第28話 奈津VS霧崎

―1—


 時刻は5時30分過ぎ。

 3月、4月に比べると日も伸びてきたように感じる。夏もすぐそこまで迫っているのだろう。


「来たか」


「お前が呼んだんだろ」


 薄く笑みを浮かべる霧崎がオレの家の前であぐらをかいていた。

 本当に魔獣結晶イビルクリスタルが欲しいのならこんな風に行儀よく待っていないで、家に入って奪ってしまえばいいのに。

 電話でもオレより先に着いたら魔獣結晶イビルクリスタルを奪うと言っていたはずだ。


「クックックッ」


 霧崎がオレに向けるこの薄気味悪い笑顔。この表情からは何を考えているのか全く読めない。

 ただ今日の霧崎からは明確な敵意みたいなものが伝わってきた。

 何を起こすのか読めないのでいつ仕掛けられてもいいように少し構えておこう。


「電話で言ってた戦争ってのは何だ?」


「言葉の通りだ。魔獣結晶イビルクリスタルを巡っての戦争が始まるってことだ。なに、俺が始めなくても別の奴が始めてたと思うぜ」


 霧崎は立ち上がり、オレの家の玄関の前まで移動した。

 すると、家の中からクロの低い唸り声が聞こえてきた。霧崎から放たれる不気味なオーラを感じ取ったのだろう。ウルフが敵を威嚇するときに出す鳴き声だ。


「クックッ、面白いペットがいるじゃねぇーか。魔獣結晶イビルクリスタルもいいがこいつとやり合うってのも悪くないな」


 どんなことがあろうとクロが殺されるようなことがあってはならない。


「やめろ」


 霧崎がドアノブに手をかけようとしたがオレの声で動きを止めた。振り返った霧崎と目が合う。


「学校の屋上に続く階段でお前と話したときにただ者じゃねぇとは思ってたが、まさかここまでとはな。三刀屋奈津、最高じゃねぇ—か」


 オレが霧崎に向けた殺気を感じ取ったらしい。

 殺気といってもかなり抑えたものだったが、それを感じ取れるということは霧崎の実力もそこそこだということが分かる。


「お前とは1回直接やり合いたいって思ってたんだ。お前を倒したら中にいる魔獣と魔獣結晶イビルクリスタルは俺のものだ。いいな?」


「オレを倒せると本気で思ってるのか?」


「随分と言うじゃねぇ—か。おら、行くぞ!」


 霧崎が殴り掛かってきた拳を右手で払う。常人には出せないスピードとパワー。

 今の一手だけでも霧崎の戦闘力が魔獣狩者イビルキラーの中でも上位だということが分かる。

 

 オレは狙いを腹部に定め、拳を振るう。が、今度は霧崎がそれを払った。

 しかし、ここまではオレの読み通りだ。霧崎が対処できるようにあえて速度を落とした。その代わりに力を入れた。

 オレの拳を払った霧崎が一瞬ふらつく。ほんの一瞬だ。だがオレはその一瞬のスキを逃さず右に蹴り飛ばした。勢いよくブロック塀にぶつかり背中を押さえる霧崎。

 苦痛に顔を歪めてもいいものだが霧崎は違った。


「クックッ、面白れぇーな。やっぱり敵は強い方が気分が上がる」


 霧崎がその笑みを一層強めると右の拳を振り上げ迫ってきた。そんな大振りでは当たる攻撃も当たることは無い。

 顔面目掛けて振り下ろされた拳を右手で受け止める。この威力。こいつ、オレを殺す気で殴りにきたな。

 この攻撃からは人を殺してしまうかもしれないという躊躇が一切見られない。


「がっ!?」


「へへっ、いつまでもすかしてんじゃねぇ—よ。ここからは俺のターンだ」


 よろめきながらもそう叫ぶ霧崎。

 まさか頭突きをされるとは思っていなかった。次からはそれも想定にいれるとしよう。


 霧崎が素早く踏み込んできて右足を蹴り上げる。オレは顔面を守る為にそれを左腕でガード。

 そして、霧崎の右足が地面に着く前に空中で掴んだ。両手で掴み反時計回りにぐるぐると回転させると霧崎の体が宙に浮いた。

 そのまま電柱目掛けて一直線に投げると、狙い通り直撃。霧崎はぐったりしたように倒れた。


「オレの勝ちだ。今日のところはもう帰ってくれないか?」


 霧崎がオレの声に反応し、咳き込んだ。


「ふざけるな。まだお前の勝ちかは分かんねーだろ」


「何度やっても結果は同じだと思うけどな」


「なら、少し本気を出してやる。さっきまでの俺とはひと味違うぞ」


 霧崎が目を見開いた。

 ふと、小学生の頃に友達とテレビゲームをしていたことを思い出した。その友達が「今のは本気じゃないから負けただけだし」と言っていた。ゲームをしている最中、その友達は明らかに本気だった。今思えば恐らく自分の負けを認めたくなかったのだろう。

 その友達と霧崎が言ったセリフは非常に似ていたが、身に纏っている雰囲気は全然違った。


 今の霧崎からはオレが体験したことの無い、言葉では上手く説明できないがヤバい何かを感じる。

 普通の人間ならこの圧に恐怖して逃げ出したくなるところだろうが、オレはその説明できない何かが知りたくてわくわくしていた。このオレが? 自分でも信じられない。

 オレに勝つ気満々で迫ってくる霧崎。オレも負ける気などさらさらない。


 さっきまでの大振りは消え、鋭く刺すような一撃がオレの顔面に繰り出された。オレはそれを右に飛んで回避する。


「右の蹴り、フェイントからの正拳突き」


 オレの拳を掴みながら霧崎が薄く笑う。


「なんで分かった?」


 霧崎はオレが攻撃を繰り出す前に一連の動きを予言していた。まるで未来が見えているかのように。


「ただの勘だ。だけど俺の勘は良く当たる」


 その後、霧崎に対して放った攻撃のほぼ全てが回避されるか受け止められた。

 逆に霧崎の攻撃は少しずつ受けるようになってきた。だが、オレもただ攻撃を喰らうのではなくダメージを受けないように流していた。

 時間をかけて攻撃を見切ってしまえばこっちの勝ちだ。


「三刀屋、そろそろ決める」


「あぁ、来い」


 霧崎がオレの服を掴み、勢いをつけて投げようと重心を下げた。オレは掴まれた手を力ずくで振り払う。

 離れようと後ろに下がった霧崎に接近し、その意識を刈り取るべく顎に重い一撃を打ち込む。

 が、それを自分から前に出ることで僅かにポイントを外させた霧崎。しかし、その打撃が腹に入った。衝撃からか口から大量の唾液を吐く。

 オレは霧崎に休む暇も与えず足を払いに行く。なぜこれから起こる先の動きが見えるのかは不明だが、未来が見えているであろう霧崎は真上に飛ぶことでオレの蹴りを楽々回避した。

 この瞬間勝負は決した。


「オレの勝ちだ」


 空中に逃げてしまってはもう逃げ場所はどこにもない。

 霧崎の着地点で待ち構え、全力の回し蹴りを霧崎の鳩尾付近に蹴り込んだ。

 腕を交差させ攻撃を防ぐ素振りを見せたが、オレの全力を止めることはできなかったようだ。霧崎は後ろに吹き飛び、尻もちをついてどこまでも転がっていった。

 これが魔獣狩者イビルキラー同士の戦い。スケールが、レベルが桁違いだ。


―2―


「動きを誘導させられてたって訳か」


 痛みで立ち上がることが出来ないのか、霧崎がオレを見上げて呟いた。

 どれだけ強い人や魔獣が相手だとしてもオレの場合は時間をかければ適応してピンチを打破することが出来る。

 それは魔獣狩者イビルキラーに生まれ、幼い頃から相当の場数を踏んできているが故のことだ。


「どんだけの修羅場を潜ればそんな化け物みたいになるんだよ」


「何回死にかけたかももう覚えてない」


「へっ、そうかよ」


 白川が、願いを叶えるには1000個の魔獣結晶イビルクリスタルが必要だと言ったあの日。

 オレは自室に隠しているリュックの中身を全てひっくり返した。今まで何個集めれば願いが叶うのかも分からず、叶う保証なんてどこにも無いのに必死に集めてきた。


 リュックの中に入っていた魔獣結晶イビルクリスタルの形や大きさは様々だったが、その数は全部で107個だった。

 他の魔獣狩者イビルキラーがどれくらい持っているのかは知らないが、恐らく多い方に入るのではないだろうか。

 それはつまり今日のように狙われる可能性が高いということだ。


「三刀屋、お前が仲良くしてる白川のことが気にならないか?」


「白川がどうかしたのか?」


「本当は言うつもりはなかったが、予想外にも俺がこんな様になったんで気が変わった」


 ボロボロの霧崎がふらふらと立ち上がると力なく笑った。


「白川がどうした。早く言え」


「もしかしたらもうこの世にはいねーかもな。あっちの相手は冗談とか通じねぇからな。クックッ、仲間なら助けに行ってやったらどうだ?」


 スマホを見ると白川から着信が入っていた。折り返し白川に電話をかけるが繋がらない。

 確か今日は兄の病院に行っているはず。そして、相手はここにいない南條だろう。あの刀さばきは相当厄介だ。

 白川も緋色の剣を持っているが、実際に振るっている所を見たことはない。どこまで対抗できるだろうか。


「俺はもう満足だ。今日は引き上げる。お前がもし生きてたら次は奪ってやる」


 霧崎は背を向け、とぼとぼと歩いて行った。

 オレがいなくなった頃合いを狙って再び襲撃してくることも考えられるが、とりあえずはダメージも負っていることだしクロが守ってくれるだろう。

 オレは連絡が取れない白川の元に急いで向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る