第10話 その名は王城スバル。魔族の男。

 宇宙人まで出てきたので「もうどんな奴が出てきても驚かないぞ」と思ってた矢先、奴は現れた。


「おい、貴様。超人格闘大会に出るのだろう?」


 昼休みにトイレで小用を足していたら、窓の外から話しかけられた。ちなみに二年の校舎は二階だ。つまり普通なら窓の外に人が立っているわけなんてないのだ。


「うっわー!うわー!」


 驚き二、三歩後ずさりする。危うく黄金色の放物線を撒き散らすところだった。


「き、君は……」


 窓の外に浮かんでいる男を見る。全身黒づくめ。マントをたなびかせているが、そのマントの裏地だけが真っ赤でやたら目に入る。見た目は俺と同じくらいの年齢。つり上がった瞳に、尖った耳。

 知っている。そう。僕は彼を知っていた。昨日、屋上で魔法少女と戦っていた魔族の男だ。


「俺はスバル。王城おうじょうスバル。この腐敗しきった世界を浄化し、魔族の世を創る者」


「そ、その魔族がいったい何の用だ。魔法少女はここにはいないぞ、だって男子トイレだからね。ははは」


 強がって茶化してみるが足はガクガクだ。だってコイツ、空を飛び魔法少女の電撃攻撃を受けても怪我一つしない化け物なんだもん。怖いわ普通に。


「ふん、凡人の癖に質問に質問で返すなど百年早い」


 じゃあ何だってんだよ。


「超人格闘大会について教えて貰おう。優勝者には何でも望みが一つ叶えられるというのは本当か?」


「い、一応、そうみたいだよ。俺もあまり詳しくは知らないけど」


 てか俺だって半信半疑だよ。


「なるほどな、おい貴様。その超人格闘大会とやらは誰が主催しているのだ?」


「委員会かな?この学校の一階に実行委員会があるけど?」


「よし、ならばその委員会とやらの場所まで案内してもらうぞ」


「えー!俺が?」


 ギロリとこちらを睨むスバル。


「口答えだと? 死にたいのか?」


 言葉に圧がある。俺は震える自分の膝を必死に抑えた。


「わ、わかったよ。案内する」


「そうだ、それでいい」


 頷いたスバルは一瞬のうちに窓の外からトイレ内に瞬間移動した。そんな芸当ができるなら初めからトイレ内にいてくれよ、心臓に悪い。しかし、瞬間移動なんて反則だろ。そうか昨日もこれで魔法少女の攻撃も避けたのか。


「さぁ、急げ凡人よ」


 マントを翻し偉そうに命令してくるスバル。ちくしょー、好き放題言いやがって。

 俺は聞こえないように舌打ちした。

 

 仕方なくスバルを連れてトイレを出た俺は、周りの生徒の好奇の目に晒されながらも足早に催事実行委員会の部屋へと向かったのだ。


 こういう時こそ魔法少女が現れて俺を助けるべきなのに、全然現れやしない。気まずい沈黙のまま階段を降り、『多満川高校伝統催事企画実行委員会』の長ったらしい名前の書かれたプレートがある扉の前に立つ。


「ここだよ」と俺が言い終わる前にスバルはスッと掌を扉に向けた。


「光よ」


 そう呟くと同時に掌から白熱が生じる。

 

「へ?」


 間抜けに俺が彼に向き直った瞬間、爆発音。

 扉が粉々に粉砕した。


「な、な、なんだよ!いきなり!」


 突然の衝撃に俺は情けなく腰を抜かした。俺の裏返った気味の悪い声など無視したスバルは部屋の中を睨んでいる。そして、再び掌を室内に向けた。


「炎よ」


 今度は火球が掌から生じ、一直線に飛んでいく。中に人がいたら死ぬぞ。いや、もしかして殺す気?


 衝撃音と共に熱風が俺にまで届く。恐る恐る部屋の中を覗くと、なんと人影が炎に包まれていた。


「うわー!燃えてるー!」


 マジかよ!やりやがった!この魔族、人殺しだ!


 あわあわと、後ずさりするが、炎は人影の円を描く様な腕の動きによって掻き消された。


「随分と威勢の良いお客さんね」


「い、生きてた」


 ほっと胸を撫でおろす。炎をかき消したのは女生徒。俺が内藤真衣に無理やり連れてこられた時に会長の隣に座っていたあの眼鏡の女だ。確か会長に柳原とかって呼ばれていた気がする。


「あなたの事は知ってるわ。王城スバル君。何故魔族のあなたがここへ来たの?」


 怪我一つ無く、無表情のまま眼鏡に指をかけ、少女は尋ねてくる。


「超人格闘大会の秘密を教えて貰おう」


「秘密? 秘密なんてないわ。募集要項に書いてあることが全てよ」


「願いが叶う、などというのも事実か?」


「そうよ。箇条明日菜の求める『聖獣ガレリオン』の居場所も教えることも出来るし、あなたが魔族をこの地上に呼び出すために探している『アムルダンベルの鍵』のありかを教えることもね」


 その言葉を聞いて、スバルは唇の端を歪ませる様に笑った。


「なぜその名を知っている?」


「私達はこの世界を監視しているから。だからこの世にあるものは知っている。ないものは知らない。それだけよ」


 なんだかわからないけど、スバルは「くくく」と笑う。


「そういうことか。お前たちが『例の者』たちか。面白い。俺もその超人格闘大会とやらに参加することにしよう」


「えー!学校の生徒じゃなくても参加できるのかよ!」


 思わずツッコむ。


「特別枠として、学校外の人でも参加は可能よ。ただの人なら難しいけれど、彼は魔族だし、超人的凡人のあなたからの推薦なら問題ないわ」


 推薦なんかしたくないよ。


「王城スバル!!こんな所で何をしているの!?」


 と、突如の怒声に振り向くと、制服姿の魔法少女、箇条明日菜かじょうあすなが怒りの形相で立っていた。


「全く、いつもいつも騒々しい女だな、箇条明日菜。俺も超人格闘大会とやらに出場する事にしたのだ」


「なんですって?」


「次元境界線の結界を破壊するより、『アムルダンベルの鍵』を手に入れる方が早い」


「まさか、あなた……」


「ふふふ、貴様は本当に面白い顔で驚くな。見ていて飽きないぞ」


「なんですって!」


「俺が超人格闘大会で優勝すればいいだけの話だ。簡単なことだ」


「柳原さん! なんでこんな奴に!」


 魔法少女は眼鏡少女に詰め寄る。


「私達は観測者。何人にも平等に公平に情報を与えます」


「でも、魔族はこの世界を支配しようとしているのよ!」


「そうかもしれないですね。ですが、それはあなたが阻止するのでしょう?」


 にこりと微笑んだ柳原は個条明日菜より上手の様だ。


「試合、となれば邪魔立てされずお前を倒すことができる。更に優勝さえすれば『アムルダンベルの鍵』も手に入るのなら一石二鳥だ。大会までの後二週間、せいぜい楽しい学園生活を送ることだな」


 大きな声で笑い、王城スバル手を挙げた。その瞬間、彼の体が光に包まれる。まばゆい光が消える頃、音もなく王城スバルも姿を消していた。


 スバルのいなくなった廊下を睨みつけ、唇を噛む個条明日菜。


「……あのさ。俺、まだ昼飯食ってないんだけど、教室に戻っていいかな?」


 恐る恐る聞いてみる。睨んだ表情の箇条明日菜はその顔のままでこちらを向いた。


「あなた、例の超人的凡人の高木先輩ですね?」


 個条明日菜にそう問われ、初めて彼女が下級生である事を知る。


「不本意だけど、一応そうだよ」


 苦笑しながら答える。


「超人格闘大会で当たっても手加減はしませんから! 私、絶対に聖獣ガレリオンの手がかりを手に入れて、次元境界線の結界を強固たるものに変えてみせます!」


「いや、そんなに気張らなくても、俺なんか普通の人間なんだから君に勝てるわけないと思うんだよね。てか本気で戦ったら死ぬよ? 俺が」


 下級生と分かったから、少しだけ先輩ぶって偉そうな事を言った。内容は全然かっこいいことは言ってないけど。


「その手には乗りません。きっと超人的凡人のあなたにしかできない方法で立ち向かってくるんでしょう。あなたが何の目的で大会に参加するかは知りません。でも、私は世界を守りたいんです」


「いやいやいやいや、俺だって魔族に支配されるのは嫌だよ」


「なら、王城スバルを倒して下さい。私が当たれば彼を倒すべく最大限努力します。けれど、あなたが私を倒すというのならば、その時は王城スバルにだけは負けないでください」


「だから、君に勝つのも多分無理だし、あの魔族に勝つのも多分無理だよ。燃やされて終わりだよ」


 と反論するのだが、箇条明日菜は真剣な眼差しのままこちらを見つめ、「私は私なりの方法で世界を救います」なんてカッコイイ事を言って立ち去っていった。


「……なんなの? あの子。全然俺の話を聞いてなかったみたいなんだけど」


 取り残された俺は柳原に愚痴る。


「高木さん。頑張ってくださいね。私はあなたに期待してるんですよ」


 にっこり笑う眼鏡少女。


 はぁぁ、と大きなため息をついてとぼとぼ教室に戻る俺であった。




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