まさかの忍者
第15話 まさかの忍者 その1
「さぁて、これは上に報告するべきかどうか?」
いつきを盗撮していた存在はそうつぶやいた。どうやら彼はどこかの組織に所属している構成員らしい。見た目はさわやかな好青年って言った感じだけど、その気配を消す能力は常人離れしたものを持っていた。盗撮が仕事っぽいから当然だろう。
どうやら彼はいつきが危険かどうかを調べているらしかった。危険と判断されたらどうなるのかは分からない。多分
ひとしきりいつきを観察したその男はその後、余り大きな動きがなかったので一旦この作業を終える事にしたようだ。
「やっぱりもう少し観察が必要だべな……。あの者が怪しい者ならば退治せねばならん」
男はそう言うとまた夜の闇に紛れていった。その手際は素早く、見事と言う他なかった。彼が去った後にはいつもの夜の街の気配しか残されてはいない。
一体あの男は何者なのか、今後いつきの前に現れるのか、現時点では全く予想もつかない話ではあった。
次の日は日曜日。この日は珍しく朝早く起きたいつきが珍しく寝坊のヴェルノを起こすと言う逆転現象が起こっていた。
「べるのー!」
「何だよ、今日は日曜なんだから寝かせてよ……」
いつきを起こす約束から開放された休日、ヴェルノはいつもゆっくりと眠っている。この日も彼は早起きなんて全然する気もなく、10時までは寝ようとそのつもりでいた。だからいつきに朝の8時過ぎに起こされるなんて想像もしていなかった。
起こすのは得意でも起こされるのは苦手――とか、そんな事もなく、ヴェルノはいつきの強引な揺さぶり攻撃に嫌々目を覚ましていた。
そんな嫌そうな顔をまじまじと見ながら、いつきは目を必要以上に輝かせて彼に話しかける。
「今日だよ!魔法少女のアニメやってるの!」
そう、いつきはヴェルノに魔法少女を見せようとしていたのだ。
魔法少女と言ってもアニメによって様々なパターンがあって、そのどれも正解ではあるんだけど、彼女がヴェルノに見せようとしているのはその中でも一番オーソドックスな日曜朝の魔法少女アニメだった。
いつきは毎週このアニメを見ているんだけど、まだヴェルノにちゃんとした魔法少女の説明が出来ていない事を思い出した彼女は、今日こそ彼にこのアニメを見せようと朝から張り切っていたのだ。
「そんなのいつきの説明聞いたからそれで十分だよ……」
もっともっと眠っていたいヴェルノはそう言って目を閉じようとする。
けれどそれを安々と許すいつきではなかった。両手を使って強引に顔を自分に向けさせると、じっと彼の目を見つめ、真剣な顔で説得する。
「話だけじゃダメだよ!実際に見ないと!」
「折角朝寝坊出来るんだから寝かせてよ」
この真剣な迫力を前にしてもヴェルノにとっては睡眠の方が大事らしかった。彼は小さくあくびするとまたウトウトとまぶたを閉じようとする。
言葉で彼を説得するのが無理と悟ったいつきはにやりと笑うと、物理的手段でヴェルノを起こそうと手をワキャワキャと動かした。
「だーめー!そーれくすぐり攻撃じゃあ!」
ヴェルノはこのいつきの動作を見てやばいと思って一瞬体を硬直させる。
けれど時すでに遅し……彼は彼女のくすぐり攻撃を受けて眠気が吹っ飛んでしまう。その後もくすぐりは続き、苦しさで過呼吸になる始末だった。
「やめて!やめてよ!起きるから!」
すっかり眠気の吹き飛んだヴェルノは彼女の魔手から逃れようとしてその場からジャンプした。そんな彼をいつきは追いかける。
そんな遠目にはペットと飼い主のスキンシップにしか見えないこのやり取りをずっと眺めている影があった。
「あれからあの侍は一向に出てこんなぁ。やっぱりあの娘が何かしたんだべか?」
そう、昨日も彼女を監視していたあの男だ。あの仕事は夜だけかと思ったら朝っぱらからも観察を続けているようだ。何とも仕事熱心な事で。
朝早くからの監視でも男の気配の消しかたは特筆すべき物があった。流石それを生業にしているだけあって見事に気配を消している。
いつきの家から300m離れた場所から彼女達の様子を裸眼で詳細に観察出来ているのも、また彼の驚異の能力だった。
「分かったよ、もう、見ればいいんでしょ見れば」
いつきの攻撃に観念したヴェルノは、彼女と一緒にテレビを見る事にした。この決断に彼女は満足そうに頷いていた。
ニコニコ笑顔で彼を捕まえて今度は体を優しく撫でながらいつきは言う。
「そうそう、百聞は一見にしかずだよ!」
2人は仲良くテレビのあるリビングへと向かう。彼女がTVをつけるとちょうど前の番組が終わるところだった。
2人はリビングのソファーに仲良く座って魔法少女が主役の番組が始まるのを待つ。しばらくCMが流れた後、次の番組が始まった。
始まってすぐにヴェルノが後ろ足で顔を掻きながらいつきに質問する。
「このアニメ?」
「そ、見ていて、かっこかわいいんだから!」
かっこかわいい――それがかっこいいとかわいいを合わせた造語だと言う事をヴェルノはすぐには理解出来なかった。この聞き慣れない言葉に対して脳内翻訳に少し時間がかかってしまったようだ。
それから彼はこのアニメについてもう少し詳しく聞こうとしたものの、彼女が余りにも夢中になって画面に集中しているので、何も喋りかけられなかった。
それに見ていると何となく筋は分かるもので、どうやら主人公の女の子2人組がその魔法少女らしかった。画面の中で彼女達は一般的なスクールライフを楽しんでいるようだ。そこにはマスコット的な動物も出ていて、当然のように主人公達と会話をしていた。しかもこの動物が喋れるのは一般的には秘密と言う事になっているらしい。
ヴェルノはいつきが自分をどう見ているのかこのシーンを見て分かった気がした。
話は進んで主人公達を狙う悪者が登場した。彼は悪魔を召喚して主人公達を襲わせる。すでに画面に見入っていたヴェルノは主人公のピンチについ叫んでしまっていた。
「ああっ!バケモノが出現しちゃったよ!ピンチじゃん!」
このアニメを初めて見た彼はこの作品のお約束を知らない。だからこのピンチを本当にハラハラしながら見ていた。
けれど流石に幼い頃からシリーズを通して見て来て全てのお約束を知っているいつきは違う。ハラハラしているヴェルノに対して、興奮しながらこの先の展開を身振り手振りを加えて説明した。
「ここで出てくるのよ!魔法少女が!」
「うわっ!本当だ!変身したね!」
主人公達がピンチになった次の瞬間、このアニメで評判の変身シーンが流れた。流れる光が彼女達を包み込み、普通の少女がキラキラ衣装に変身する。
最後に空中に放り投げたステッキをもう一度掴んで変身は終了した。
「すごいでしょ、これが本物の魔法少女よっ!」
「いつきの言っていた事がやっと分かったよ……アニメの世界の話だったんだね」
「う……うん。そうなんだ」
冷静に分析されていつきは少し焦ってしまった。この歳でアニメの世界に憧れるっておかしいとか、そう言う返事が帰ってくるかなとそう思ったからだ。一応彼女にもそう言う自覚はあるらしい。
けれどヴェルノは全然そんな風には思っていなくて、彼からいつきへのきついツッコミは返って来なかった。
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