第54話 中距離射撃
—1—
黒色のカニは想像以上の大きさだった。オレの身長の倍、3メートル50センチぐらいはありそうだ。
5体いる中の1体は、霧崎と空閑、南條と交戦中。
あとの4体は、逃げ惑う人々を無差別に襲っていた。ハサミを含めて10本ある黒色の足で、背を向けて逃げる人々を突き刺し、ハサミで切り刻む。
その惨たらしい光景に胃液が込み上げてくる。
「おい! 何してるんだ! 逃げろ!」
変わり果てた亡骸の前で呆然と立ち尽くしていた30代ぐらいの女に一切の容赦なく、巨大なハサミが襲い掛かる。
が、一般人にはその迫りくるハサミを見ることが出来ない。
間に合うか微妙なタイミングだったが、間に合うと信じてオレは飛び込んだ。
どうにか間に合い、女を抱きかかえてオレが下になり転がってハサミを回避することに成功した。
「あっ、うっ、あっ、ありがとうございます」
女は言葉を詰まらせながら感謝の言葉を述べた。その瞳には涙が浮かんでいた。
大切な人がたった今、命を落としたのだろう。
「玉城! この人を頼む」
すぐ近くで避難誘導をしていた玉城を呼び、女のことを任せた。
現状では、カニの魔獣がビーチを蹂躙しているので、玉城もいつ襲われてもおかしくない状況だ。
しかし、玉城は1人でも多くの命を助けようと懸命に声を上げていた。
「三刀屋くん……分かった。こっちは私に任せて」
玉城は女の手を引き、パラソルの方へ走って行った。
借金関係や塩見を脅した件以降、玉城とは疎遠になっていた。
しかし、同じクラスで
この時のオレは、玉城と親密な関係になることをまだ知らない。
—2―
「それで、だ」
こいつをどうするか。目の前に立つ巨大なカニを見て、オレは倒し方を考える。
霧崎たちは、3人がかりでも結構苦戦しているようだ。
ハサミの攻撃は、南條の
この魔獣の厄介なところは、腹の部分にも甲羅のように固い鎧があるということだ。
空閑の初撃でその甲羅にヒビを入れたものの、それ以降は固い甲羅に阻まれていた。
それを見て南條が作戦を変更し、霧崎と空閑に叫んで説明する。
説明が終わると3人一斉に動き出した。
空閑と霧崎がハサミを引き付け、防御に集中していた南條が攻めに転じ、桃刀でカニの足を斬り落とした。
この南條の作戦による一手が戦況を大きく優勢に傾けることになる。
「三刀屋くん、一緒に戦いましょう」
緋色の剣を持つ赤髪の少女、
「そうだな。こいつは協力しないと勝てなさそうだ」
「ハサミは私がなんとかするわ」
「となるとオレはあの腹の甲羅をなんとかするか」
漆黒の鎧の内側に有効打を与える方法、手段をオレは持っている。
だが、それがこいつに通用するかは分からない。
「行くぞ」
「ええ」
オレと白川がカニの魔獣目掛けて走り出す。
近づくオレたちを敵だと判断したのか、先端が鋭く尖った足を上げ、一気に振り下ろしてきた。頭上にカニの足が迫る。
それを白川は、緋色の剣で流す。オレは左右にステップを踏み回避。
「白川!」
目の前まで迫ったところで今度はハサミを振り回してきた。
さすがに切れ味抜群のハサミに生身で突っ込む訳にはいかない。
オレが身を屈めると、その上を白川が飛び越え、緋色の剣を振るった。キンッという音が響き、白川が砂の上に着地する。
右のハサミの攻撃を押し返したようだ。
しかし、着地した白川が休む間もなく、左のハサミが迫る。
「くっ」
なんとか剣でハサミを受け止めた白川から吐息と苦しそうな声が漏れた。
オレはこの隙にカニの懐に潜り込み、一呼吸おいてから甲羅の中心に対して突き上げるような掌打を繰り出した。
三刀屋流
それをもろに食らい、カニの動きが一瞬止まった。
「やったのか?」
しかし、灰に変わる様子はない。つまりダメージが足りないということだろう。
動きを止めたことから全く効いていないということはないはず。
「三刀屋くん、上!」
白川の叫びに反応し、上を見るとカニのハサミと地面を支える足を除く4本の足がオレを突き刺そうとしていた。
白川は、左右のハサミを捌くことに精一杯で助けに入れない。
「くそっ」
後ろに大きく飛び、4本の内2本から逃れるが、残り2本がオレを下からすくい上げるような軌道を描き追ってきた。
速度もある。これでは足を掴んだ場合、オレの腕が千切れてしまう可能性がある。
運命の瞬間。
カニの足がオレに届くまで残り1メートルと少しという所で銃声が鳴り、弾がカニの甲羅を貫通した。
そして、弾丸が貫いた場所を中心にカニが黒い灰へと変わっていった。
「間に合ったみたいね」
白川が剣を下ろし、安堵の表情を浮かべてそう呟いた。
オレは、振り返りカニを狙撃した人を探す。
「嘘だろ。あそこから撃ったのか」
ここから少し離れたビーチに寝そべり、銃を構えていた
魔獣討伐ギルド・クリムゾンのスナイパーの実力は伊達ではなかった。
—3—
キラーズキラーや三刀屋、白川、塩見が大型のカニと戦闘を繰り広げている頃。
和井場と橘もまた戦っていた。
浅瀬に倒れている人や水中に浮かんでいる人たちを安全なパラソルの下まで運んでいた。
浅瀬を橘。深いところを和井場が担当している。
「大丈夫ですか? 今安全な場所まで運びますからね。それまで我慢してください」
橘が浅瀬で倒れていた20代の女に声を掛ける。
「ありがとうございます。自分で思うように体を動かせなくて困ってたんです」
「もう大丈夫ですよっ」
橘が女を起こし、お姫様抱っこをして立ち上がった。
そんな橘の細い足首にウミヘビが迫る。
「お前みたいな汚らしい魔獣如きが橘さんに近づくなど100年早い」
冷徹な目をした
ウミヘビは、すぐに黒い灰に変わった。
「ありがとう蜂須賀くん」
「いえ、浅瀬にいる魔獣は俺が処理をします。だから行ってください」
「うん。ありがとっ。怪我しないようにね」
橘を先に行かせた蜂須賀は、浅瀬をにゅるにゅると漂っていたウミヘビを片っ端から串刺しにした。
その数は10を超える。
—4—
一方、沖で救助活動をしていた和井場の元にもウミヘビが迫っていた。
「マジで何人浮いてるんや? 後10人以上はいるな」
順調に救助をしていたが、それでもまだ10人以上が海面にぷかぷかと浮いている。
生きているのか死んでいるのかも分からない。生きているかもしれないという僅かな望みを掛けて和井場は泳ぎ続ける。
「うっ、なんや? また近づいてきたわ。ったくしつこい」
口を開けて勢いよく近づいてきたウミヘビを和井場は素手で掴んだ。
浅瀬にいたウミヘビに比べて深さがあるここではなかなかに素早いのだが、それでも和井場の手はウミヘビを逃さない。
和井場は、掴んだウミヘビを海面から出すと無表情のまま握り潰した。
拳の中には、黒色の
「あの人たちは生きててくれればええんやけど。それと奈津は大丈夫かな?」
奈津を心配する余裕を見せつつ、和井場はまだ残っている人を助けるべく泳ぎ始めた。
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