第三章4

「リィトさん、お弁当はちゃんと持ちましたか? ちゃんと歩きやすい服装ですね?」


「あぁ、問題無い。服はこれくらいしかないからな」


「でも私にはよくわからないんですけど、メルンってそんな服装で入れるんですか?」


 そう言われ、俺は自分の身体を見下ろす。

 機関製のシャツとスラックスだ。申し訳程度にサスペンダーを付けているが、別段問題があるようには思えない。


「近衛騎士様の制服は持っていないんですか? ドアマンの方に追い返されたりするんじゃないんですか?」


「いや、そんなことは無かったな。顔を覚えられているのだろう。制服も持ってきていない。ここでの暮らしに、あんな格式張った服は不要だ」


「“お姉様”は……、きっと服装になんか頓着しないですよね……」


「あぁ。“天使殿”は服がお嫌いだからな」


「むー……」


 なぜか頬を膨らませるミュリヤだが、俺にはその意図がわからない。


 いつも通りの俺の服装とは対照的に、ミュリヤはエプロンドレス姿ではない。


 町の外に出るせいか、おめかしをしているのだろう。

 背伸びをした濃紺色のドレス。胸元にはワインレッドのリボンが踊り、スカートの裾、濃紺の生地の下からは白のレースが覗く。腰の輪郭を強調するこのドレスは、職人の手で作られた逸品だろう。


 しかしその優美さを損なわせる、背負った学生鞄。

 皮の肩紐は短く、肩胛骨の辺りに密着する造りに改造された学生鞄だ。率直な感想を言わせてもらえば、非常に子どもっぽく機能性に乏しそうな鞄である。


「ドレスは良いのだが、その奇妙な鞄はなんとかならんのか……?」


 もちろん、彼女がそれを背負っている理由を知らないわけではないが。


「これは“お姉様”が私に用意して下さった特製の鞄なんです。この鞄がないと、背中の翼が目立ってしまうんですよ。これが今朝お話しした秘策なのです!」


 そう言って、彼女は窮屈そうに鞄を降ろし始める。「見て下さい!」と言って横向きになれば、背中の生地が翼に押されて僅かに浮いている。


「ほら、この鞄は背中と密着しないよう背に当たる部分が内側に凹んでいるんです。収納性は殆ど無いんですけど、この鞄がないとヴァンケットなんて歩けません!」


「ふむ。じゃあその右手の義手はどうする?」


「手袋を付ければ問題ないです。ドレスの袖も、それを見越して長めになってるんです」


 ぷりぷりと不機嫌そうに言うミュリヤだが、よく考えられたものだと俺は感心する。


 しかしそれらの工夫があっても、彼女たちが首都ヴァンケットに住むのは難しいだろう。常に鞄を背負うわけにはいかず、手袋を注視すれば義手の無骨さを完全に隠せているわけでもない。悪く言えば奇異な容姿の彼女たちは、この廃墟の町以外に住める場所などないのではないかと俺は思った。


 そうして俺たちは家を出る。


 もう寝ているであろうリナリスとシノに聞こえないよう「おやすみ、行ってきます」と玄関先で言うミュリヤと手を繋ぎ、俺たちはハンナットへと歩き始めた。

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