第13話 冤罪の疑い
―1―
放課後。掃除の担当場所に移動した人や掃除が休みで下校した人、部活に行った人などで教室に残っているのは、教室掃除担当のオレや同じ班の白川など数人だけだった。
みんな黙々とほうきで埃や消しゴムのカスを集めている。
「きゃっ! ちょっと、今触ったでしょ。変態!」
掃除中に絶対聞こえることのないはずの悲鳴。
玉城が両腕で胸を押さえるようにしてドアの前で騒ぎ出した。
制服をほどよく着崩していて、周囲に色気を放つ玉城。
第2ボタン、いや、第3ボタンまで開いているだろうか。胸元ががばっと開いている為、胸の膨らみがほんの少しだけ見えている。スカートも随分と短い。
こんなんじゃ服装検査の時に絶対引っ掛かるな。
「ちょっとあんた触っておいて何シカトこいてんのよ! ねえ聞いてんの三刀屋!」
玉城の必死の叫びに教室内にいた玉城派閥の1人が近づいてきた。
ただ事ではないと思ったのか周囲の視線もオレたちに集まっている。
「なんで謝らないわけ? 早く果歩に謝りなよ」
玉城といつも行動を共にしている
だがオレは何も話さない。なぜならこれは冤罪だからだ。
「えっと、どうしたのかなっ?」
忘れ物でも取りに戻ってきたのか、教室に入ってきた橘が聞いてきた。ナイスタイミングだ。
「三刀屋くんがぶつかってきて私の胸を触ったのよ。それなのに謝りもしないの。橘さんも酷いと思わない?」
「うーん、三刀屋くん本当かなっ?」
橘は玉城の話を聞き、オレに事実かどうか確認を取ってきた。
双方の言い分を聞いて事実確認を取るのは第3者しかできない。被害者や当事者だけで言い合っていても一向に解決に向かわないからな。
人当たりの良い橘には適任だ。
「ぶつかったのは事実だ。もしかしたらぶつかった時に胸にもあたったかもしれない。だが、ぶつかってきたのは玉城の方だ」
「はあ、何よそれ! もういい。彼氏に言ってボコボコにして貰うから。覚悟して待ってなさい」
教室から出て行こうと玉城が鞄を肩にかけた。
「玉城さん、ちょっと落ち着こう。ねっ?」
「離して!」
玉城は橘の手を振り払うと廊下に出て行った。
が、とある人物の一言で玉城の足が止まった。
「今なんて言った?」
「聞こえなかったかしら。くだらないって言ったのよ」
黒板消しを持った白川が橘の横に立っていた。
橘も驚いた様子で白川の顔を見ている。
「白川さん、部外者のあなたに何か言われる筋合いはないんだけど」
玉城が教室に戻ってきて白川にそう言い放った。
それに対して白川は全く怯むことなくこう続けた。
「勝手に部外者って決めつけないでくれる。私は目撃者よ」
「目撃者……」
「何も不思議なことじゃないはずよ。教室で起こった出来事なんだから教室にいた私が見ていてもおかしくはない。玉城さん、あなたが何をしたいのか私には理解できないのだけど」
白川が腕を組み玉城に言い返す。
「果歩?」
白川の強気な態度に玉城派閥の江村が玉城を見つめる。
一方、玉城は白川を正面から睨んでいた。
「何をしたいもなにも謝ってほしいだけよ。ぶつかったのも胸に当たったのも事実って三刀屋くんも認めてるじゃない」
「でも彼はぶつかってきたのは玉城さんだと言っていたわ。私もその瞬間を見ていたけれど明らかにあなたの方からぶつかっていってた。私の他にも見ていた人がいるはずよ」
白川が振り返り同じ班の男子を見ると、男子が頷いた。
それを見て玉城派閥の江村も玉城から一歩離れる。決まった。この場を白川が支配した。
「それにそんなことはどうでもいいの。私はこの後、用事があるから1分でも早く掃除を終わらせたいのだけど。玉城さん、掃除を中断させたこの数分間の遅れを取り返す為に手伝ってくれるのかしら?」
玉城が下唇を噛む。どうやら敗北を認めたようだ。
「誰が手伝うもんか。白川さん、覚えておきなさい」
そのセリフを残し、玉城は教室を後にした。
「じゃ、じゃあ、私は帰るねっ。みんな、また明日っ!」
橘が机の中からノートを取り出し、鞄にしまうと笑顔で帰って行った。天使だ。
それにしても一体何だったんだ。玉城の行動の意図が全然見えなかった。
事の発端はオレが廊下を掃除している人にちり取りを借りに行ったところから始まった。
ちり取りを借り、教室に入ろうとしたら玉城が飛び出してきたのだ。飛び出してきたといっても十分にかわせる距離だった。
しかし玉城はなぜかオレがいる方に突っ込んできたのだ。さすがのオレもこの予想外の動きに塞がった手で玉城を受け止めることしかできなかった。その時に手の甲が玉城の胸に触れてしまったのだ。
と、まあ一連の流れはこんな感じ。謝る、またはオレに礼を言うのは玉城の方だ。
だが、玉城はオレを変態呼ばわりして騒ぎ出した。あんなにも大袈裟に。意味不明だ。
「三刀屋くん、ちょっと」
白川に呼ばれて窓際に移動し、カーテンの内側に入った。
白川との距離が近くてなんかいい匂いがした。スポーツテストの時の橘もそうだったが、女子はみんないい匂いがするものなのか?
今のオレの匂いは多分汗臭いだろうな。
「さっきは助かった。えっ?」
白川に感謝の言葉を述べると白川の手がオレの首元に伸びた。
「いいから動かないで」
「あ、ああ分かった」
ち、近い。白川の息が顔にかかる。
カーテンの向こうから見たらオレと白川が何かいけないことをしているように見えているのではないだろうか。
そう思ったら体が熱くなってきた。違う。そうだ。これはきっと気温が高いせいだ。
「取れたわ」
「これは?」
白川の親指と人差し指との間に摘まれていた物は、黒色の円形の物体だった。これがオレの首元に付いていたらしい。
「発信機か?」
「そうみたいね」
ドラマなんかで見たことがある発信機に似ていた。発信機ということはオレの行動を知りたがっている人物がこの学校にいるということだろう。
今日接触した人物は限られている。武藤と瀧川先生、それと白川に玉城。白川は発見者だから対象から除外する。
この他にもすれ違いざまに付けられていたとしたら誰が付けたか分からないな。でも怪しい人物に心当たりがある。
「なんでこれがオレに付いているって分かったんだ?」
「気が付いたのはついさっきよ。玉城さんと話している時に彼女の視線が三刀屋くんの方に向いている瞬間が何度かあったから。その不自然な視線が私に違和感を持たせた」
「やっぱり玉城か。恐らくぶつかった時だろうな。でもなんで発信機なんか」
「それは私にも分からないわ。ただ玉城さんの単独犯ってことじゃなさそうよね」
白川の言う通り玉城の犯行に変わりはないが、だとしたら玉城にリスクが大きすぎる。
現に教室内を巻き込む揉め事にまで発展した。
玉城が自分で考え、独自に実行したのだとすれば目立ち過ぎだ。普通なら誰にも気付かれたくはないはず。
つまり玉城の背後に誰かいるということだ。それもいざとなれば玉城を切り捨てることまで作戦に組み込んでいる切れ者。
「考えていても分からないし、しばらく様子を見るか。白川、それ貰ってもいいか?」
白川が目を丸くしてオレを見る。
「三刀屋くん、分かってるの? あなたを何らかの形で狙っている人物がいるかもしれないのよ。危険よ」
「その誰かを突き止めるんだ」
オレの覚悟を感じ取ったのか白川が溜息を吐く。
「はあ、分かったわ。でも何かあったら連絡してちょうだい」
白川から発信機を受け取り、ブレザーの襟元に貼りつけた。
オレは知らなかった。この見えない相手との戦いが長く激しいものになっていくということを。
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