まほろばの月
化野 佳和
序章
望月直斗は、自分が夢を見ていることに気が付いた。
目の前には満月が映る湖。
その水辺に大きな桜の木が一本、花弁を舞い踊らせながら立っている。
今は夏だ。
昨日、ようやく梅雨が明けたのだと聞いていた直斗は、満開の桜を見てこれは夢だと確信した。
ひらひらと散ってゆく桜をただぼーっと見つめていた直斗は、湖の真ん中に影があるのを見つけた。
目を凝らして見てみると、それはどうやら人のようだ。
その微動だにしない人影に声を掛けることはせず、傍観することにした。
聞こえるのは風の音と、その風に散ってゆく花弁の音だけだった。
突然、ひときわ強く風が吹くと、直斗は思わず目を閉じた。
次に目を開けたとき、湖の真ん中にあった人影が消えている。
直斗は弾かれたように、湖へと身を投げた。
何故自分がこんなにも必死なのか、自分でも解らない。
しかしただひたすらに水を掻き、湖の真ん中を目指した。
辿り着いたそこには白い羽織が浮かんでおり、ひと際目を引く金の刺繍がまるで夜空に浮かぶ月でも映したように施されていた。
丸く縁取られた円の中には鎌首をもたげた蛇がおり、その尾はとぐろを巻くようにして三日月を抱えている。
また、強い風が吹いた。
その風に舞い上げられた桜の花弁が、花吹雪となって直斗の視界を奪う。
やっと桜の吹雪がおさまると、白い羽織が水の中に沈んでいくところだった。
白い羽織がだんだんと闇に飲まれていく様を眺めていると、ふと名前を呼ばれている気がして振り返る。
しかしどこを探しても、誰の姿も見当たらなかった。
ふとまた羽織に視線を戻すと、そこにはもう何もなかった。
何故だか残念に思った直斗は、月夜を仰ぎ見る。
するとまた声がした。
今度ははっきりと呼ばれているのが判る。
その声が誰のものなのかもはっきりとしている。
その声に応えようと身をひるがえしたところで、水が動いた。
何かいるのかと下を向いた途端、直斗の身体は湖に飲まれ――そこで目を覚ました。
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