自分のお葬式を見ること。
「わたしにだってありきたりじゃない夢はあるよ」
「聞きてぇな。おもしれぇ」
「……自分のお葬式を見ること」
――松尾スズキ脚本演出・舞台「サッちゃんの明日」より
わたしが死んだら、みんなどういう顔を見せるだろう。
悲しむだろうか。泣くだろうか。怒るだろうか。呆然とするだろうか。
とりわけあの男は?
自分に原因があったと少しでも責任を感じるだろうか。
少しでも悲しんで、涙を見せるだろうか。
それとも平気な顔で「ふーん」と一言で済ますだろうか。
まったく想像がつかない。
わたしはほんの少し、人より他人の感情を読み取るのが苦手で、はっきり言葉や態度にだしてもらわないと自分が好かれていても嫌われていても気づきにくい。
わたしは悪い意味で純粋で、人の言葉を鵜呑みにして、簡単に騙される。
だからわからないんだ。
彼が本当にわたしを好きだったのか。それとも利用していただけだったのか。
Tは田舎者で地元以外では友人らしい友人もいなかったから、わたしはTの
すべてになろうと思っていた。
Tにとってわたしは恋人で、友人で、母親だった。
買い物について行くのはもちろん、行く病院もわたしが決めていたし、市役所に行くような面倒な手続きも必ず一緒にやってあげた。
わたしは勝手に思っていた。Tのことを一番にわかっているのは自分だと。
でも、違った。
当たり前な話だ。
わたしのことを理解してくれる人なんていない。
それなのに自分だけは相手のことを理解しているなんて思うのは思い上がりも甚だしい。
「船乗りは港港に女がいる」古い言い回しだけど、Tはそれを地でいっていた。
わたしが知っているだけでも浮気相手の人数は片手では足りない。
それが発覚するたびにわたしは怒って別れるといい、Tは何度も謝って、そして許すを繰り返した。
別れればよかったのにと自分でも思う。
それでもTを好きだった。
違う、正確にはTという恋人がいるという状況が好きだった。
そしてどんな紆余曲折があってもいずれわたしはTと結婚し、子供を産み、あたりまえの幸せを当たり前に手に入れられると信じていたのだ。
今になって思うとなんて思いあがった妄想だろう。
こんなに卑しい肉の塊にそんな幸せなど手に入れられるわけがないのに。
Tの浮気癖や暴言はたびたび周囲にもらしていたが、ある日母親がブチ切れて、「絶対に別れなさい!」と怒鳴られたことがあった。
愚痴は言うものの、別れたくなかったわたしも、さすがにこのまま付き合っていても幸せにはなれないとわかっていた。
でも別れたくなかった。
Tのことは好きだったけれど、それ以上にこのままTと別れたらほかに自分を好きになってくれる人なんか現れないと思っていたからだ。
Tと付き合っていても苦労をさせられるばかりだ。
でも、Tと別れたら一生孤独だ。
そう考えていたら、わたしの心にスッと今まで心の奥底にくすぶっていた死への憧れが急によみがえってきた。
このままあと60年も孤独に生きていくなら、今死のう。
母から怒鳴られた直後、わたしは衝動的に自殺未遂をした。
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