最終話「終わりと始まりの時」

 その後美咲さんは順調に回復していき、年明けに退院して静養していたが、3月に入ってから「リーフ」を再開した。


 それ以前、ちょうど美咲さんが退院した頃に僕は会社に辞表を提出した。

 理由は「一身上の都合」と書いたが、課長に呼ばれて会議室で二人だけになった時に「本当は何だ?」と聞かれたので包み隠さず話した。

 

 彼女がやってる花屋で一緒に働きたい、そして、と。


 僕が話し終わると課長は少し残念そうな表情で

「篠田君には期待してたし引き留めようかとも思ったが……わかった、頑張れよ」

 僕の肩をポンと叩いてそう言ってくれた。


 そして最後にちょっと騒動があったが、まあ無事に退職して今は「リーフ」の店員である。


 再オープン初日は行列ができる、という程でないものの朝から晩までお客さんが絶えず、皆笑顔で美咲さんが帰ってくるのを待ってたと言っていた。

 

「あ、健一君と美咲さん、婚約したんだってねえ。おめでとう」

 肉屋のおばさんがそう言ってくれた。

 

 そう、僕達は……結婚はまだ先の事。

 美咲さんのご両親は賛成してくれたが、「ただし花屋の店員として一人前になってから」と笑いながら言われた。

 たしかに僕が役立たずじゃねえ。

 

 それからなんとか頑張ってそれなりの事はできるようになり、一年後の六月に僕達は結婚した。




 そして、現在。

「本当にあの時のようだね」

「ええ」

 柔らかな風が吹き、桜の花びらが舞っている。

 

 あの時の雪のようにゆっくり、ゆっくりと。


「……あれから何にも起きないな」

 以前までの事が嘘みたいに、本当に。

「ええ。きっとあの時に」

「そうだね。あの時に」

「そうそう。ね、そう思うよね~?」

 美咲は大きなお腹をさすりながら言った。

「あの時は二人でって言ったけど、もう三人になっちゃったね」

「ええ、そしてずっと」

「うん。一緒に」




 僕が人を好きになったらその人は。

 だから僕は……と思った事もあった。


 でも違った。


 どんなに暗く長いトンネルだったとしても、諦めず進んでいけばいい。

 

 時には誰かが道を示してくれる事もある。


 誰かが一緒に歩いてくれる事もある。 


 そうすればやがて出口が見えて、明るい道を進んでいけるとわかった。

 

 そしてあれが僕の「終わりと始まりの時」だったと、今は言える。 




 完

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