第52話 固執
—1—
「霧崎くん、これ美味しいよ」
「ああ」
玉城から焼き鳥を受け取る霧崎。
彼女である玉城に勧められたので、仕方なく焼き鳥にかぶりつく。
「美味いな」
「でしょ!」
とびきりの笑顔を見せる玉城。それを見て霧崎も薄く笑う。
そして、現在はパラソルの下で昼ごはんを食べながら休憩していた。
「空閑、お前もこっちで食べたらどうだ?」
「ガッハッハ、俺のことは気にしなくてもいいぞ。1度時間が経つと砂が固まってしまうから手が離せないんだ」
豪快に笑いながらそう答えた空閑は、その体格に似合わず砂で城を作っていた。
手先が器用なようで細かい部分まで忠実に再現している。
「ったく、南條は南條で寝てやがるし。相変わらずこのギルドはまとまりがねぇな」
借りてきたクジラの浮き輪が気に入った南條は、浮き輪に抱き着き気持ちよさそうに寝息を立てている。
「なあ、霧崎」
「なんだ?」
城作りをしていた空閑が手を止め、霧崎と向き合う。
「浮き輪を借りる前にすれ違った三刀屋奈津。あいつに負けたんだろ?」
「うっせーな。それがどうかしたか」
やや苛立った様子で霧崎が返す。
「そうか」
「なんだよ。何かあるなら遠慮せず言え。俺たちに気なんて遣わなくていいんだよ」
「分かった。じゃあ、はっきり言わせてもらう。あんな奴に負けていてこの先本当にやっていけるのか?」
「ちっ、てめえ」
霧崎が親指で焼き鳥の串をへし折った。
「空閑くん、いくらなんでもそれはないんじゃない。霧崎くんだって次は勝てるようにって毎日練習頑張ってるじゃん」
玉城の言う通り、霧崎は三刀屋に敗れてから戦闘の訓練を積んでいる。
南條と刀で一騎打ちをして経験を積み、空閑に体術を教え込まれ鍛えられている。
だが、空閑も何も考えずそんな言葉を言ったのではない。
日々上達していく霧崎を間近で見ているからこそ、自分よりも背が低く、体格も一回り小さい三刀屋に負けたことが信じられなかったのだ。
とはいっても三刀屋と霧崎に体格差はあまり無いのだが。
「霧崎、お前はあれから三刀屋を倒すことに固執してるようだが、それは間違っていると思う。だけど強くなること自体は間違っていない。そこは勘違いしないでくれ」
「分かったような口きいてんじゃねーよ」
立ち上がろうとした霧崎を制して空閑が続ける。
「さっきあの3人組と会って感じたんだが、俺は三刀屋よりも三刀屋の隣にいた男、和井場から強いオーラを感じた」
「和井場だと?」
霧崎が眉を寄せる。
「俺のようにあらゆる武術に精通している人間は、対峙しただけで相手の力量が測れる時があるんだ」
「なるほどな。和井場が……それは面白い」
「ふぁーあ、ねぇ何が面白いの?」
クジラの浮き輪に抱き着いていた南條が大きな欠伸をして目を覚ました。
「やっと起きたか。いいから早くこっちに来て食べるもん食べてしまえ。話はそれからだ」
「ん。わかったよ」
霧崎は、玉城と南條と昼食を済ませた後、空閑との会話内容を南條に説明した。
話を聞いた南條は、特に驚く様子もなく、「遊んでくる」と言ってクジラの浮き輪を抱きかかえて海に走って行った。
—2―
「もう無理。マジで腹いっぱいだわ。何も食える気がしないぜ」
そう言い残して大の字に寝転がる武藤。
レジャーシートの上には、空になったプラスチックの容器が綺麗に重ねられている。
「わいも少し食い過ぎたわ。すぐには動けそうにないから海に行くんやったらわいと武藤を置いて行ってくれ」
あれだけの量をよく食べたものだと感心していると和井場もギブアップとばかりに横になった。
オレと橘が買ってきた食べ物の量もなかなかあったが、和井場も念のためにとオレたちと同じぐらい買ってきたのだ。
いくら大食いの武藤でもそれらをほぼ全部食べるとなると厳しかったようだ。
武藤も和井場もお腹を膨らませて仰向けになっている。呼吸をするのも苦しそうだ。
「三刀屋くん、私イルカの浮き輪に乗ってみたいなー。い、一緒に乗らない?」
江村が海でクジラやイルカの浮き輪に乗っている人を眺めてからオレに提案してきた。
だからなんで和井場じゃなくてオレなんだ? と、疑問に思ったが断る理由などない。
「いいけど。借りに行くか?」
「うん!」
嬉しそうに答えた江村と浮き輪を借りに行くべく小屋に向かった。
—3―
「三刀屋くんってさ休みの日に何してるの?」
「そうだな。予定が無ければ散歩したり、家でゴロゴロしてることが多いな」
「へー、そうなんだー」
クロの散歩や
「江村は何してるんだ?」
「私は友達と遊んでることが多いかな。カラオケとか映画観に行ったりとか服買いに行ったりとかかなー」
今時の女子高生って感じだな。気分転換で映画を観に行くことはたまにあるが、カラオケや服を買いに行くことはほとんどない。
「もし三刀屋くんさえよければ、夏休み中に誘っても————」
「あら三刀屋くん、こんなところで会うなんて偶然ね」
「こ、こんにちは」
小屋に行く途中、江村と砂浜を歩いていると白川と塩見に声を掛けられた。
人見知りの塩見は、白川の後ろに隠れてしまった。その姿が小動物が天敵から逃げる行動と被った。
以前、教室で前期のテスト勉強をしている際、江村は塩見のことが嫌いだと言っていた。
塩見は、江村の刺すような視線が怖かったのだろう。
「白川と塩見も泳ぎに来たのか?」
「ええ、まあそうね。水の中だと普段使わない筋肉を使うから体を動かすにはちょうどいいのよ」
白川も塩見も人が多い場所は避けそうなイメージだが、案外気にしていないようだ。塩見は人が近くを通ると少しビクビクしているが。
白川は、イメージカラーの赤い水着を着ている。思っていたより胸が大きい。そこまで大きいというわけではないが、形が綺麗で張りがある。
塩見は黄緑色の水着を着ていた。身長が小さい塩見は胸も小さかった。
普段制服に隠れていて見ることが出来ない女子の胸を前にすると自然と見てしまう。これは男に生まれたから仕方がないのだろう。オレじゃなくても誰でも見てしまうはずだ。
と、そんなことはどうでもいい。どうでもよくないが本当にどうでもいい。
「オレは江村と和井場と橘と武藤と海水浴に来たんだ」
「そう。仲が良いのね」
白川が江村に視線を向けてそう言うと江村がオレに近づいた。
「これから一緒にイルカの浮き輪に乗るんだもんね、三刀屋くん」
「あ、ああ」
オレに向けて言ったのか、白川に聞かせるようにわざと言ったのかは分からないが、江村が白川に何らかの対抗心を燃やしているのがわかった。
「別にそんなことは聞いていないのだけれど。そういうことなら私たちもそろそろ行きましょう」
「うん。またね三刀屋くん」
白川と塩見が去っていった。
それにしても、同じ日に同じ場所に
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