第52話 土地神様 その5

 ヴェルノは少し得意気に目の前の植物の説明をする。エーテルとは目に見えない力の事で、この事からもこの植物が土地神が受け取るべき力を奪っているのは間違いがなさそうだった。彼の説明によればこの植物がこの場所で繁殖しているのはおかしい事らしい。

 では何故そうなっているのか、ヴェルノはその事について考えを巡らせ始めていたけれど、いつきが知りたかったのは別の事だった。


「いや、危険かどうかって聞いたんだけど」


「人を襲う事はないよ」


 この返事にいつきは安心する。危険がないと分かると彼女の興味はこの未知の植物に注がれる。あちこち眺めたり触れるだけ触ったりとじっくり観察するその姿はどこか植物学者のようですらあった。


「お、果実が成ってるよ。食べられるのかな?」


 いつきが植物に成っている赤い果実に興味を示し始めた時、ヴェルノがもっと奥の別の存在に感付いた。


「ちょま、更に奥に何かいる!」


「え?」


「おい!それに触れるな!」


 それは植物に成っている無数の赤い果実のひとつを彼女がもぎ取った瞬間だった。はっきりした声で2人に怒号が飛んで来た。その声にびっくりしたいつきは恐怖のあまり大声で反応する。


「だ、誰っ!」


「俺はカムラ。それは俺の飯だ」


「か、カムラ……さん?」


 カムラと名乗るその存在は赤い果実を自分の食料だと言う。やがてゆっくりと2人の前に姿を表したカムラを見たヴェルノはその正体を叫ぶ。


「あれは……魔界の大蛇だ!何でこんな場所に!」


「ほう、向こうの世界の住人か、そんなヤツに会うのも久しぶりだな」


 そう、カムラは大きな蛇だった。そのフォルムこそ見慣れたこの世界の蛇と何ひとつ変わらなかったものの、この世界のどんな蛇よりもその体は大きかった。

 目前にまで迫って来たカムラを目にしたいつきはその大きさに圧倒される。


「うそ……すごく……大きい……こんなの見た事ない」


「だろうね。魔界の大蛇は神の成り損ね、全長20m30m当たり前だから」


「お前ら、何しに来たんだ?こんな所に」


 2人は目の前の大蛇に圧倒され、まさに蛇に睨まれた蛙状態になる。逆にカムラはこの招かざる客の存在に不機嫌な気持ちを露わにしていた。このまま何も喋らずにいるのはまずいと感じたいつきは何とか言葉を絞り出そうと頑張った。


「えぇと、この祠にちょっと用事が……」


「ここは俺の縄張りだ!帰れ!」


 住処を荒らされたと思い込んでいるカムラがいつきの言葉を聞き入れるはずもなく、二言目には2人を追い出そうと声を張り上げる。

 しかしそのまま彼の言葉を素直に聞いて帰る訳にはいかない理由が彼女にもあった為、精一杯の抵抗としていつきは彼に質問を投げかけた。


「あの、大地のエネルギーが弱まっているんですけど、どうしてだか分かりません?」


「何だと?お前、あの土地神の手先か何かか?」


「えぇ?」


 質問を質問で返されて彼女は返答に窮してしまう。カムラ自身が土地神と言う言葉を使った以上、彼は分かっていてこの事態を引き起こしている事は間違いない。


 だとすればここで下手な事を口にしようものならその憎悪の矛先は間違いなくいつき自身に向かってくるだろう。全長20m以上の巨大な大蛇に抗う術を今の彼女は持ち合わせていない。流れる沈黙は、しかし明確にある答えを必然的に導き出す結果になってしまっている事に今の彼女は気付けなかった。


「すぐに否定しないって事はそうなのか?」


「もし……そうだと言ったら?」


 カムラのその鋭い一言に逃れられないものを感じたいつきは覚悟を決めて言葉を返す。この一言によって現場の緊張感は更に密度を高めていた。


「生かしては返せねーなーぁ……」


 舌なめずりをしながらそう言葉を返す大蛇の狂気に当てられた彼女は生存本能を第一に考え、一緒にいたヴェルノにすら構わずに一目散に逃げ出した。


「や、あの、ごめんなさい!帰ります!」


「ちょ、いつき!」


 突然走り出した彼女を追いかけようとヴェルノもワンテンポ置いて追いかける。死に物狂いで前を走るいつきのスピードは恐怖心で魔導力が筋力をサポートしているのか、人の出すそれを遥かに超えていた。なので追いかける方のヴェルノも同じように魔法でスピードを上げなければならなかった。

 しかし、魔法強化してハイスピードで逃げているにも関わらず、速さはまだカムラの方が上回っていた。


「逃さねぇーんだなぁ」


「あの?どうして?」


 突然進路を塞いで自分達を逃がそうとしないカムラに対してどうしてそうするのかいつきは尋ねる。

 けれど目の前の大蛇は表情ひとつ変える事なく目の前の彼女を凝視するとその質問を無視し、自分の要求を口にする。


「お前らのプラーナも頂こうか」


「プラーナ?」


「生体エネルギーだよ。どうやらこいつは土地の力だけじゃなく、この場所に来た生き物もみんな食い散らかしているみたいだ」


 ヴェルノの説明を聞いた彼女は産まれて初めて死を意識する。その恐怖は人ひとりをパニックにさせるのに十分なものだった。


「う、うわーっ!」


 いつきの心の暴走は手にしていたステッキに伝わり、ステッキの力は暴走し魔導波動を周囲全体に撒き散らかした。カムラが無理やり拡張させていた祠にその魔導波動が乱反射し、その影響で建物が崩れ始める。

 やがてそれは連鎖的な破壊を呼び、視界を遮る程の土埃が発生する。


「ギャオオオオッ!何だこれはっ!」


 この突然の出来事にカムラはパニックになる。この混乱で身動きの取れない間に魔界の大蛇は崩れ落ちてくる祠の資材に埋もれていった。


「今だよ、いつきっ!」


「うんっ!」


 その混乱に乗じてヴェルノの合図をもとにいつきはまた走り出した。襲いかかるカムラから逃げ切る為に今度こそこの祠から脱出しようと、さっきよりも早く走ろうとする。

 そのカムラはと言えば、自身の体に積もった祠の資材を体を震わせながら跳ね除け、すぐに自分のお気に入りの場所を破壊したいつき達を追いかけ始める。


「お、追いかけてくるよっ!」


「そりゃ、当然……うわっ!」


 一生懸命逃げていたいつきは焦るあまりどこかで道を間違えてしまったらしい。違う道を選んでしまった結果、目の前の道は途切れていた。道は途切れていたばかりではなく、その先には巨大な穴が開いている。

 どうしてこんな場所に迷い込んでしまったのか2人が考えている内に、怒り狂ったカムラがものすごい勢いで迫ってくる。


「ふははっ!この場所は俺が支配している!そこまでだっ!」

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