草林拓真ー5
ある日広樹は警備隊の詰め所に呼ばれていた。詰め所の入り口で用件を話すと、三階建ての詰め所の一階、八畳ほどある応接室に通され、真ん中に置いてある応接セットの、広樹から見て右側の椅子に腰かけた。しばらくすると四〇代半ばくらいの期待挙げられた筋肉を輝かせる隊員が入ってきた。広樹はその姿を見ると椅子から立ち上がって一礼をした。
「はじめまして、国家機関警備部隊隊長の田嶋翔平と申します。この度はお忙しいところお呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした。どうぞ、楽になさってください。」
そう言うと広樹に座るよう促し、広樹は椅子に座ると、翔平も向かいの椅子に座る。ややワンテンポ置いて翔平は口を開いた。
「今回お話したかったのはうちの草林隊員のことなんです。」
広樹はその名前を聞いて目を見張る。
「うちの草林隊員がこの度退部することになりまして。」
「退部…ですか?」
広樹は様々な考えが頭を巡った。
「もしかして…クビ…になったのですか?」
広樹は拓真の上司からの嫌がらせがエスカレートし、ついには追い込まれてしまったのではないかと考えた。
「いえ、自らの希望です。彼からは大まかの話は聞きました。草林隊員は心に大きな傷を背負ってしまったようです。このままでは彼自身の希望で面談を行った結果退部する運びとなりました。」
それにしても心の傷とはやはり上司達からの嫌がらせが続いたことなのだろう。
「そう…なんですか。」
そうして翔平は何かを考え込むように一度目を細め、考えを巡らせているようだった。
「そこで…晴山研究員に人としての頼みごとがあるのです。」
広樹は一体何だろうかとじっと翔平のことを見ていた。
「草林隊員…いや、草林拓真君の退部後のことなのですが、彼はここを出てしまえば行く場所がありません。」
広樹はその言葉に眉を顰める。
「草林君には両親がいません。赤ん坊の頃から施設で育ってきたんです。」
「施設で?両親は…亡くなった?」
広樹は眉を顰めたままそう言う。
「いえ、亡くなったかどうかは分かりません。まだ赤ん坊の草林君を両親は施設に置いて行ったのです。どこの誰が置いて行ったかもわからない、名前さえもない赤ん坊でした。運悪く里親も見つからず、草林君はずっと施設で育ってきたんです。」
広樹は直ぐに引っかかった。
「ちょっと待って下さい、じゃあ草林って言うのは。」
「施設の園長苗字です。まあ、その園長が里親のようなものだったのですが、そこの園長も何人もの子を預かっているわけですから、仮の苗字と言ってもいいでしょう。その草林君は、中学を卒業し、自ら学費を稼ぎながら高校へ通い、ここへ入隊したのです。そこで、晴山研究員にお願があるのです。」
広樹はじっと翔平の顔を見る。
「大変唐突なことを言っているのは承知の上でお願いをします。晴山研究員に草林君の親…いや…兄弟替わりとなって頂けないでしょうか。」
広樹は目を丸くする。
「彼はここを出ると行く当てもなく、社会にもまともに出たことがありません。身内さえもいないので、頼れる人がいないんですよ。そこで草林君からあなたのことを聞きました。草林君はあなたのことをまるで兄のような存在だと、あなたの話をすると表情が一変するんです。とてもよくしてくださったのですね。ありがとうございました。」
「いえ…。」
広樹は少し考え込んでいた。
「晴山研究員…やはり…無理なお話でしたか…。」
「いや…実は…僕も彼のことは弟のように思っていました。」
「そう…でしたか。」
翔平は少し安堵したような表情を見せた。
「僕にも弟がいました。不慮の事故に遭い今はもう…。生きていれば草林君と同じ歳でしたから。」
「それは…。」
翔平は安堵した表情の中でなんと声をかけようか迷っているようだった。
「良いですよ。草林君…僕が引き受けます。ここを出たら、うちに連れていきましょう。彼が同意してくれるなら。」
翔平の表情は一気に明るくなり、今度こそほっとした表情になる。
「そうですか…良かった。彼のことは僕もかなり心配をしていましたから。素直でいい子なのですが、どこか彼の心には深い傷…と言うよりは闇のようなものを感じます。このまま当てもない彼をここから出すのはとても心配でした。本当に感謝します。」
それから広樹は拓真を引き取ることにし、拓真は退部後広樹のところへと行った。広樹も拓真もそれからは本当の兄弟のように暮らし始めたのだった。
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