第36話 雨の帰り道

—1―


 学校に来る時は弱かった雨も放課後には勢いを増していた。

 よく、バケツの水をひっくり返したような雨という表現を聞くが、今の天気がまさしくそれだ。


 バイトがあるので雑談もほどほどにして昇降口まで来ると、ピンク髪の少女が空を見上げたままぽつんと立っていた。

 手に傘を持っていない所を見るに帰るに帰れないのだろう。


「どうしたんだ?」


 知っている人物だったので声を掛けてみると少女がゆっくりと振り返った。


「奈津くん! 見ての通り傘を忘れたから帰れないんです」


 傘を忘れたことを堂々と話す少女、南條なんじょう

 テスト前に南條は白川と剣を交えている。

 第三者であるオレや塩見の乱入もあり決着こそつかなかったが、あの時点で白川の敗北は目に見えていた。

 オレや塩見が駆け付けていなければ白川は命を奪われていただろう。


 それももう3週間以上前の話。

 まだ何か仕掛けてくるような気配はない。だからといって油断してはいけない。

 南條と霧崎の動向を注視しつつ、オレとしても魔獣関係のことを色々進めて行かなくては。


「あの、よかったら入れてくれませんか?」


 南條はオレの返答を待たずに広げた傘の中にひょこんと入ってきた。


「おい、オレはまだ許可した覚えはないんだが」


「えー、でもまだってことはいいってことだよね?」


 そう言って肩を寄せてくる南條。

 男子にはない女子の柔らかい体の感触が腕から伝わってくる。


「で、どこまで送ればいいんだ?」


 とりあえず歩き出して南條に行先を尋ねる。

 学校の帰りだから家という可能性が高いが、どこかに寄ってから帰るのかもしれない。

 どこかに寄るのならそこまで送って、オレはバイトに行ける。


「奈津くん、今日の予定は?」


「今日はバイトだ」


 正直に答えるか迷ったがここで嘘をつく必要はないと判断した。


「なら、バイト先までお願いします。確かコンビニだったよね? そこで傘を買って帰ることにします」


「なんで知ってるんだ?」


「まあそれくらい知ってますよ」


 指で輪っかを作ってから自分の首元をちょこちょこと触る。終始ニコニコと笑みを浮かべる南條。なんだか楽しそうだ。

 戦闘の際に放っていた殺伐とした雰囲気とは随分かけ離れている。これが普段の南條なのだろうか。

 だとしたら戦闘の時に入り込むタイプだな。


「発信機か」


「まあまあ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか。もう付いてないんだし」


 ツンツンと腕をつついてくる。

 それにしても1つの傘に2人入っている訳だから当然のように距離が近い。

 歩く度に肩と肩がぶつかるぐらいの距離感だ。嫌でも意識してしまう。やけにボディータッチも多いし。


 雨が地面に跳ね返る音。1日雨が降っていたから車道にも歩道にも水溜まりが出来ている。

 車が通る度にズサーッという水を弾く音が大きくなる。時々歩行者のことを考えずに勢いよく歩道にまで水を飛ばしてくる車もいる。


 オレは気を遣って車道側を歩いていた。後からオレのせいで風邪を引いたなどと因縁を付けられても面倒だからな。

 面倒を嫌うオレからしたらなるべく避けられるリスクは避けたいところだ。


「ねぇ奈津くん。奈津くんは好きな人とかいるの?」


「ずっと気になってたんだが、なんで南條はオレのことを名前で呼んでるんだ?」


 同じクラスでもなければ遊んだことがある訳でもない。

 敵か味方かでいうと敵対している存在のはずだ。だが南條は妙に馴れ馴れしく接してくる。


「えっ、だって私たち友達でしょ?」


「いつ友達になったのかオレには記憶にないんだが」


「えー、それは酷いです。これから長い付き合いになることだし仲良くしようよ。奈津くんも私のことは姫華ひめかって呼んで下さい」


「南條、見えたぞ。あそこがオレのバイト先だ」


「もう!」


 南條が頬を軽く膨らませオレに視線を向ける。

 オレはなるべく南條を見ないようにした。いきなり名前で呼べという方が無理がある。

 親しければ話は別だが、いや親しくても相手によるか。それプラス、時と場合にもよるな。


「私としてはもうちょっとお話したかったんですが、最後に奈津くんにとって紅葉ちゃんとはどんな存在ですか?」


 オレにとって白川がどんな存在か。

 同じクラスで隣の席。高校に入る前に1度偶然会っていて、魔獣狩者イビルキラーということも同じ。あいつの願いを知ってどこかオレと似ていると思った。


「ただの隣の席で良く話すってだけだ。どんな存在かと聞かれたらそれは友達なんだろうな。あいつはどう思ってるか知ら、んっ!?」


 オレの口が南條の唇によって塞がれてしまい、続きの言葉を吐き出すことができなかった。

 柔らかく、でも張りがある唇の感触が脳内を駆け巡り頭の中が真っ白になった。

 予想もしていなかった南條の行動にさすがのオレも混乱した。思考が回らない。


「うん。前回は嘘の味だったけど今回はがしたよ。こっちの味も悪くないね。ごちそうさま」


 南條は笑みを浮かべて傘から抜け、コンビニの屋根がかかっている場所まで走った。

 その間、雨で体が少し濡れていた。

 本当に南條は何を考えているのか分からない。霧崎もだが。


「でも私としては奈津くんにとって紅葉ちゃんは特別な存在かと思ったんだけど。だってピンチの時に助けに来てたし」


「あれは霧崎に言われたからだ」


 南條が白川の所に行ったというニュアンスの話を聞けば気にもなる。


「そうですか。じゃあそうゆうことにしておこっか。奈津くん、傘入れてくれてありがとうござました。おかげで濡れずにすみました。バイト頑張ってね」


 南條は傘を買いにコンビニの中へ、オレはバイトの制服に着替える為にバックルームに向かった。

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