第50話 偶然の遭遇
—1―
海の家には、定番なものからマイナーなものまで多種多様なものが売られていた。
「かき氷屋さんは行列だね」
夏の定番であるかき氷やソフトクリームを取り扱っている店の前には、長蛇の列ができていた。
暑い日には、冷たいものがどうしても食べたくなるものだ。
それは橘も例外ではないらしく。
「食べたいんかソフィー?」
「うーん。きっと武藤くんと江村さんもお腹を空かせて待ってると思うし、後ででいいかな」
自分より他人を優先させる橘。
こういった1つ1つの気遣いの積み重ねが、橘が人気者になった理由なのかもしれない。
「そうやな。帰り際にみんなと寄るのもええな」
「うんっ」
そんな和井場と橘のやり取りを横で聞きながら他の店も見て回った。
かき氷の店ほど列は長くはないが、ラーメン、たこ焼き、お好み焼き、それから武藤が頼んだ焼きそばが売られている店もそれなりにお客さんが並んでいた。
そして、どの店にも冷えた飲み物が売られているようだった。
「手分けした方が良さそうだな」
一通り店を見て歩いた後、オレが和井場と橘にそう提案した。
同じところを回っていたのでは時間がかかり過ぎる。店の前に出来ている列を見てそう判断した。
「そうやな。じゃあ誰が何を買うかやな」
和井場が分担を決めようとしたその時だった。
そいつが現れたのは。
「おうなんだ? 誰かと思えば三刀屋奈津に和井場、それから橘じゃねーか」
長い前髪で右目が覆われた男、
町中で偶然遭遇したようなそんな軽い感じに振舞う霧崎。
実際のところ偶然かどうかは分からない。
ただ、オレは発信機を付けられた過去があるので咄嗟に警戒してしまう。
「やっほー、奈津くん」
霧崎の隣に立っていた南條がオレに手を振る。
ピンク色のふりふりが付いた水着を着ている南條は、刀を背負っていた。
鞘にしまわれているそれは、多分大場が作っている
ピンク色のラインが縦に2本入っていることからオレは桃刀と呼んでいる。
水着に刀とは随分と違和感があるな。こんな身なりの人は世界中探しても南條しかいないだろう。
「夏休みだから仲良く海水浴か? まあ、人のこと言えねーんだけどな」
霧崎が薄く笑い、振り返る。
霧崎と南條の後ろには玉城ともう1人、見知らぬ大男の姿があった。
「何ジロジロ見てんのよ」
玉城が胸の前に腕を出してオレを睨む。
青色の水着を着ている玉城は、胸元が大胆に開いているものだった。南條と比べると布の面積が小さく、結構攻めている。
コンビニのアルバイトで飲料の補充の際に何度か玉城の胸がオレの頭に触れるということがあったが、やはりあの時の感触の通り胸は大きかった。細身だしスタイル抜群だ。
そんな玉城の隣で大木のようにジッと動かずこちらを観察していた上半身裸の大男は、体格が良く、腕、胸、足、全ての筋肉が盛り上がっていた。
恐らく何らかの部活に入り、スポーツに打ち込んでいるのだろう。とても同じ高校1年生には見えない。
「じゃあな。俺たちが用があるのはお前たちじゃなくてあっちだ」
霧崎が奥に見える小屋を指差す。
確かそこでは、イルカの浮き輪やクジラの浮き輪などのレンタルをしていた。どうやら本当に海に遊びに来ただけのようだ。
「ばいばーい」
緊張感の無い声でオレの横を通り過ぎていく南條。
次に玉城がオレの顔を一瞬だけ見てすぐに視線を元に戻した。
「なんで霧崎は、毎回あんなに突っかかってくるんや? せっかくの楽しい海が台無しやんか」
小さくなっていく霧崎たちの背中を見て和井場が愚痴を漏らす。
「霧崎くんたちも海に遊びに来ただけみたいだし、今は楽しもう」
みんなの天使、橘が和井場に前向きな言葉をかけた。
「なあ、玉城の隣にいた男が誰か分かるか?」
和井場と橘の交友関係の広さならあの大男が誰なのか分かるかもしれない。
霧崎、南條、玉城と一緒に行動しているということは、
情報を持っていて損はないはずだ。
「ああ、あいつは、隣のクラスの
「空閑慎之介……どういう奴だ?」
「補習会で同じやったんやけど、玉城と仲が良いみたいやったな。毎回、無駄話してるところを先生に注意されてたわ」
さすが和井場。
橘ほどではないが交友関係が広い。クラス委員ということもあって他クラスの知り合いも多いようだ。
「でも三刀屋くんは、どうして空閑くんのことが気になったの?」
「いや、見たことがなかったから気になっただけだよ」
オレが
「そろそろ時間やし、いい加減分担決めするか。わいは人数分の焼きそばを買ってくるわ」
「じゃあ、オレは飲み物とその他に何か食べ物買うか」
「じゃあ、私は三刀屋くんと一緒に行くね。1人じゃ全員分の飲み物は持てないと思うし」
橘がオレの腕を組み、ニッコリと微笑む。
腕が組まれたことによって橘のたわわな胸がオレの腕に思いっきり当たっていた。というかわざと押し付けてるなこれは。一体どういうつもりで……。
「そう、やな。それじゃあ頼んだわソフィー」
「了解っ」
イケメンは、爽やかな笑顔を残して焼きそばが売られている店へと向かった。
「また後でね」
いつも通り明るく元気な声だったが、橘が和井場に向けた冷ややかな視線をオレは見逃さなかった。
オレがその視線の意味を知るのは、まだまだ先のことだ。
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