第10話「彼女との始まりだった」

 あれは五年前、母さんの四十九日が終わった日だった。


 その時は大阪に住んでいる母さんの姉である伯母さんと、その夫である伯父さんが家に来てくれていろいろ助けてくれたんだ。


 そして伯母さん達を駅まで見送りにいった時、改札前で伯母さんが話しかけてきた。

「ごめんね健一君。私達がもっと側にいてあげれたらいいんだけど」 

 やはり姉妹だな、顔も性格もそっくりだよ。


「伯母さん。僕はもう二十歳なんだし、大丈夫だよ」

 僕はなんとか笑いながら言った。


「そうだったわね。でも無理しないでね。困った時は連絡してね」

「うん。ありがとね」


 そして伯父さんも話しかけてきた。

「健一、すまん。俺がもう少し早く気づいて手を打ってれば健太郎けんたろうは、そして真美まみさんも」

 伯父さんは心底落ち込んでいるようだった。


 健太郎は僕の父さん、真美は母さんの名前。


 聞けば父さんと伯父さんは親友だったらしい。

 だからなのか僕と会う度にそう言ってくる。

「伯父さんのせいじゃないでしょ」

 きっと僕のせい。


「ああ、気を使わせてすまん。じゃあ健一、俺達は帰るわ」

「うん。気をつけてね」


 そして二人と別れ、商店街を抜けて家に戻る途中だった。

「あの、すみません」

 後ろから声をかけられた。


 振り返ってみるとそこにいたのは、白いロングダッフルコートを着た女性だった。

 黒いセミロングヘアで眼鏡をかけていて、おとなしそうな雰囲気。

「はい、何か?」

「えと、実は」

 彼女はこの近くにある大きな神社に行こうとしていたが、どうも道がよくわからなくて困っていたところ、側を通りかかった僕に尋ねてきたらしい。


 でもなあ、あそこは大通りを歩いて行けばすぐわかるはずだが?

 

 まさかこの人、道を教えてくれたお礼にどこかで、とか言ってホイホイ着いて行ったら小指のないお兄さん方がいて身ぐるみ剥がされて、とか。


 僕がそう考え込んでいると、それを察したのか

「あ、すみません。不審に思ってますよね」

「え、いやあの」

「実は私、目が悪くて。全く見えない訳じゃないのですが」

「え?」

 よく見ると彼女は右手に白い杖を持っていた。


「あ、失礼しました。あの、僕でよければ案内しますよ」

「え、いいんですか? それはご迷惑じゃ?」

「いえいえ、大丈夫ですから」

 こうして僕は彼女に付き添って神社に向かった。


 道すがら彼女と話していると、どうやら彼女は栃木の小山から電車でここへ来たとの事だった。

 本当はお姉さんが一緒に来る予定だったが、急な仕事が入って来れなくなったので一人で来たと。


 しかしそれなら無理せずに違う日にすればいいのに。

 どうしても行きたかったとしても、他に誰かいなかったのか?


「以前は四歳下の弟が付き添ってくれてたんですよ」

 彼女はまた察したのか先に言ってくれた。


「そうだったんですか。あの、今日は弟さんは」

「去年亡くなりました」

「え?」

 僕は驚いて彼女を見た。

「弟は車に轢かれそうになった幼馴染を助けようとしたそうです。けど間に合わず、弟も反対車線から来た車に轢かれて。まだ十六歳だったのに」

 彼女は俯きがちに言った。


「あの、すみません」

「あ、いえ私こそこんな事言ってすみません」


 その後はあまり喋らずに神社への道を歩いた。




 神社にお参りした後で

「あの、ありがとうございました。後は」

「帰られるのでしたら駅まで送りますよ」

「え、でもそれは」

「もうこの際ですし、遠慮しないで」


 駅に着いて

「本当にありがとうございました。おかげで助かりました」

 彼女は軽く頭を下げて礼を言った。


「いえいえ、じゃあ僕はこれで」

「……あ、あの」

 彼女が僕を呼び止めてきた。そして

「よろしければお名前を。私は神埼美幸かんざきみゆきといいます」

「あ、僕は篠田健一といいます」

「篠田さんですか。あの、またご都合がいい日に会ってもらえますか?」

「え」


 それが彼女、神崎美幸こと「みっちゃん」との始まりだった。

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