第39話 第1接触 その5

「分からないよ!試せばいいんじゃない?」


 アスタロトの攻撃の防御にいっぱいいっぱいのヴェルノはいつきの質問に正しく答えるほどの心の余裕はなかった。そんな雑な返事を受けてヴェルノの精神状態を察したいつきはその言葉通りに試してみる事にする。彼女は右手を高く上げイメージを集中させた。


「よぉ~し!マジカルボォール!」


 マジカルボールはいつきの好きな魔法少女の繰り出す魔法技のひとつだ。この技は手のひらに魔法エネルギーを凝縮させてボール状の魔法弾を作り、それを敵にぶつける技。

 敵の作った空間とは言え、現実世界ではないこの空間ならもしかしてアニメと同じ事が出来るのではないかと彼女は考えたのだ。

 このいつきの様子を見たアスタロトは口元を歪ませて邪悪な笑みを浮かべる。


「ふん、お前に何が出来る?」


 アスタロトが笑った通り、いつきの上げた右手の手のひらには全く何の変化も起きてはいなかった。どれだけイメージを集中させても状況は全く変わらない。自分の思い通りにいかなかった事でいつきはプチパニック状態になっていた。


「な、何も変わらない、ただの異空間なだけだよここーっ!」


「魔女ごっこは楽しいか?小娘」


 焦るいつきを見てアスタロトは勝ち誇ったように笑う。そして彼の攻撃をただひたすら受け続けていたヴェルノに早くも限界が訪れたようだった。


「いつき、ごめん、もうあんまり持ちそうにない」


「嫌だ、嫌だ嫌だ!こんな所で死にたくない!誰か助けて!」


 もう何の手も思い浮かばなかったいつきは最後の手段で誰かに助けを求める。その声がどこにも届かない事を分かっていながらも、もうその位の事しか彼女に出来る事は残されていなかった。


「助けを呼んだ所で誰も来るものか!俺の作ったこの世界は人間界とは時間も空間も別の世界だ!」


「ギニャアアア!」


 いつきが悪足掻きをしている間もずっと攻撃に耐え続けていたヴェルノがついに限界を超えてしまったらしい。突然絶叫した彼は次の瞬間、その場で意識を失って倒れてしまう。倒れたヴェルノを抱きかかえたいつきは必死に彼の名前を呼び続けた。


「べるの!べるの!しっかりして!べるの!ねえったら!」


「別にお前には何の恨みもないが……」


 そんな状況を甘んじて見逃すアスタロトではない。ヴェルノを倒した事で目的のひとつを達成した彼は次にその攻撃のターゲットを目の前の魔法少女に切り替える。

 ゆっくりと動くアスタロトのその腕の動きがまるでカウントダウンのようにも見えて恐怖に押し潰された彼女は絶望の中で絶叫する。


「う、うわああああっ!」


 そんな時だった。いつきの危機を察した何者かがこの悪魔の作った異空間にやって来た。


「いつき殿ーっ!」


「な、何だ貴様は!」


 この突然の来客にアスタロトもまた驚愕の表情を浮かべる。自分の技に最大の自信を持っていた彼は、この空間に許可していない他の誰かが侵入してくると言う事態を全く想定してなかったのだ。

 アスタロトに正体を問われたその者はよく通る声でその質問に答える。


「某はいつき殿に命を救われた者!いつき殿を狙う貴様こそ何奴!」


「ほう、使える仲間もいるじゃないか。そいつに免じて今日は引いてやろう。どうせお前など俺の邪魔にすらならん」


 自分の作った異空間を破られた、その真実だけでアスタロトはあっさりと身を引いた。彼が消えた事で自動的に彼の作った異空間も消えていく。

 いつきは自分を助けに現れたこの見覚えのある侍に声をかけた。


「と、時政さん、どうして?」


「別れ際に言ったではござらんか。危機の時には馳せ参じると」


 時政はいつきの質問に笑顔でそう答える。時空跳躍能力を身に着けた彼だからこそ、アスタロトの作った異空間でも難なく現れる事が出来たのだ。

 助かった実感が今頃になって湧き上がって来たいつきは、涙を流しながら時政にお礼を言った。


「来てくれて有難う、助かったよ~」


「ところでアイツは何者でござる?」


 いつきはすぐにこうなってしまった事情を彼に説明する。彼女の説明なので多少認識の違う部分もあったけれど、時政はうんうんとうなずいて全ての言葉を受け入れていた。その上で心配そうに時政はいつきに尋ねる。


「あやつがまたいつき殿を倒そうとやって来ると言う事はござらぬであろうか?」


「私にもよく分からないけど、もう手を出さないって自分から言ってたから多分大丈夫だと思う」


「残念。自慢の剣技を披露する事が出来なかったでござるよ」


「あはは」


 時政のその言葉にいつきは笑う。彼女は命が助かったと言う事で、もうこれ以上の幸福はないと言う心境になっていた。安心したいつきは時政に別れた後の近況を尋ねる。


「戻った世界では元気にやってるの?」


「安心してくだされ。見ての通りピンピンしております故」


 時政はそう言うと剣を振ったり武道の型を示したりして自らの健在ぶりをいつきにアピールする。それを見た彼女は自然と笑顔になった。


「分かった。安心したよ」


 それから2人はお互いの近況とか世間話のような話をしばらく続け、情報を共有する。いつきとしては助けてくれたお礼に家でお茶でもご馳走しようと引き止めたものの、時政はそこまで世話になる訳にはと申し出を頑なに固辞。

 そうしてまた彼は元の時代に帰る事になった。


「ではまた何かあったらいつでも心の中で呼んでくだされ!某、時を超えて馳せ参じますぞ!」


「有難う、もしそんな事になったら絶対呼ぶからね」


 いつきに手を振られながら時政はまた自分の時代へと戻っていく。彼がいなかったら自分はどうなっていただろうと考えると、怖くて彼女は背筋が凍るのだった。


 その後、家に戻ったいつきはヴェルノを自分のベッドに寝かせ、様子を見守る事にする。流石に魔法生物を獣医に診せる訳にも行かず、彼女は彼の自然治癒能力が魔法ダメージから回復してくれる事を祈る事しか出来なかった。


「べるの……早く良くなってよ」


 ずっと眠るヴェルノを見ていたいつきだったけど、やがて緊張も解け、そのまま気疲れした彼女は眠ってしまう。無理もない、突然の理不尽な状況の連続に彼女がストレスを感じない訳がなかった。


 ヴェルノがベッドに寝かされて、それから4時間程時間が経過する。そうしてずっと眠っていた彼にようやく変化が訪れる。


「ふぁ~よく寝た!あ、いつき……」


 しばらく休んでいた事ですっかり魔法ダメージが体から抜けたヴェルノは、目を覚まして思いっきり背伸びをする。そしてすぐに周りを見渡して、自分がベッドで寝かされている事といつきが側で見守ってくれていた事を理解した。

 今日の事を思い出したヴェルノはアスタロトとの実力差を実感し、落胆する。


「もっと強くなって、もういつきに怖い想いはさせないようにしなくちゃ……」


 ヴェルノはアスタロトとまた会う予感を感じていた。それがいつになるかは分からない。

 ただ、もし再戦するような事になるとしたなら、少なくとも今日みたいな無様な結果にだけはならないようにしなくちゃと、決意を新たにするのだった。



「妖気多段斬!」


「ケンガにその技は効かんわ!」


「う、嘘だべ……?!」


 その頃、妖怪退治を任された忍者がその仕事の遂行に手こずっていた。何故なら自分の技の通じない妖怪と出会ってしまったからだ。

 このままでは勝ち目はないと踏んだ忍者は、敵の反撃が来る前に素早くその場を離脱する。逃げ足の素早さも忍者の立派な才能なのだ。


「流石に今回は参ったべ~」


 困った忍者は以前の仕事で出会った不思議な少女の事を思い出していた。正攻法が通じないなら別の方法を使おうと、忍者はその少女に仕事の手助けをして貰う算段をつけ、意気揚々と彼女の元へと向かうのだった。

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