第14話「心の中で呟いた」
翌日の昼休み。
僕が会社の休憩室で一人塞ぎこんでいると、香織さんがいつもの調子でやって来た。
「ねえ健一君、なんかまた元気ないわね。それならあたしとどっか行こうよ。楽しいわよ~」
全く毎回毎回・・・・・・ほっといてよ。
「ねえ、聞いてるの? ねえ」
うるさいよ・・・・・・もう!
僕は顔をあげ、彼女を睨みつけ
「あのさ、なんで僕なんかを誘うのさ。僕なんて顔も性格も大したことない。香織さんは美人なんだし他の誰かと行けばいいじゃんか!」
苛ついたせいか、声が大きくなっていた。
すると
「あんたがその『美人』とやらに一向に靡かないからよ」
「え?」
何だそれ?
「あたしってね、今まで落とせなかった男はいなかったのよ。でもあんたは私が何度誘っても・・・・・・だからこれはあたしの意地なのよ。いつかあんたを」
そんな理由でかよ。
「無駄。僕は香織さんとは行かない」
「ふん、諦めないわよ絶対に」
香織さんは不機嫌な顔して去っていった。
もし僕と付き合ったらね、たとえそんな理由だったとしても・・・・・・
だから悪い事は言わない、諦めて。
僕は心の中で呟いた。
------
あたしは歩きながら心の中で呟いた。
ううん、本当は少し違うよ。
あのね、実はあたしとあんたが最初に会ったのって入社式じゃないの。
あれはあの大震災が起こった後だった。
当時あたしは埼玉に住んでた大学生だった。
発生から二日後の朝、お母さんから古河に住んでるおばあちゃんと連絡がつかなくなった。自分達も行くがあたしが一番近いところにいるから先に行ってくれ、と電話があった。
もちろんおばあちゃんが心配だから行く事にした。
でも、駅まで行くと電車は止まってた。
当時のあたしは車持ってなかったしタクシー乗り場を見ると大行列・・・・・・
けどしかたないので並ぶことにした。
並んでから一時間位経った後、お母さんから電話があった。
「自分達もいつ着けるかわからない」と。
それから電話を切って前を見るとタクシーが出た後であと一人、というところだったけど、次のタクシーがいなかった。
あーもう!
次のが来るまであとどのくらい待てばいいのよ!
と思った時、前にいた人が声をかけてきた。
その人こそ健一君だった。
「すみません、聞くつもりじゃなかったんですが聞こえちゃって・・・・・・そちらの目的地は僕の目的地の途中だしよければ相乗りしませんか?」
ちょうどその時タクシーが来たので、お言葉に甘えて相乗りさせてもらう事にした。
健一君は栃木まで行くと言った。理由は聞かなくても表情を見て察した。
あたしと同じ、って。
タクシーに乗ってる間、あたし達は何も喋らずだった。
そして一時間くらいであたしの目的地に着き、支払いしようと持ってた鞄の中を見て血の気が引いたわ。
(しまった、財布忘れた)
あたし慌ててたから・・・・・・どうしようかと思っていると
「あの、僕が全部出しますからいいですよ」
健一君がそう言った。
「え、でもそれは悪いですよ!?」
あたしは慌ててそう言ったが
「いや、どうせついでですしお気になさらずに。それより早くおばあさんのところに行かないといけないんでしょ?」
「あ、すみません。ありがとうございます!」
またお言葉に甘えさせてもらって急いでおばあちゃん家に走った。
その途中で「しまった、連絡先聞くの忘れてた」と後悔したわ。
幸いおばあちゃんは無事だった。聞くと電話が運悪く故障しただけだった。
その後、落ち着いてから思ったわ。
あの人はたぶん、大切な誰かが相当やばい状況だったはず。
それなのに赤の他人に気遣いできるなんて。
こんな人、あたしは他に知らなかった。
できればまた会いたいなって……。
それから二年後、入社式で会った時すぐわかったわ。
あの時の、って。
ホント嬉しかった、また会えて。
そしてあの時のお礼を言おうと思ったら「初めまして」って。
あんたはあたしを覚えてなかったのね。
いや、言えばいいんだろけどさ、なんか凄くムカついてあたしも「初めまして」と言って。
それからあたしは決めた。
こいつ絶対に落としてやる、本気で、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます