第一試合 ジュリアVSセルフィー

「超人格闘大会は1ラウンド15分、4ラウンドで行われます。降参、又は戦意喪失を持って終了と致しますが、4ラウンドで勝敗がつかない場合は会場の皆さんの判定により勝者を決定いたします」


 鮫島流さめじま ながれがマイクで細かい説明を入れている。彼はそのままレフェリーとして戦いを見守るようだ。そして、既に向かい合う二人の選手は戦いの準備を整えている。


 バスケットコートが2面分入るほどの広い闘技場は校庭と同じように砂が撒かれているだけの殺風景な場所だ。

 その真ん中に立つのは、宇宙人のセルフィー、ヒューマノイドのジュリア。そしてレフェリーの鮫島会長の三人のみ 。


 観客席からは割れんばかりの歓声。


『さぁ、始まりました超人格闘大会! 実況は私、放送部三年の北平健一がお送りいたします! 解説は多満高伝統催事企画実行委員会の柳原さんに来ていただいております!』


 いつの間にか放送席が設置されており、ヘッドセットをつけた男子生徒が興奮気味に実況している。

 その隣で、メガネの女子が男子生徒とは対照的な無表情で座っている。委員会の柳原さん。あの人、何を考えているかわかんないから苦手なんだよな、口数も少ないのに解説とかできるのかなぁ。


『……どうぞ、よろしく』


 俺の不安をよそに、はっきりした口調で柳原さんはぺこりと頭をさげた。


『さぁ、それでは第一試合が始まります!』


 俺は関係者席で真衣と共に戦いの成り行きを見守ることにしていた。


「勝ち進んだら、どっちかとはそのうち当たるんだから戦いをよく見て対策考えるのよ!」


 との事だ。一回戦すら棄権しようとしてるんだけどな、俺は。



「東より!ヒューマノイド、ジュリア! 西より!セルフィーユ星皇女、セルフィー!」


 会長の紹介に更に湧く場内。


「ラウンドワン! ファイト!!」


 会長が手を交差させる。戦いの火蓋は切って落とされた!


 開始と同時にジュリアは砂煙を残し後方へ大きく飛んだ。飛んだ瞬間に踵やふくらはぎからバーニアスラスターを展開。超人的な跳躍により、壁際まで後退した。

 いきなり間合いを取ったジュリアにセルフィーは困惑気味。しかし、次の瞬間にジュリアは右の拳を握りしめ、セルフィーに向けた。


「ロケットパァァンチッ!!」


 ジュリアの叫びと共に彼女の前腕が打ち出される。

 一直線にセルフィーへ向かう右腕ロケット。


「げ、マジ!?」


 虚をつかれたセルフィーは避ける事も出来ず、両手をクロスしてなんとか防御の体制をとる。


 鈍い音が響き、ロケットパンチはセルフィーを吹き飛ばした。背中からフェンスに激突するセルフィー。間髪入れずにジュリアは残されたその右の上腕をセルフィーに向ける。すると上腕から鉄製の筒がせり出した。


「ドリルマシンガン!!」


 ガチャリ、と回転を始めた上腕のマシンガンが火を噴く。

 放たれた弾丸はセルフィーを目掛け暴れ狂う。着弾と共に爆発、硝煙がセルフィーの体をかき消した。


『先手必勝!! 目にも留まらぬジュリア選手の猛攻です!!セルフィー選手は蜂の巣かー!? 』


 実況が叫ぶ。葉加瀬の野郎、ジュリアには格闘技をマスターさせたとか言っておいて、初っ端から飛び道具じゃねぇか。話が違うぞ!話が!


「一方的な結末です!! セルフィー選手木っ端微塵だァ!! まさか第一回戦から天使の佐々木さんの蘇生魔法の出番でしょうか!?」


 どういうこっちゃ。と呆れながら実況の言葉を聞いていたが、解説の柳原さんがボソッと呟いた。


『まだよ、上』


 彼女の指差す上空を会場中が見上げる。


 セルフィーだ!

 着ている服がボロボロになって随分と艶かしい格好になってはいるが、セルフィーだ!

 大きく肘を振りかぶり、反撃体勢でジュリア目掛けて飛び降りてくる。


 ジュリアの回避運動も間に合わない。

 見上げたジュリアの瞳にニヤリと笑うセルフィーの八重歯が見えたことだろう。


「おおりゃぁあ!!」


 セルフィーは勢いよくジュリアの顔面に肘打ちを食らわせた。

 そのまま地面に顔面を叩きつける。


 ぐしゃり。耳を塞ぎたくなるような嫌な音。哀れジュリアの可愛い顔は肘と地面のサンドイッチになってしまった。


「ふぅ、危ないところだったなぁ」


 肩を回しながら立ちあがるセルフィー。

 ジュリアは地面に後頭部をめり込ませたまま動かない。

 まさかの大逆転。


『なんということだー!セルフィー選手、爆煙を隠れ蓑に上空へ退避し、自らの体重を乗せた肘打ちでジュリア選手の美しい顔面を破壊しました!! 製作者の葉加瀬氏も顔面蒼白です!』


 微動だにしないジュリア。

 レフェリーの鮫島会長が駆け寄りジュリアの顔を確認する。


「さぁ!KOなのか!? いや、違います! レフェリー、ジュリア選手から離れました! 無事なのでしょうか? 試合続行なのでしょうかァ!?」


 ジュリアに会場中の視線が注がれる。すると、倒れたジュリアの残った左手の指先だけがガクガクと別の生き物みたいに気味悪く動き始めた。連動するように足も震えだす。


 ダンっ!!


 地を蹴る音と共に、ジュリアは2メートル程飛び上がった。


 セルフィーが即座に戦闘態勢に入る。ジュリアは着地したものの俯いたまま動かない。ツインテールを止めていた髪留めが外れたのかピンクの長髪はボサボサのまま垂れ下がっている。


「……ウヒ、ウヘヒ」


 突如、奇妙な声をあげるジュリア。


『ど、どうしたのでしょうかジュリア選手』


 虚空を見上げ全身を痙攣されたジュリア。


「ケヘヘヘヘヘウヒャヒャヒャハハハ!!アヒャハハハ!!ヒャヒャヒャヒャ!!」


 けたたましい狂声。彼女の突然の変貌ぶりに会場は異様な雰囲気になっている。ドン引きしている。

 あのジュリアが突然サイコな感じになってしまった。俺も隣の真衣と顔を見合わせる。


『どういうことでしょうか!?あのおしとやかなジュリア選手が、完全に危ない感じになっております!!』


 実況もこの状況に戸惑っている。


「し、しまった! 回路の異常か!?」


 セコンドについていた葉加瀬が焦りの声をあげたのと、柳原さんが解説を入れるのは同時だった。


『あのヒューマノイド、ジュリアは元々、葉加瀬を狙う秘密結社を皆殺しにする為に開発されました。しかし、作成途中に葉加瀬は思いとどまり、愛と優しさの心をメインにプログラムし直したのです。しかし、今のセルフィー選手の攻撃でその『愛と優しさ回路』に異常をきたしたのかもしれません』


 相変わらずの無表情の柳原さんが眼鏡に指をかけながら解説する。


「そ、その通りだ。なぜそれを?」


 葉加瀬も驚いた顔をしている。部外者の柳原さんがそのことを知っているのか疑問なのだろう。


「私たち委員会はこの世界の観測者ですから。は知っています。知らないことはだけです」


 無表情で答える柳原さん。

 それより、この戦いはどうなるのだろか?


「ヒャヒャハハハハハハ!アババババ!」


 相変わらずジュリアは高笑いしている。

 顔面はセルフィーに破壊されているのだろうが、乱れたピンクの髪が垂れ下がりその表情を伺うことはできない。ただ、真っ赤なレーダーのような瞳がセルフィーを捉えていた。


「ヒヒヒ、死ネ!!」


 左手を無造作にセルフィーに向ける。五本の指から青白いレーザーが放たれる。


「くっ!!」


 横っ飛びの回避行動をとるセルフィー。しかし、五本のうちの一本のレーザーが彼女の右肩を射抜いた。


「ぐぅっ!」


 膝をつき苦痛に顔を歪ませるセルフィー。


「あははは!!」


 ジュリアは甲高い声で笑いながらセルフィーに近寄り、彼女の血にまみれた肩を思いっきり蹴り上げた。


「ぐはっ!」


 倒れこむセルフィー。ジュリアは容赦しない。虫を踏みつけて遊ぶ幼児のように楽しげにセルフィーを蹴りつける。何度も、何度も踵で踏みつけ、つま先で蹴り上げ、高笑いを上げる。


 そのあまりに一方的な様子に目を覆う観客を出始めている。


 頭を抱えるように丸まってなんとか耐えるセルフィー。だが、ジュリアは何のためらいもなく、ただの機械のように彼女を蹴り続けた。まあロボットだから機械なんだけどさ、ってのは水を差すようだから言わないけど。


「もうやめてくれ!!」


 会場から声。

 見ると一人の男子生徒がフェンスを越えて闘技場に乱入してくるところだった。


「誰だろ、あれ」


 俺が真衣に尋ねると、真衣は「この前会ったじゃない」とバカにした顔で僕を見た。


「セルフィーが居候している家の小野寺雄二よ」


「ああ、そんな人いたな、全然忘れてたけど」


 そんな外野の会話などに気づくこともなく小野寺少年は叫んだ。


「もうやめてくれ! ジュリアさん、君の勝ちだ!」


 小野寺の乱入したタイミングで、レフェリーの鮫島会長もジュリアを引き剥がしていた。


「勝者ジュリア!!」


 鮫島会長が叫ぶ。小野寺はうずくまり動かないセルフィーに駆け寄る。


「だ、大丈夫かセルフィー!」


 抱きかかえて心配そうに彼女の顔を覗き込む。セルフィーは苦痛に顔を歪めながらも、照れたように寂しそうな笑いを浮かべた。


「ごめん、優勝すれば星に帰れたのに、負けちゃった」


「いいんだよ! そんなボロボロになってまで、帰らなくたっていいんだよ!」


 涙をこらえながら小野寺が叫ぶ。


「だって、雄二、言ってたじゃない。お前のせいで俺の生活は無茶苦茶だって。早くセルフィーユ星に帰って欲しいって」


「そ、それは……」


「だから、あたし、戦った。この大会で優勝すればなんでも願いが叶う。なら、勝ってセルフィーユ星に帰ろうとした」


 息も絶え絶えにセルフィーは言う。ボロボロの姿で。


「ごめん、セルフィー……。俺、お前を傷つけてたんだな」


 小野寺の瞳が潤んでいる。セルフィーの瞳からは既に大粒の涙が溢れている。


「……なんだこりゃ。勝手に良い話が展開されてるけど、イカれたジュリアのことはもういいのか?」


 真衣に耳打ちする。


「ちょっと道弘!空気読まないこと言ってんじゃないわよ。すごく感動的なシーンじゃない!黙って見てなさいよ!」


 ポカリと真衣に頭を叩かれ俺は沈黙した。

 なんで殴られんだよ、間違ったことは言ってねえじゃねえか。ちくしょー。


「セルフィー。帰らなくっていい。俺さ、セルフィーが起こすハチャメチャな騒動もそれはそれで、無くなったら寂しいんだってことにようやく気付いたよ。だからお父さんがこの星に来るまで、俺の家にいていいよ。いや、居てくれないか?」


「こんなあたしでもいいの?」


「ああ」


 セルフィーの手を握る小野寺。見つめ合う二人。


 これにて一件落着。雄二とセルフィーの騒がしいながらも憎めない毎日はこれからも続いていくのだった。


 完。


 っておい、違う、違うだろ、ほら、ジュリアを見てみろよ。全然バーサーカーモードが終了してねえよ。セルフィーに近づこうとしているよ。


「ジュリア!! やめるんだ!」


 葉加瀬の必死な叫びもジュリアには届かない。


「葉加瀬ヲ、守ル。ソノ為ニ、殺ス」


「まずい、『愛と優しさ回路』が完全にダメになっている。こうなったら強制終了しかない」


 苦虫を噛み潰したような表情で葉加瀬が手元のノートパソコンを叩く。


「鮫島会長、後2分だけ時間をください。ジュリアの活動を強制終了します!」


「仕方ないなぁ。2分だけだぞ」


面倒くさそうに答える鮫島会長だが、どことなく楽しそうだ。


「さ、君たちは下がっていたまえ。天使の佐々木さんに治癒魔法を使ってもらうといい」


 セルフィーと小野寺に優しく微笑み、二人を後方に退避させた。


「さて……」


 会長は制服のネクタイを緩めた。


「きたまえジュリア君。エキシビジョンマッチだ」





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