第22話 危険人物

―1―


 願いを叶える為の協力。手を貸せない訳ではないが、オレも魔獣狩者イビルキラーとして自分の願いを叶えたい身だ。

 だからすんなり白川の申し出を受け入れることはできない。


「協力つったって俺は魔獣狩者イビルキラーじゃないから手伝えることなんてないと思うぞ」


 自分なんか役に立たないというように武藤が長椅子の背もたれに寄り掛かり足を組む。

 確かに魔獣狩者イビルキラーでなければ魔獣を見ることができないので戦うことができない。それゆえ願いを叶える為に必要と噂されている魔獣結晶イビルクリスタルを集めることも出来ないのだ。

 戦力としてはゼロに等しいとオレは思う。


「相手が魔獣ならそうでしょうね」


「それはつまり敵が魔獣以外にもいるってことか?」


 白川はこれからこの町で起こるであろう先の展開が見えているのかもしれない。それを確かめるべくオレは白川に質問した。


「そうよ。私は近い内に魔獣狩者イビルキラー同士の争いが起こるはずだと思ってるわ。三刀屋くん、あなたは魔獣結晶イビルクリスタルを何個集めれば願いが叶うと思う?」


「いや、分からない」


 数多い噂の中にも個数まで詳しく説明されているものは無かった。中には具体的な個数が示されているものもあったが、聞いた話聞いた話で数にバラつきがあった。


「三刀屋くんが協力してくれるというなら教えてあげてもいいわよ」


 武藤が完全に置いてけぼりになっているがもう少しそのままでいてもらおう。それほど今のこの場面は重要だ。


「協力しないと言ったらどうなる?」


「そうね。ストーカーの被害届けでも出して三刀屋くんのことを監視してもらおうかしら。もちろん武藤くんも」


 ヤナギモールでの件でオレと白川は協力関係にある。その際、オレが行動範囲が狭まることを嫌っているということが白川に知られている。それを知ってのこの一手か。


 疑問なのは今回のようなケースがストーカー被害の対象になるのかどうかという点だ。

 オレと武藤と白川は同じ高校の同じクラス。町で友人を見かけたから話そうと思って後を追いかけたと言えばそれほど問題にはならないような気もする。


 まあでもどちらにせよ協力関係を拒否した場合、警察に多少拘束される未来は見えている。事情聴取など受けている時間がもったいない。オレには塩見の件もあるしな。


「俺は協力するぜ。白川が兄さんを治したいって気持ちはよく分かるしな。俺に何ができるのかはよく分からねぇけどよ」


「ありがとう。何ができるかについてはまだ私たちの前に立ちはだかる明確な敵が現れていないから何とも言えないけどその時になったら連絡するわ」


「お、おう分かった」


 これで武藤は白川と協力関係を結んだ。具体的な内容については現段階では不明。

 これでストーカー関係で脅されることはないので武藤からしたら安心しただろう。どこかほっとした様子だ。

 さて、次はオレの番だ。


「協力するにあたって質問をいいか?」


「ええ」


魔獣結晶イビルクリスタルの個数の情報は正しいのか? それを白川はどうやって知ったんだ?」


「情報は確かなものよ。どうやって知ったのかについてはごめんなさい。今は教えることは出来ないわ」


 ということはいつか教えてくれる可能性があるということか。

 正しいと言い切れるということは、白川には魔獣や魔獣狩者イビルキラーについて深く知る人物とのパイプがあるようだ。これは興味深い。

 協力内容は分からないがこっちが得られるメリットは大きそうだ。何せ、魔獣関係の情報は調べても出てこないものが多いからな。


「分かった。オレも協力する」


「信じていいのよね?」


「ああ、オレに出来ることなら協力する」


 白川はオレの目を見ると立ち上がった。オレが本当に協力するかどうか確かめたのだろう。あの目はそういう目だった。


「いいわ。約束だから教えてあげる。願いを叶える為に必要な魔獣結晶イビルクリスタルの数は1000個よ」


「1000個だと……」


 想像していた桁が1つ違っていた。1000個なんて数の魔獣結晶イビルクリスタルを集めるのは不可能だ。

 1カ月に現れる魔獣の数は、先月の4月だとヤナギモールのウルフが2体。それと学校の屋上に現れたプテラが1体の計3体だ。


 魔獣が出現したとしても願いを叶えたいと思っている魔獣狩者イビルキラーがそれを取り合う訳だからその全てを獲得できるわけではない。

 このペースで魔獣が出現すると仮定すると年間で36体の魔獣が現れることになる。

 何らかの方法で他の魔獣狩者イビルキラーを出し抜いて全ての魔獣結晶イビルクリスタルを取ることが出来ても単純計算で30年はかかる。それはあまりにも長い時間だ。


「さあ、ここにいつまでいてもこれ以上は何も無いし帰りましょ」


 白川がエレベーターの下のボタンを押した。

 オレと武藤も椅子から立ち上がり帰り支度を始める。


「なあ、三刀屋。1000個ってことは1000体たおさなきゃいけないんだろ?」


「そうだな。想像するだけで歳を取りそうだ」


 エレベーターの中。1階に着くまでの十数秒で武藤が確認してきた。


「武藤くん、分かってるとは思うけれどさっき話したことは誰にも言わないでね」


「おう! 当たり前だろ」


 エレベーターが開き武藤が一足先に入口の自動ドアの方へ向かった。


「三刀屋くん、夜に電話するわ」


 オレの耳元で白川がそう囁いた。


―2―


 その日の夜。宣言通り白川から着信があった。

 もう夜も遅いからクロも部屋の隅で丸くなって寝ている。


『わざわざ電話でってことはあの場では話せない内容だったのか?』


『そうよ。これから私が話すことはあなたにも関係していることだから』


 白川の声はいつも通り、冷静で落ち着いていた。

 オレに関係している話ということは魔獣狩者イビルキラー関係か?


『なんだそれは?』


『そう急かさないで。順を追って説明するわ。学校に魔獣が現れた日のことを覚えてる?』


 プテラが屋上に現れたのはつい数日前の話だ。よく覚えている。


『ああ覚えてるぞ』


『あの日、私と三刀屋くんが会った時、霧崎くんと南條さんもいたでしょ。そこで霧崎くんが帰り際に私に何を言っていたのか三刀屋くんは気になってたわよね』


 気になってはいたが、白川は霧崎に声を掛けられたこと自体を否定していたはずだ。やはりあの時何か言われていたのか。


『何も言われなかったんじゃなかったのか?』


『いいえ、あの時は言えなかったのよ。私がそれを飲み込むまでに時間が必要だったから。霧崎くん、彼は危険よ』


『それはオレも感じていた』


『彼は私に魔獣結晶イビルクリスタルを要求してきたの。渡さなければ私の兄を殺すと言ってきたわ。学校の人には誰にも兄のことを話したことはないのに霧崎くんはそれを知っていた。それにあの目は人を本気で殺そうとしている人の目だった』


 玉城が塩見を脅していたように白川も霧崎に脅されていたのか。それにしても殺すとは物騒だな。


『それで白川はどうするんだ?』


『渡す気はないわ。兄の為に今まで頑張って溜めてきたものをそんな簡単にあげてたまるかって話よ』


 白川の意思は固いようだ。普段とは異なる口調からそれが分かる。


『そうだろうな』


『三刀屋くん、霧崎くんが行動を起こして、もしものことがあったら助けてくれないかしら。それが協力の内容よ』


 目先の敵は霧崎ということか。既に情報を教えてもらっている以上断ることはできない。


『分かった。何かあったら今日みたいに電話してくれ』


『ありがとう。本当に助かるわ。一般人の武藤くんを巻き込むわけにはいかないから』


 武藤との協力の内容を具体的に提示しなかったのは白川なりの配慮だったようだ。

 だからといってオレが危険な目に遭うかもしれないんだが。それについてはどう思っているのか聞いてみたいところだ。


『話しはこれで終わりか?』


『ええ、こんな夜遅くに悪かったわね』


『それは全然大丈夫だ。じゃあ切るぞ』


 スマホを机の上に置きベッドの上に腰を下ろした。

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