口の聞き方をしろとは言わない、雪助くんに対しての口の利き方はつつしめアリス」

「あら?これがうちの通常営業よ?よそ者が変な口利かないでくれるかしら?」

時雨と視線を合わせ、冷ややかな視線で時雨を見るアリス。だがその視線に決して負けない眼光を放つ時雨。

その傍らで・・・

「うっそ!マジモンの超超高級魚の江戸前うなぎじゃない!ほらフォティアも見とくのよ、あっちの女の醜い争いよりも大自然の奇跡を拝むほうが100倍マシだわ」

雪助から事の顛末を聞き、興奮気味に娘とウナギを見つめるかぐや。

「うひゃあ!!ぬ、ぬるっ!!!と!!!ぬるっとしました!!!」

「あはは!!!おもしれえな初めての体験するやつを見るのは」

「まあ、普通は味わうことのない感覚ですからね・・・ましてやフォティアの作られた目的からすれば、味わうこともなかった感覚でしょうし・・・」

そう言いながら雪助と烈火は、親子と言うよりは姉妹というような、かぐやとフォティアのかけ合いを見ていた。

そして、夕食となった。

「どうだい?ラザニア食べたかったアリス?うな重のお味は?」

「う、うぐぐぐ・・・・・・・・・」

勝ち誇ったかのような時雨に重箱と箸を持ち、うな垂れるアリス。

「そうよね~ぶちょーとかニックぐらいの世代ならまだしも、私たちの世代で天然ウナギの味知ってる人いないもんねぇ~」

「今じゃあ、養殖ものしか手に入らないし、養殖ものも輸入物がなくなった関係でそんなに食べれるものではありませんしね」

「え?すっごくおいしいんですけれど、このにょろにょろってそんなに貴重だったんですか!?」

「店にあったら今食ってる大きさで万札軽く飛ぶぜ」

烈火の答えに驚いた目でうな重を見て、これまで以上にちょこちょこと小分けにして食べるフォティア。

「さぁ!どうだいアリス!ウナギがうまかったらボクの勝ちだよ!!!」

「くっ!!!」

悔しそうに箸を握るアリス。

「いつの間にそんな約束してたのかしら?」

「あの二人ってすっごい喧嘩しますけれど、絶対殴り合いはしませんよね」

「え?そうなんですか?」

「ガキでバカなんだよ二人とも。おまけに変なところで律儀なのもおんなじ」

そういう烈火の答えに空気がやたら違う時雨とアリスの空間。

そしてアリスがギリッと歯を食いしばるとぽつりとつぶやきだした。

「・・・・・今の養殖ウナギでおいしさを表現するには、簡単な調理法ではまず身の厚みが足りないというメインディッシュには致命的な欠点を補わなければならないという、絶対的条件の中、最もシンプルかつ伝統的な調理法である蒲焼からなるうな重・・・この天然ものの脂のノリと身の厚さそして絶妙な火加減で焼かれてパリパリとなった皮とふわふわの身のコントラストと白米と急ごしらえとはいえ極上のたれが合わさったこのうな重・・・・・完璧だわ雪助補正抜きにしても旨過ぎるわ」

「・・・・・・・・・・・食レポしろとまで言ってないんだけどアリス」

「結構食にうるさいんだ時雨ちゃん。これ以上踏み込んだら止まらなくなるから止めよう」

「う、うん・・・」

涙ぐむアリスに呆れ返るその他全員。

そして一通り落ち着くと、時雨も含んだ作戦会議となった。元々、翌日に予定していたが前倒しということになった。

「雪助ぇ~またあれ食べたい~」

「めったに取れるものじゃないんですから無茶言わないでください」

「なら、エクレールを東京湾に一発・・・」

「禁漁法ですよアリスさん」

ぐでっているアリスに呆れた顔でそれを見る時雨。

「戦場での彼女は『白雷』に相応しい戦士なのに、普段はこうもダメなのか・・・」

「おっ?恋敵としては目の前でいちゃつかれるのはイラつくんじゃねえのか?」

そう面白そうに時雨に話を振る烈火。

「いちゃつく・・・以前に幼児退行していないかあれは?彼氏というより保護者じゃないか」

「フォティアが来てからずっと、オフのときはお姉ちゃんあんな感じですよ?」

「はいはい!ちょっと~会議よ!会議!!!お仕事モードにはいってよねっ!」

そう言うかぐやの号令に全員がモニターを見る。

「は~い。それじゃあ今回のベルメリオ攻略戦なんだけれど・・・キーマンはフォティアと時雨ちゃんね」

「「え!?」」

かぐやに指名された二人が驚きの声を上げる。

「もちろん、それにはいくつかの障害があるわ。1つは初回の人員配置数が少ない。アリスちゃん、フォティア、雪助君の3人、この3人でファーストアタックをかけるわ」

「でも、攻撃するにしてもどうするのよ?お偉いさん勢ぞろいのところで殺し合いするつもり?そんなめんどうなことイヤよ」

「うふふ、そうね。観客というには邪魔者だものね。そこらへんはぶちょーさんがなんとかしてくれるわ」

疑問に思う皆を置いてけぼりにして、話を進めるかぐや。

「ベルメリオは対アンドロイドタイプ。雪助君は抜きにしても、彼女の蹴りはアリスちゃんとフォティアにとってはすべてが致命傷になりえるわ。これを凌ぐのもそうだけれど、ここで烈火に武器を送ってもらう」

「了解」

「そして2つめ。今回はフォティアのように2度目はないわ。なぜこうも堂々と現れたのか不明なだけに、十分な増援も考えられるし、単独で動いている可能性もある。そこですぐさまベルメリオに時雨ちゃんをぶつけるわ」

そう言われ、緊張が走る時雨。

「しつも~ん、そのとき私たち4課はどうすりゃいいのよ?まさか撤退?」

「いい質問よアリスちゃん。障害その3が彼女の最終兵装。ナロードは最初からこの子を対アンドロイド用にしてきたということは、フォティアちゃんのように自衛のために持たせる最終兵器ではないはず、敵を殲滅するための文字通り最終兵装、これを引き出してもらうわ。そして逃がさず、初見で対応して彼女を捕まえる」

それを聞き時雨が眉をひそめる。

「・・・捕縛・・・破壊ではなくて?」

「そうよ」

端的にひときわ無感情に答えるかぐや。感情の起伏が激しい彼女がこのように答えたのは他でもない、時雨の言わんとしていることがわかっているからだ。

「甘いよかぐや。同じ童話シリーズのフォティアであの強さだったんだ。戦闘用の童話シリーズは彼女の比ではないなら、捕縛は無理だ。こちらの被害も考えて破壊が望ましい。ナロードの居場所を吐かせるという建前上の目的があってもフォティアは記憶がなかった。確実性に欠ける」

「破壊はしない」

無感情な即答。

「君のシリーズへの感情もパパから聞いているし、ボクへの感情も知っている。だが、君は実質上この部隊のトップだ。トップが一個人の感情で部隊を全滅させる愚策を巡らすようなら、部下として止めなければならない」

すっと両腰に携えた刀に手をかけようとした瞬間、烈火、アリス、雪助が拳銃を時雨に向ける。そして時雨を包み込むような風。

「っ!バカか君たちは!?自分たちの命がかかっているんだぞ!?」

「落ち着きなさい時雨ちゃん。これにはわけがあるのよ。もしこれが前期の戦闘型なら私も破壊を命令したし、同じ中期でも私はそれぞれの子の性格を熟知している。それを踏まえてフォティアを入れたのよ」

「ならなんでベルメリオはっ!」

「彼女はナロードに対して復讐心を持って、彼から離反したわ。ということは、彼女の目的は私たちと同じかもしれない」

それを聞き時雨は刀から手を下ろす。

「続けて・・・」

「フォティアは最初狂人のような性格でアリスちゃんと雪助君と戦ったわ。でも、アリスちゃんの一撃でシンフォニアを一緒に止めるというまでに戻った・・・フォティアは、気弱だけれど頼られたら答える子なの。これは憶測の域を出ないけれど、シリーズが限りなく人間の思考回路に近いプログラムになるように作ったのは私。ソフト面ではナロードより私のほうが上だわ。でもシンフォニアのことを考えると、フォティアも性格が上書きされていた・・・というよりまるで精神疾患にかかった人のようにね」

考え込む時雨。たしかにかぐやのいうことも最もだった。

そしてなによりここで重要なのは、性格を上書きすることなくベルメリオは自らの意思でナロードの元を離反している点である。機械のプログラムに本当に人間的感情があるかどうか、怪しいものだが、その点に関しては、その完成形であるフォティアを見ている。


彼女は自分と戦っているとき絶対に『手加減』をしていた。


ニックは童話シリーズの性能を見るからと訓練室をフォティアが一番戦いやすいように改造していたぐらいである。自分がいくらかぐやの作った義体であっても、兵器方面で才覚を見せたというナロードの兵器の100%の性能が自分を破壊できないわけない。あのときの環境でならば、彼女はただのビルのフロアでなくても、吹き飛ばせたはずなのである。

なぜなら、ただの人間用の空調しかないビルの環境下でそれを可能にしているのである。

フォティアの弱点、それはひとえにかぐやのもたらした人間的感情ネットワークプログラムが作り出した、感情・・・そう優しすぎるのである。

「・・・・・目的が同じなら、共闘できると?」

ぽつりと時雨はつぶやく。

「そこまで深く考えてないわ。私はちょっと親子でお茶したいだけ。パパのこと今どう思ってる?って」

「ふっ、やっぱり甘いよかぐや。それだけ作ったアンドロイドに情があって、自分にも敵意が向けられているかもしれないというのに、そんなことをするなんて」

「そうね。自分のわがままに娘を使ってる最低な親よ。そのためだけにこの特機に取り入ったそれだけよ」

「実に魔女らしい・・・ボクは命令であろうとも自分の命のために相手を破壊するよ」

そういい捨てると時雨は席を立ち、ドアに向かって行った。

「烈火、送ってやって頂戴。ニックが心配するわ」

「わーったよ」

そう言われると烈火も席を立った。サングラスの横目でかぐやの横顔を見ながら・・・

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