いにしえの侍
第11話 いにしえの侍 その1
桐生時政は時空を彷徨う侍である。彼が何故そうなってしまったのか、彼自身全く身に覚えがない。
彼は戦国時代に時空の歪みに巻き込まれ、多くの仲間と共に異次元を彷徨う事となってしまった。
歪みに巻き込まれた当初は多くの仲間が側にいたが、やがて1人減り、2人減り、いつしか彼の周りには誰もいなくなってしまった。
彼から去った彼の仲間達が今どうしているか、彼は知らない。彼自身が今後どうなるのかも分からない。
ひとつだけ確かな事は、時政が今いつきの住む街に現れたと言う事だ。彼といつきは関わりあう事になるのだろうか……。
それはまだ分からない。ただ、何かが起こるかも知れないと期待してしまうのはそんなに不思議でもない気がしていた。
魔法少女と侍、この普通なら決して交わる事のない2つの存在が交わった時、そこにどんな化学変化が現れるのだろう。
「某はどこに来てしまったのだ……」
時政は焦っていた。仲間とはぐれ、ひとりになって異世界に足を踏み入れる。実は彼にとってそれは決して珍しい事ではない。
今までに7つの違う時間軸の世界を彼は体験していた。どの世界でも彼は異質の存在であり、最終的にはその世界を追われている。
今回いつきの世界に現れたのもそこに深い理由はなく、ただ気まぐれに次元に穴が開いてそこから押し出された結果に過ぎない。
では何故時政が焦っているのか、それは――。
ぐうううう~
そう、これは腹の虫が景気良く鳴く音だ。時政は腹を空かしていたのだ。腹が減っては戦は出来ぬとはよく言ったもの。
初めて見る現代社会の様相に彼は全く対応出来ないでいた。彼が体験したそれまでの7つの世界とはまた全然違うこの世界で、時政はうまく食料を手に入れる事が出来ずに困窮していたのだ。
「どの世界にもどこかには同じ境遇の者がいるはず……。この街にもいない訳がないはずでござるが……」
時政が探しているのは所謂ホームレスの人々だ。この世界の通貨を持たない時政は、同じくお金を持たずに生活している人々を頼りにしていた。彼らなら、この異世界から来た風変わりな侍とも偏見なく付き合ってくれるだろうと。
実際時政が過去に訪れた7つの世界では、まずその世界のホームレスと知り合う事でその世界の情報を得ていた。
しかしいつきの暮らす街は街全体が少しばかり豊か過ぎた。ホームレスが中々見当たらないのだ。
彼はひたすらにホームレスを探して歩き続けた。その内歩き疲れてほとほと体力を使い果たしてしまった。
「む、無念……」
お腹が空き過ぎて動けなくなった時政は、道の真中で倒れてしまった。ああ、誰か彼を助ける者はいないのか。
ただ、運が悪くこの時間は真夜中だった。街灯も少ない人通りの少ない道の真中で人が倒れても気付かれる事はまず稀だろう。
いつきの住む街はそれなりに豊かではあったけれど、寂しい所はかなり寂しかった。
残念ながら、このままだと時政が発見されるのは夜が明けてからになるだろう。6月が近いとは言え、夜ともなればかなり気温は冷える。
このまま倒れていたら体を悪くするのは目に見えていた。おまけに空腹だ。最悪の結果すら予想から外す事は出来なかった。
「……!人が倒れてる!」
そんな絶望的な状況の中で、彼に気付いた人物がいた。その人物は倒れている時政を抱きかかえて自分の家に運び込んだ。
「また~何拾って来てるんだよ」
「だって、この人死にそうだったんだよ!初めて会った時のべるのと同じだよ!ほっとけない!」
もう説明は不要だと思うけど、時政を拾ったのはいつきだった。たまたま空の散歩中に彼を見つけたのだ。
ヴェルノは彼女のこの行為に苦言を呈していた。どう見てもまともじゃない身なりをした人物を、何の警戒心もなく家に上げるなんて信じられないと言うのが彼の弁だった。
「さっき額を触ったらこの人熱を出しているみたいなんだよね。べるの、治せない?」
「こっちの話も聞いてよ……。ただの発熱ならその内回復するんじゃないの?でも変な病気にかかってたらまずいね」
「そう言うの、分からない?」
いつきの困った視線がヴェルノに突き刺さる。それで仕方なく彼は時政の額に右手を乗せた。プニッとした肉球が時政の体の中のエネルギーの流れををスキャンしていく。魔法生物はこうする事で大体の体の調子が分かるのだ。
「うん、この症状は疲れから来るものだね。病気ではないよ」
「そっか、良かった」
いつきがヴェルノの報告を聞いて安心していると、彼女の部屋のドアが予告なしに勢い良く開いた。
「あんた、また!今度は侍って聞いたけど……。あら結構イケメンじゃない」
「お母さん……この人は」
「話はお父さんから聞いているよ。この人が元気になるまでだからね」
「ありがとう」
いつきの母親は多くを聞かず、ただ現状の確認に来ただけだった。今の状況を一目見ただけですぐに彼女は理解した。今ベッドに寝かせられている時政が危険な存在ではないと言う事に。こう言う時の勘には自信があるいつき母だった。
言いたい事を言い終わると、彼女はまたすぐに部屋を出て行った。
「さて、久しぶりに床で寝るかな」
いつきは布団を運び込もうと部屋を後にした。お客さん用の布団を自分の部屋に運んで今日はそれで寝るらしい。
その準備の間、時政と2人きりになったヴェルノは彼の寝顔をじいっと眺めていた。
「しかし、こいつからは異次元跳躍症の匂いがする……だとしたら……」
やがて布団一組分を抱えたいつきが部屋に戻って来た。その顔はどこか嬉しそうに高揚している。
「床で眠るの久しぶり~♪べるのも一緒に入る?」
「え?いいの?」
このいつきの言葉を聞いてヴェルノは顔がパァァ!と明るくなった。布団で眠るのは猫にとっての至福。魔法生物のヴェルノも例外ではなかった。
「今日だけ特別だよ~♪」
テンションの高いいつきに勧められて、ヴェルノは彼女の眠る布団の中に一緒に潜り込んだ。普段は要求しても拒否されていたから、これはチャンスと彼は布団の奥へともぞもぞと潜り込んでいく。布団といつきの体温に暖められてヴェルノは夢心地のまま眠りについた。
その頃、時政は悪夢に悩まされていた。夢の中での彼はどこまでも続くループする世界をあてどなく歩いていて、限りなく消耗していた。
仲間が誰ひとりいない孤独の中で、何も起こらない夢の中は世界そのものが牢獄のように感じられていた。
「うわああああ~!」
彼が悪夢から自力で脱出した時、見慣れない部屋で寝かされている現実を知る。
「……一体ここはどこでござる?」
時政が改めて状況を確認する為にキョロキョロと周りを確認すると、彼をじいっと見つめる一組の瞳に気付いた。
「な、何奴っ!」
「それはこっちの台詞だよ。一体君は誰なんだい?」
「ね、猫が喋ったあぁァァァ!」
初めてヴェルノに出会った人物は大抵同じ反応をする。そしてそれは時政もまた例外ではなかった。
お約束の反応に辟易しながらも、ヴェルノは改めて自己紹介を挟みつつ同じ質問をする。
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