第75話

彼の指定した場所にひいこら言いながらもたどり着く。さっきは言葉を濁したが、花の薫りなど、感じられなかった。

木に寄り掛かった彼に、背後から声をかける。

「井岡。」

「コータでいいよ。つぐな。」

「井岡君。」

コータは肩を竦めながら

「頑固なところはあいつと一緒。」

「花の匂いなんてしないけれど?」

「考えたら時期が違ったな。あの花は。まあ、それでも彼は近づかないから。」

コータはこちらを振り向いて

「…あの香りをかぐたびに彼は顔をしかめるんだ。彼の職人のプライドが、強い香りを許さないのか。」

「千葉さんのことを思い出すから?」

「拓真は郁ちゃんのことは、また君とは違うところに入れてると思うよ。」

私が先手を打つように彼女の名前を出す。

「ずいぶん親しげなのね。」

「郁ちゃんのことかい?…彼女は僕にも縁があるからね。聞くかい?」

「聞かないわ。興味がない。」

あの可愛らしい女性だ、コータ自身も、その周囲も何かしらの関係があったとしても驚きはしない。コータは少し笑って

「君ならそういうと思ったよ。僕も進んで話したいわけじゃない。…座りなよ。」

そう言った彼は、そのまま寄りかかっていた木に登りだす。

「…木に登った理由は?」

「人と向かい合って話すのキライなんだ。悪く思わないでくれ。」

「悪くは思わないけれど、変な奴だと思うわ。」

「それなら慣れてる。」

器用にするすると木に登る。顔を見て話したくないのは私もだったので、それ以上の文句はない。

上から声が降ってくる。

「それで君は何に戸惑い、嫌がっている?すべては君の描いた絵の通りだ。それも最高な形で。」

「…。」

まるで懺悔室にいるような気分だ。

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