第16話「背中を押してくれた」
え、どうして?
香織さんが何で?
「駅へ行く途中で偶然あんたを見かけたのよ。あんたの様子がおかしかったからさ、悪いとは思ったけど後をつけてたのよ。そしたらあんた……」
そうだったのか。何て間の悪い……。
「ねえ、何があったの?」
香織さんは僕の腕を掴んだまま尋ねてきた。
「関係ないだろ。ほっといてよ」
「ほっとけないわよ! あんたが死んだら悲しむ人がいるでしょうが!」
「そんな人いやしないよ。それに僕はいない方がいいんだよ」
「何言ってんのよ! あんたには美咲って子がいるんでしょ!? それにあんたがそんなじゃご家族や『みっちゃん』は浮かばれないじゃない!」
香織さんが大きな声で……え?
「どうしてその事を!?」
だってこの事は誰にも言ってないのに?
「あ、ごめん。実はさ」
香織さんはあの時偶然病院から出ていく僕を見かけたそうだ。
何でもあの病院には香織さんの友達が入院していて、そのお見舞いの帰りだったって。
そして声をかけようかと思った時、僕の独り言が聞こえたそうだ。
「……あの時はどう言っていいかわからなくて、後ろでそのまま聞いてるだけだった。ほんとごめん」
「いいよ。じゃあ知ってて、それでも僕に?」
だって僕に関わるとさ、わかってる?
「あんたはほんと悪い偶然が重なりすぎただけよ。でもさ、そんなのいつまでも続くわけないでしょ!」
僕もそう思いたかった。けどさ
「……ここまで来たら偶然だと思えないよ。ねえ、早く僕から離れてよ。でないと香織さんまで死んじゃ」
その時、乾いた音が辺りに響いた。
香織さんが僕の頬を叩いたってわかるのに少し間があった。
「あんた本当優し過ぎるのよ。だってあの時あたしに話しかけなかったらもっと早くみっちゃんのとこに着いたはずでしょ?」
香織さんが僕を睨みながら言ったが
「え、あの時って?」
「わからない? ほら、あの震災の時タクシーに相乗りした」
「……え、ええ!?」
ま、まさかあの時の女性が、香織さん?
「やっと思い出してくれたのね」
香織さんは少し笑みを浮かべた。
「う、うん。顔なんて覚えてなかった」
「そうよねえ、入社式の時に初めましてだったもん」
「ごめん。あ、あの」
思い出して気になった事を聞こうとすると、
「うん、おばあちゃんならなんともなかったわ。んで今でもピンピンしてるわ。当分お迎えは来なさそうね」
香織さんが先にそう言った。
「はは、それはよかった」
「で、どうするの? 美咲って子のとこに行かないの?」
香織さんは両手を腰に当て、「嫌とは言わせないぞ」って雰囲気を出した。
「それは……」
僕は俯きながら思った。
だって……そうすると。
「なんならあたしが引きずっていこうか?」
……う、それは。
「ねえ、これで終わりなんだからさ」
え?
今、小さい声だったけど泣いてたような?
僕が顔をあげてみると、香織さんの目が潤んでいた。
ああ、そうか。今頃わかったよ。
香織さんはずっと本気だったんだ。
こんな僕の事を……
そしてあの時はみっちゃん、今は香織さんが僕の背中を押してくれている。
……うん。
「僕行くよ……香織さん、ありがと」
僕は深々と頭を下げた。
「お礼なんていいからさっさと行く!」
香織さんは涙目で腰に手をやったまま言った。
「うん。今度こそ迷わないよ」
そう言った後、僕は駅の方へと走った。
香織さん、ありがとう。
そしてごめんなさい。
ーーー
あたしは走って行く健一君を見つめながら思った。
行ったわね……。
生まれて初めてだったわ。全力で恋したのって。
そして生まれて初めて本当に失恋したわ。
あたしはその場に蹲り、思いっきり泣いたわ。
しばらくしてから
「あ~、スッキリした。さてと」
ありがとう。
「え?」
後ろを振り返ったけど誰もいなかった。
何か女性の声だったような?
「……ま、いいか。さてと、これで終わりで明日からまた始めよ。今日は家に帰っていっぱい飲んでやるぞー!」
あたしは思いっきり叫んだ後でその場から去った。
香織さんありがとう……健ちゃんの背中を押してくれて。
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