第30話 狙撃手

―1―


 白川と南條が戦闘することになったとして、果たして勝率がどうなるか。

 両者の実力を詳しく把握しているわけではないが、南條が勝つ確立の方が高いとオレは思う。


 学校の屋上で南條とプテラが戦っていた時、終始南條がプテラを圧倒していた。相手の攻撃を見切る能力が優れていて、プテラを真っ二つに切り裂くほど熟練された刀使い。

 繰り出した攻撃はその1回きりだったので、南條の戦闘力は現段階では未知数だ。情報が少なすぎる。


 プテラも決して弱かったわけじゃない。

 南條じゃなかったら数人のパーティーを組んで戦わないと倒すことが出来なかっただろう。南條が強すぎたのだ。


「刀と剣か」


 桃色のラインが2本入った南條の刀。白川がウルフを倒した緋色の剣。

 いくら強い武器を使って戦ったとしても、必ず結果が付いてくるとは限らない。武器が良くても使用者がそれを使いこなせていなければ意味がない。

 全ては武器を所持している人の腕次第ということだ。


 そういう意味では白川がどれくらい武器を使いこなせているかが分からない。

 河川敷で初めて会った時もすでにウルフとの戦闘は終わったところだった。ほぼ無傷でウルフを倒せるということはそこそこの実力はあると思う。


 だが、ヤナギモールでウルフ2体と遭遇した時、白川は緋色の剣を持っていなかった。武器を持っていない白川は、迫るウルフ2体に対して攻撃する素振りを見せず、自分の身を守ろうとしているだけだった。


 つまり白川は武器無しでは戦うことが出来ない。または素手での戦闘に自信がないという結論に辿り着く。

 襲う側の南條は当然武器を用意して万全の状態で白川の元に行くだろう。

 それに対して白川は常に武器を持って行動しているというわけではない。学校には持って来ていないようだし、ヤナギモールで遊んだ時も持って来ていなかった。


「まあどっちが勝つかオレが考えても結果は変わらない、か」


 白川がいるであろう北柳総合病院がようやく見えてきた。

 時刻は6時を過ぎた。一般の診察時間も終わっているだろうか。駐車場に止まっている車もまばらで両手で収まるぐらいしかない。


 と、駐車場の一角で白川と南條の姿を見つけた。

 白川が膝をついていて南條が刀を振り上げている。ここからだとまだ距離がある。見えているのに間に合わない。

 全力を出せばあるいは。いや、それでも届かないな。

 見えているのに救えない。神様を信じているわけではないが、もし神様がいるのだとしたら残酷だ。

 これだけ最悪な状況を2度もオレに体験させようとするのだから。


「くそっ」


 それでも目の前で知っている人が死ぬのは嫌なものだ。たとえ間に合わないとしてもせいぜい足掻くとするか。


「白川!」


 そう叫んだ時、南條が刀を振り下ろした。


―2―


 おかしい。痛みが無い。南條さんに斬られて私は死んだはず。

 ここは天国? 


「白川!」


 三刀屋くんの声だ。どうして天国に三刀屋くんがいるのだろうか。

 私は閉じていた目を恐る恐る開け、顔を上げた。

 私の前に立つ南條さん。だが、刀を手に持っていなかった。南條さんの視線の先を追うと、南條さんの右側、数メートル先に刀が転がっていた。


「これは予想外だったなー」


 南條さんが病院の屋上を見上げ、そう呟くと刀を拾うべく素早く移動した。

 刀を拾うと、こちらに向かって来た三刀屋くんとすれ違った。


「奈津くん、久しぶりです。あれっ? でも奈津くんがここにいるってことは霧崎くんが負けちゃったってことになるのかな?」


「どうだろうな」


 随分と親しげに話しかけた南條さんにそう一言で答える三刀屋くん。

 三刀屋くんがここにいるということは、何らかの方法で霧崎くんを退けたということだろう。

 南條さんの口振りから霧崎くんが相当の実力者だということが分かるが、私からしたら三刀屋くんより強いとは思えない。

 何せ素手で魔獣を倒してしまうのだから。


「白川、大丈夫か?」


「なんとかね……認めたくはないけれどギリギリだったわ」


 差し出された三刀屋くんの手を取り立ち上がる。大きくて綺麗な手だった。


「2対1、いや3対1ですか。状況が変わっちゃいましたね。いくら私とはいえこれでは不利です」


 刀を下ろし、私と三刀屋くん、それから屋上に視線を向けると南條さんが頷いた。


「分かりました。今日はこれで終わりにします」


「何度来ようと南條さん、あなたに魔獣結晶イビルクリスタルを渡すつもりはないわよ」


 こちらに背を向け、歩き始めた南條さんの足が止まる。


「また手合わせできることを楽しみにしています」


 振り返らずそう言うと南條さんは立ち去って行った。

 ようやく危機が1つ去り、疲れがどっと押し寄せてきた。

 南條さんはいつか必ずまた私の前に立ちはだかる。今のままでは彼女に勝つことは難しい。もっと強くならなくては。そうしなければ守りたいものも守ることは出来ないのだから。


―3―


 南條が白川に刀を振り下ろす瞬間、何者かが放った弾丸が南條の刀を捉えた。

 結果的に刀は南條の手を離れ、白川が斬られることは無かった。

 その人物は一体どこから狙撃したのか。これについては南條も気が付いていた。病院の屋上だ。


 病院の屋上からオレたちがいる駐車場まではそこそこの距離がある。それに加え南條の刀は白川を斬ろうと動き続けていた。

 そこをピンポイントで撃ち抜くというのは相当の腕の持ち主だ。

 白川を助けたということは白川の味方であるとみて間違いないだろう。しかし、あの瞬間の白川の反応を見るに、その人物が駆け付けるかどうか、間に合うかどうかが微妙なタイミングだったのだろう。


「怪我はないか?」


「ええ、軽い打撲ぐらいね。三刀屋くんの方は? 霧崎くんが来たんでしょ?」


「オレは大丈夫だ。霧崎のこともとりあえずは問題ない」


「そう。あなたが来てくれてよかったわ。南條さんも自分が劣勢になったと理解して引き下がってくれたし」


「オレが来たからというよりは、病院の屋上にいる奴の存在の方が大きかったと思うけどな」


 そう言って視線を屋上に向ける。その人物はもうすでに屋上から立ち去ったようだ。気配を感じない。


「そうかもしれないわね」


 少し驚いた様子だったが、冷静にいつもの白川らしく短くそう答えた。

 どうやら白川の口からその人物の名前を出す気はないらしい。

 そうと分かればこの場で白川と話すことはもう何も無い。

 聞きたいことはいくつかあるが、白川も南條との戦闘でかなり疲労しているように見える。また次の機会でもいいだろう。日も落ちて暗くなってきたしな。


 白川が所持している魔獣結晶イビルクリスタルの数や剣についてなど、今後魔獣や魔獣狩者イビルキラーと戦う上で必要な情報になってくるだろう。

 テストが終わったらそれとなく聞き出すとするか。


「じゃあ、オレは帰るぞ」


「私は兄の所に顔を出してから帰るわ。また明日学校で会いましょ」


 白川と別れ、夜の道を1人で歩く。

 5月も中旬。昼間は随分と暖かくなってきたが、夜は気温がぐんと下がる。まだ薄着で夜の道を歩くのは肌寒いな。


 あの場で狙撃手が誰かまでを特定できたのは恐らくオレだけだろう。白川は当然知っているが、南條には見えていなかったはずだ。

 刀が狙撃されたという事実から角度を計算して白川の味方が病院の屋上にいると判断したに過ぎない。 

 狙撃手は寝そべっていて、顔もほんの一瞬しか見えなかった。


 その顔が見えた時、オレは驚いた。

 学校では大人しくしていて自ら人と関わろうとしていなかった。白川と話している所もオレは見たことがない。

 入学式当日、その人物にはひょんなことからオレが魔獣狩者イビルキラーだということがバレてしまった。



 まさか塩見が狙撃手だったとは……。

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