第17話 空飛ぶ魔獣

―1—


 恐竜は知っているだろうか?

 誰もがそんなの当たり前だと思ったはずだ。代表的なのはティラノサウルス。恐竜と言われれば、まず初めに思い浮かべるのはこれだろう。地上に存在した最大級の肉食動物だ。


 恐竜の人気ランキング第1位にして、映画のモデルになったことも複数回ある。その鋭い牙で多くの生物の命を奪ってきたことだろう。

 恐竜を知らない人間などいないと言っても相違ない。


 では質問を変える。

 恐竜を見たことはありますか?

 そんなのいるはずがない。何せ恐竜は今から約6600年も前に絶滅してしまったのだから。一部の研究者の間ではその後も生き延びた可能性を主張する者もいるが、オレたちが恐竜をこの目で見ることはできないだろう。


 そうだ。できないんだ。しかし、なぜできないことをこうもわざわざ聞いたのか。

 それはオレが通う北柳高校の校舎の屋上に信じられない程大きな鳥が現れたからだ。図鑑で見たことのある、とある生物にそっくりだった。


 その見た目はプテラノドンに非常によく似ていた。プテラノドンは正確には恐竜ではなく翼竜に分類されるらしい。

 体長は7メートルから8メートルはあるだろうか。鋭いくちばしに大きな翼。オレが図鑑で見たプテラノドンとは色が違っていた。黒色と灰色が混ざっている。


「プテラ……」


 この魔獣をプテラと呼ぶことにしたオレは、ポケットの中で振動したスマホを開いた。メールが一件。町からの避難指示メールだった。

 そうこうしている間に校舎から生徒と先生が出てきた。その中にクラス委員会議に出席していた和井場と隣のクラスの南條、霧崎の姿もあった。


 黒霧が覆っている範囲は恐らく北柳高校を含む周辺だろう。黒霧の外まで避難してしまえば魔獣の被害を受けることは無い。

 先生を中心に生徒の多くは学校の敷地外へと走って行った。


 グラウンドで部活動をしていた野球部、サッカー部、陸上部なんかの体育会系も校門の方へ走って行く姿が見えた。

 その集団にいた武藤がオレの存在に気付き、こちらに向かってきた。


「おい三刀屋! 早く逃げないとヤバいぞ! ここに魔獣が出たらしい」


 武藤は息を荒くしてオレに避難するよう促す。

 すでにグラウンド、校舎内に残っている人は極少数だろう。いるとすればオレ以外の魔獣狩者イビルキラーの誰かだ。


「オレは後で避難する。武藤は先に行っててくれ」


「こんな状況で何言ってんだよ。死ぬぞ。いいから逃げるんだって」


 オレの腕を全力で引っ張る武藤。さすが体育会系だ。力が強い。

 その鍛え抜かれた武藤の腕に引っ張られるがままにオレは校門の外まで来てしまった。ヤバい。今ここでプテラを倒しておかないと黒霧が拡大し、被害が広がる恐れがある。


 武藤のこの友達想いな性格は凄くいいこと、長所なんだが、この状況においては非常に厄介だ。


「なんだよ。そんなに死にたいのかよ」


「違う。そうじゃない」


 武藤の手を振り払い校舎の屋上を見る。

 屋上ではプテラが空を飛び「ギャーギャー」と鳴いていた。どうやら興奮しているみたいだ。このまま放置しておくわけにはいかない。

 が、これもいい機会だ。


「三刀屋、お前見えてるのか?」


 武藤がオレの視線の先にある屋上を見上げるが、何も見えていないみたいだ。つまり武藤は魔獣狩者イビルキラーではない。

 この際だから武藤にオレが魔獣狩者イビルキラーであるとバレても仕方ないか。

 日を重ねるうちにだんだんとこの秘密も色んな人に知られてしまったな。まあ永遠と隠し通すことは不可能だし、そこは割り切るとしよう。


「武藤、オレは魔獣狩者イビルキラーだ。今屋上には翼竜のプテラノドンに似た魔獣が1匹空を飛んでいる。オレはそいつを倒しに行こうと思う」


 武藤はオレの言葉を聞き驚くと、すぐにキラキラした目を向けてきた。自己紹介の時に白川に向けていた目と同じものだ。武藤には魔獣狩者イビルキラーに対して憧れのようなものがあるのだろう。


「だから先に避難しててくれ」


「分かった。俺には何もできないもんな。気を付けてな。無事に倒したら飯でも食いに行こうぜ」


「ああ、そうだな」


 武藤は黒霧の外を目指して走って行った。

 オレは、屋上の上にプテラがまだいることを確認すると迷わず特別棟に向かった。


―2―


 北柳高校は生徒が授業を受ける校舎と化学の実験や音楽、書道の授業で使われる特別棟がある。

 2つの校舎はどちらも3階建てで、西側と東側の2つの渡り廊下で繋がっている。


 今回魔獣が出現したのは、オレたちが普段勉学に励んでいる普通の校舎の屋上だ。

 この特別棟の3階からならプテラの様子がよく見えると踏み、オレはあえて特別棟にやって来た。

 それに特別棟に来たのにはもう1つ理由がある。それは武藤と話している時に思いついた。これはいい機会だと。


 魔獣が出現してからもう10分以上は経っている。プテラが暴れ出すのも時間の問題だ。

 だが、今回オレはプテラと戦わない。ここで静観することに決めた。

 魔獣狩者イビルキラーはオレだけではない。オレのクラスに後6人。それに他のクラス、他の学年にも魔獣狩者イビルキラーはいるかもしれない。

 今回は情報収集もかねてこの成り行きを見守ることにした。


 それにしても暑い。窓はあちこち空いているものの熱気が籠っている気がする。湿度が高いのが原因かもしれないな。じめじめする。

 屋上を見渡せるベストスポットがないか探していると、特別棟の屋上へと続く階段を見つけた。


「鍵がかかってるのか」


 扉には鍵がかかっていて屋上に出ることは出来なかった。しかし、階段の折り返しのところに窓が付いていてそこからプテラがいる屋上を全て見渡すことが出来た。

 オレは階段に座ると顎に手を当て、プテラの様子を観察した。

 プテラは鋭く尖ったくちばしで、屋上の金網に体当たりした。金網は大きく穴が開き、ガシャンという音を立てて地面に落ちてしまった。とんでもないパワーだ。やはり、体が大きい分力も桁外れのようだ。


 すると、校舎の屋上の扉が開いた。

 そして、ピンク色の髪の少女が出てきた。手には銀色を中心とした刀が握られていた。髪の色に合ったピンク色のラインも2本入っている。

 その刀を持った少女は避難したはずの南條だった。


「あの刀、白川が持っていた剣に似てるな」


 南條はその刀の先をプテラに向け挑発した。

 プテラは、突然現れた南條に狙いを定めると上空から物凄い速さで急降下してきた。あのくちばしに刺さったら一瞬であの世だろう。


 南條はプテラとぶつかる刹那、すり足で身を左に移動させるとプテラのくちばしを刀の腹で流した。

 その流れで再び空中に飛び立ったプテラは、再度南條目掛けて急降下してくる。巨大な羽を閉じ、先程よりスピードを上げてきた。


 しかし、南條に動じる様子はない。先程と同じように身を低くし刀を構え、プテラが来るその瞬間を待つ。

 残り10センチというところでまたも南條は身を左に移動する。移動したといっても、ほぼ体の向きを変えただけと言ってもいいだろう。


 プテラがまたも空振りに終わるかと思ったその時、南條が縦に刀を振った。

 すると、プテラの体が真っ二つ分断され、黒い灰に変わった。ウルフが灰になった時と同じ黒色の魔獣結晶イビルクリスタルが屋上に転がる。

 それを南條が拾い上げると屋上に通じるたった1つの扉から校舎へと入って行った。


 たった一振りでプテラを倒してしまった南條。その強さは底が見えない。

 そして、予想通りオレのクラス以外にもこの学校に魔獣狩者イビルキラーが存在した。

 南條が魔獣狩者イビルキラーだったというこよは、いつも一緒にいるという霧崎も魔獣狩者イビルキラーかもしれない。

 オレに発信機を付けるよう指示した人物が霧崎か南條だったとしたら、いや、そうだという可能性を踏まえて要注意だな。


 プテラと南條の戦闘から冷静にそう分析していると、コツッコツッと階段を上ってくる音が近づいてきた。

 オレの背後にある屋上に続く扉は鍵がかかっている為、行き止まりだ。今動いたら階段を上がってくる人物と接触してしまう。

 校舎にいるということは、恐らく魔獣狩者イビルキラーだ。それ以外の生徒や先生は全員避難したはず。

 階段を上ってきた何者かは階段の折り返しのところで足を止めた。こちらからではその姿が見えない。


「高みの見物とは随分と優雅だなぁ」


 そう言って小さく笑った霧崎がオレの前に姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る